お命ちょうだいいたします

夜束牡牛

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荒れる境内1

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◇◇◇◇

「っだぁ、もうっ……疲れた! 主、叶結かのうむすびにして差し上げるぞ!」

 何度目かの大蛇の尾を避けくぐり、阿形あぎょうが叫んだ。
 いまだ阿形は人姿のままで、たなびく赤髪を引き、大きく振るわれる尾から逃げ回っている。
 そこへと、四つ足を地に踏み締めた狛犬が叫び返した。

「叶結びか、縁起が良いな。わし好きだぞっ……阿形、もう少しの辛抱だ。主の手当てをする為に、荒れる気を削ぎ、できるだけ邪気を吐き出させたい、まだ主のお相手をされてくれ」

 吽形うんぎょうはそう叫びながら、大蛇が境内へと撒き散らす邪気を祓っていく。

 青海波のたてがみをなびかせ、四肢を機敏に切り返し、邪気に穢れた地と空気を、狛犬の体と角で祓い清めていく。
 力強い舞を魅せる狛犬の祓い。
 阿形がそれを見てまたも吠えた。

「いいなぁそれ! 何故もこう、担うものと気質が逆なんじゃ。わしが邪気祓いをして、これ以上、社が沈むのを防ぐ。吽形が気の荒い主のお相手をしろっ、わしと代われ!」

 けがれを吸ったのか、阿形が我が儘を言う。
 吽形はすまなそうにたてがみを振った。

「すまない阿形。何故か主は、あーさんばかり狙い定めるのでな……わしには目しかくれん。暴れて頂き、荒れる気を削ぐのは、狙われているあーさんが適任だと思う」

「傷付くっ」

 あぎとを振るう鎌首をひらりとやり過ごし、逃げる場もなく、跳ねまわる阿形が嘆く。
 そこへと吽形が、気が付いたように助言を告げた。

「あーさん、人姿だからじゃないのか。主は人を嫌っている。その姿だから、余計に気を苛立たせているのだろう、獅子姿にかえてはどうか」

 その助言を、大蛇から逃げ回る赤髪の若者が、甘い声ではあるがきっぱりと断った。

「否、これでいい。獅子肉を全力で回避中なんだ」

 狛犬は一寸考えを巡らしたが、すぐに深く頷いた。

「そうか、大変だな。互いに頑張ろう」


 
◇◇◇◇



 カワセミは、腕中の白うさぎの涙を拭いながら、阿吽あうんと、大蛇の様子をちらりと伺った。

 赤髪の若者が、白い大蛇をその場に留めるように、ひらひらと赤い蝶のように舞っている。
 そしてその周りを、青い波が絶え間なく寄せるように、狛犬が地を駆け、力で舞っている。
 大蛇が尾で身を立たせ、白い鱗を白銀のようにきらめかせ、力の限り暴れるさまも相まって、一つの錦絵が見えるようだった。

(きれいだな)

 思わず、胸の内で感嘆を呟いてしまう。
 だがそれは錦絵ではない現実、眺めていれば、いずれこちらにやって来る。
 カワセミは白うさぎへと目を戻した。

「白うさぎ、今のうちにお前を旦那様の元へと届ける。私の首に腕をまわせ、落ちるなよ」

 泣きはらし、さらにあかくなった目が、素直に瞬きをした。
 細い両腕が首元へとすがった所で、カワセミは、白うさぎを横抱きにしたまま立ち上がった。ふと足元を見れば、割れ欠けた丸鏡が転がっている。

「……」

「鏡はもう置いていけ、いいね」

 白うさぎが無言で頷く。
 カワセミは一度、ちゃっと、少女を抱き直すと、小山を下る法面へと向おうとした。

「……」

「ん、なんだ」

 白うさぎがそっとカワセミの頬を触り、視線を捕えると、百石階段の方へと指をさす。

(あっちがいい。旦那様がいる)

「向こうか、旦那様があっちにいるのか」

 白うさぎは答えず、カワセミの胸へと顔を寄せた。

「……かったるそうだな、やはり打たれた身が気になる。少し我慢しろ、揺れるぞ」

 カワセミは白うさぎを抱いたまま駆けだした。


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