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イトムシと昔話
しおりを挟むはじめに糸伝話を考えたのは、幼いキイトではない。ただ一人の人間の友達、ナナフシだ。
片手で包める紙玉を真二つに割り、そこへキイトの糸を通す。
片方を一人が持ち、耳に当て、もう片方を相手が口へと持ち話すと、声は糸を伝わり相手へと届いた。
それは、十二メートルまでは明瞭に届くが、それ以上になると声は途切れてしまう。それでも、少年たちの画期的な発明に、大人たちは手放しで喜んだ。そして、糸を紡いだ幼い男の子、キイトを称えた。
「素晴らしい糸を紡ぐ」「優秀なイトムシ」「美しい夜を携えた生き物」――浴びる称賛のなか、誰も、発明者であるナナフシを褒めはしなかった。
それどころか、発明への褒め言葉はいつの間にか、キイト自身への、イトムシとしての評価へと変わっていくのだ。
キイトはそんな時、ナナフシが気を悪くするんじゃないかと、そっと友人の目を見る。そうするといつだって友人は、歯を見せ笑った。
「優秀なイトムシだってさ。よかったな、素直に褒められておけ。俺はいいんだ、そういうの慣れてねぇから」
それを聞くと、キイトは黒い目を険しくさせ、大人へと早口で告げる。
「僕が出来るのは糸を紡ぐことだけ、考えついたのも、工夫したのもナナフシです。僕が優秀なんじゃない」
そして、キイトを囲む大人たちの輪から、逃げ出してしまうのだった。
大人たちがキイトを特別扱いするのは当然のこと。キイトはこの国の貴重な『イトムシ』。
現存する三体の内、一番年若い一体なのだ。
『イトムシ』とは、人によく似た姿を持ちながら、人とは異なる種の生き物。
この国は、楽園の恩恵を受ける水『御加水』が湧き出る国、『ヌィパルピオン』。
作物は不作を知らず、人々は争いを知らない。
御加水を蓄えた水路が国中を巡り、場を浄化させ、人々を潤し、豊かな土を招いている。何とも稀な、幸せな国なのだ。
すべては『楽園』の恩恵。
その楽園は『夜』にあった。
世界が生まれた時、最も力のある二神が二つの刻を担った。
昼は、力と活動と太陽を司る、黄金の男神『昼の殿方』が預かり、夜は、生命のゆりかご、慈しみと癒しと、月を司る女神『夜の奥方』が統治した。
幾千年前、夜の奥方はこの国の人間に恋をした。しかし、我が身には、世界の終りまで連れ添うべき、昼の殿方という夫がいる。
そこで夜の奥方は、人間の国のすぐそばに、夜が支配する、美しい楽園への道を造った。
月と星灯りのその場所で、夜毎、招き入れた人間との逢瀬を楽しんだ。
しかし、昼の殿方がそれを知り、すぐに楽園への道を太陽で焼き尽くし、人間が二度と夜の楽園へと向えないようにしてしまった。
さらに、嘆き悲しむ奥方から、彼女が最も愛していた夜の生き物を奪うと、人間たちの中へと隠してしまった。その生き物が『イトムシ』だった。
昼の殿方は、世界が出来てはじめて、同胞である神に罰を与えたのだ。
奥方は、人間を思い泣き、奪われた生き物を取り戻そうと、胸を焦がした。
昼の殿方は言った「それが私の苦しみだ」。
夜の奥方は悔い改め泣いた。その姿に満足と憐れみを感じ、殿方は奥方を許した。
しかしそれ以降、夜で罪を犯した者は、昼の殿方の罰を受ける事となった。
罪を犯した夜の民は、人間の国へと追放されることになったのだ。
人間の住む国は『淡い』と呼ばれ、そこは昼と夜が存在した。
夜の生き物にとってひどく残酷なことに、生れ出でて、一度もその姿を晒したことなどない、昼の時、太陽の元へと追放されるのだ。
追放者は夜を恋い、月を見上げるがごとく太陽を見つめ、渇き狂う。
狂った追放者は、夜を探し求め、暴れ、淡いに住む人間の体を引き裂いた。
人々は逃げ、力ある者は戦ったが、人の力では神の国からの追放者に、到底歯が立たなかった。多くの人間が命を落とした。
人間の王は、夜の奥方と昼の殿方に訴えた。
「私の民に何の罪があるのだろうか。これ以上、人間の命を奪わないでくれ」
その願いは、千日目の昼と夜の間に叶えられた。
人間は、生きた武器を手に入れたのだ。
夜の奥方の最愛の生き物。奥方の罰として、淡いに隠された『イトムシ』。
人間は手に入れたそれらを保護し、磨き育て、それらに、追放者を夜の楽園へと『送る』よう躾た。
『殺す』のではなく『送る』。追放された世界へと、送り返す。
そうすることで、追放者である落ちた神の恨みを買わずに済むと考えた。
この時からイトムシの役目は、同郷の追放者を、夜へと送ることとなった。
奥方は、追放された夜の魂が、再び自分の領分へと帰って来ることを喜んだ。そして、自分の涙が混じる楽園の水を淡いへと湧かし、人間たちに感謝を伝えた。それが『御加水』となり、今般まで滾々と湧き出ている。
国を潤す夜の楽園、そして、追放者を楽園へ送るイトムシ。
これらと深く関わり合い、ヌィパルピオンは歴史を紡いだ。
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