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幼い祟り神1
しおりを挟むとぷん
突き落とされる沼の底。
神の社が穢れに沈んだ。
爽やかだった夏の夜が粘質を纏い、神域の清涼な空気がじわりと滲み汚れる。
百石階段神社の神の怒りが招いた、不可解な邪気と、神に成ろうとする人の欲の穢れ。その空気がカワセミの体へとぶつかり、吞み込むように襲いかかる。
カワセミは、突然身を包んだ嫌悪感と遣る瀬無さに、思わず嘔吐きそうになる胸をぱっと抑えた。
その当てた手に、何かひんやりと水面のような柔らかい気配が漂う。
不思議な気配に目をやれば、吽形からもらった書付が守り符となり、清涼な水の流れを招いてくれていた。
優しい気配が、汚れた空気からカワセミの身を守ろうと広がっていく。
「ありがとう、頼むよ……阿吽」
カワセミは気が滅入るほどに弱くなる心持ちを、なんとか繋ぎ止め、歪な双子に目を戻した。
対峙した白い双子のうち、兄様役が最初の動きに出た。
ずっ
片足が出される。白い少年の足が、妙な具合で引きずる足音を立てている。
「奪うと言うか」
ぽつりとミヘビが呟いた。沈む暗い神社に、少年神の呟く声が不思議に広がる。
ずっ――……
次足の音は、まるで蛇が腹を滑らせる音。ミヘビの冷たく重い声が響いた。
「お前は私から奪うと言う。酒に焼かれた喉と、穢れた獅子を、洗い鎮めたあの水を」
手水舎の山水が、そう言う主に呼応するように、ぱたた、と瓶から溢れた。
ぴちゃりぴしゃりと、土に呑まれぬ清水が広がり、かちかちと鳴るのは水底で震える玉砂利。
「こんな私に仕えた所為で、正しさを見誤った哀れな神獣も」
石像の獅子と狛犬が、石の器だけでぐるりと目玉を主に返す。
いつの時を飛び越え渡って来たのか、神獣の咆え声が、暗い空へとこだまする。
「生まれ出た人の生よりも、他の生類を愛で慈しむ娘。淡い光のまま招いた、私のなぐさめも」
カワセミの胸が覚えていた。男に追われ逃げ込んだ夜に、獅子の柔らかい腹の下から覗き見た、白い少年神。
その紅い目が、隠された自分へと気づかわしげにすり寄る気配。心に寄せられた、ひんやりと柔らかいヘビの体温。
社の神は己の領分で起こる事を、何一つ見逃せない。閉じる瞼を持たない心目が、人を呪ったまま、人を見守り、匿った。
己の傷を癒してくれる、翡翠の慈悲。
ず、ずっ……
引きずる足音と続く声。
「人を怨み続ける、祟りの私の最後の帰り道。地獄へ続く、あの百石階段までも」
百石階段を、あの世からの風が駆け上がって来る。沈む境内に一陣、花の香が舞った。
白うさぎの影を踏まぬ距離で、ミヘビがずるりと足を止めた。そして白うさぎと、その後ろに見える人の欲に厳しく問いただした。
「それらだけでは飽き足らず、人の戯れで与えられた……、それでも『わたし』であろうとしたこの命さえも。よこせと言うか、奪うと言うか、二度までも奪いやるなっ……。ゆるさない、やらないっ、お前らなんぞにくれてやるものかっ」
底知れぬ怒りに呑まれ、白い少年がどろりと溶けた。
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