イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

文字の大きさ
3 / 119

イトムシと昔話

しおりを挟む
 
 はじめに糸伝話いとでんわを考えたのは、幼いキイトではない。ただ一人の人間の友達、ナナフシだ。
 片手で包める紙玉を真二つに割り、そこへキイトの糸を通す。
 片方を一人が持ち、耳に当て、もう片方を相手が口へと持ち話すと、声は糸を伝わり相手へと届いた。
 それは、十二メートルまでは明瞭めいりょうに届くが、それ以上になると声は途切れてしまう。それでも、少年たちの画期的な発明に、大人たちは手放しで喜んだ。そして、糸を紡いだ幼い男の子、キイトを称えた。

「素晴らしい糸を紡ぐ」「優秀なイトムシ」「美しい夜を携えた生き物」――浴びる称賛のなか、誰も、発明者であるナナフシを褒めはしなかった。
 それどころか、発明への褒め言葉はいつの間にか、キイト自身への、へと変わっていくのだ。

 キイトはそんな時、ナナフシが気を悪くするんじゃないかと、そっと友人の目を見る。そうするといつだって友人は、歯を見せ笑った。

「優秀なイトムシだってさ。よかったな、素直に褒められておけ。俺はいいんだ、そういうの慣れてねぇから」

 それを聞くと、キイトは黒い目を険しくさせ、大人へと早口で告げる。

「僕が出来るのは糸を紡ぐことだけ、考えついたのも、工夫したのもナナフシです。僕が優秀なんじゃない」

 そして、キイトを囲む大人たちの輪から、逃げ出してしまうのだった。
 大人たちがキイトを特別扱いするのは当然のこと。キイトはこの国の貴重な『イトムシ』。
 現存する三体の内、一番年若い一体なのだ。


 『イトムシ』とは、人によく似た姿を持ちながら、人とは異なる種の生き物。
 この国は、楽園の恩恵を受ける水『御加水ごかすい』が湧き出る国、『ヌィパルピオン』。
 作物は不作を知らず、人々は争いを知らない。
 御加水を蓄えた水路が国中を巡り、場を浄化させ、人々を潤し、豊かな土を招いている。何とも稀な、幸せな国なのだ。


 すべては『楽園』の恩恵おんけい
 その楽園は『夜』にあった。


 世界が生まれた時、最も力のある二神が二つの刻を担った。
 昼は、力と活動と太陽を司る、黄金の男神『昼の殿方とのがた』が預かり、夜は、生命のゆりかご、慈しみと癒しと、月を司る女神『夜の奥方おくがた』が統治した。


 幾千年前、夜の奥方はこの国の人間に恋をした。しかし、我が身には、世界の終りまで連れ添うべき、昼の殿方という夫がいる。
 そこで夜の奥方は、人間の国のすぐそばに、夜が支配する、美しい楽園への道を造った。
 月と星灯りのその場所で、夜毎、招き入れた人間との逢瀬を楽しんだ。

 しかし、昼の殿方がそれを知り、すぐに楽園への道を太陽で焼き尽くし、人間が二度と夜の楽園へと向えないようにしてしまった。
 さらに、嘆き悲しむ奥方から、彼女が最も愛していた夜の生き物を奪うと、人間たちの中へと隠してしまった。その生き物が『イトムシ』だった。

 昼の殿方は、世界が出来てはじめて、同胞である神に罰を与えたのだ。

 奥方は、人間を思い泣き、奪われた生き物を取り戻そうと、胸を焦がした。
 昼の殿方は言った「それが私の苦しみだ」。
 夜の奥方は悔い改め泣いた。その姿に満足と憐れみを感じ、殿方は奥方を許した。

 しかしそれ以降、夜で罪を犯した者は、昼の殿方の罰を受ける事となった。

 罪を犯した夜の民は、人間の国へと追放されることになったのだ。
 人間の住む国は『あわい』と呼ばれ、そこは昼と夜が存在した。
 夜の生き物にとってひどく残酷なことに、生れ出でて、一度もその姿をさらしたことなどない、昼の時、太陽の元へと追放されるのだ。
 追放者は夜を恋い、月を見上げるがごとく太陽を見つめ、渇き狂う。
 狂った追放者は、夜を探し求め、暴れ、淡いに住む人間の体を引き裂いた。

 人々は逃げ、力ある者は戦ったが、人の力では神の国からの追放者に、到底歯が立たなかった。多くの人間が命を落とした。
 人間の王は、夜の奥方と昼の殿方に訴えた。

「私の民に何の罪があるのだろうか。これ以上、人間の命を奪わないでくれ」

 その願いは、千日目の昼と夜の間に叶えられた。
 人間は、生きた武器を手に入れたのだ。
 夜の奥方の最愛の生き物。奥方の罰として、淡いに隠された『イトムシ』。
 人間は手に入れたそれらを保護し、磨き育て、それらに、追放者を夜の楽園へと『送る』ようしつけた。
 『殺す』のではなく『送る』。追放された世界へと、送り返す。
 そうすることで、追放者である落ちた神の恨みを買わずに済むと考えた。

 この時からイトムシの役目は、同郷どうきょうの追放者を、夜へと送ることとなった。

 奥方は、追放された夜の魂が、再び自分の領分へと帰って来ることを喜んだ。そして、自分の涙が混じる楽園の水を淡いへと湧かし、人間たちに感謝を伝えた。それが『御加水ごかすい』となり、今般まで滾々こんこんと湧き出ている。

 国を潤す夜の楽園、そして、追放者を楽園へ送るイトムシ。
 これらと深く関わり合い、ヌィパルピオンは歴史を紡いだ。
    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

処理中です...