お命ちょうだいいたします

夜束牡牛

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翡翠と狛犬2

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 カワセミは顔を上げ吽形を見た。凛とした目が夜に小さく響く。

「私は吽形が好きだ」

 黒髪を遊んでいた吽形の手が止まる。
 カワセミの夜を分ける黒目がぱちりと瞬き、頭上の月灯かりが瞳へと写った。

「私はお前に釣り合う者になりたい。吽形と出会って思ったのは……はじめから、罪など背負わぬ清い者でいたかったと言う事、だが、もう過ぎた事。どうにもならない。その上、人の生は短い。お前と同じ時を生き抜けない」

 狛犬の目は清涼を保ち、じっと人を見ている。

「私が持っているものは、全てお前に捧げる。……足りないかもしれないが、今生も後生も、お前にやる。今、生きる世も、来世の生も、すべて吽形に捧げる。っだから……だから……」

 言葉が詰まった。
 答えが、言い表したい言葉が、見つからない。

 カワセミは締め付けられるような胸の内も、熱くなるばかりの頭の中も、駆けまわるようにして必死にそれを探す。だと言うのに、見つからない。
 恋心は、告げれば終わると思っていた。楽になるはずと考えていた。相手を思うごとにそれを重ねてしまう、苦しい胸の内を解いてもらえると、そう信じていた。

(だと言うのに……告げる前よりも苦しいなんて、あぁ、いっそ、泣いてしまいたい)

 吽形を恋慕こいしたう気持ちに身をがした所為せいか、一息吐く息も熱い。
 それでもカワセミは、訳もなく意地になり、泣きそうな息を努めて堪え、赤い唇をぎゅっと結んだ。

 吽形は、そんな藻掻もがくカワセミをじっと見ていた。
 神獣の目には、カワセミの翡翠を持つ本質が、藻掻けばもがくほど深みを増し、艶めき、人の身の内から淡く光り、こぼれそうなほどに見える。
 滾々こんこんと湧く清らかなそれを、手ですくあおいでしまいたい気持ちにかられる。

(この人だけは、何があっても大切にしなくてはいけない)

 吽形の本心が強く思った。
 神獣に備えられた入れ知恵も、この世の常識も身を潜め、吽形自身が見つけた大切なものが、目の前で自分を見つめている。

 吽形はそれを震わせ壊さないように、つとめて優しく願った。

「続けてくれ、翡翠カワセミ。おしえておくれ……後生一生を捧げた、カワセミの願いを」

 優しすぎたのだろう、カワセミの何者にも屈しない意志の強い目から、ぽろりと涙があふれた。
 細い喉が小さく鳴いたが、それでも震える唇が願いを告げた。

「だから……、だからずっと一緒にいて、吽形。私とずっと一緒に生きてくれ」

「わかった。その願い、わしの全てをもって叶える」

 吽形はそう言うと、指に絡めたままの黒髪を急に引き、よせられたカワセミの目元へと口を当てた。 
 泣き黒子へと唇が寄せられる。じわりとした唇の熱か、涙の熱さか、娘の肌がますます熱くほてる。
 
 吽形は、片目ずつ丁寧に涙を唇で拭うと、満足したように顔を離した。

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