イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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日常1

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○○○○○
 
 穏やかな午前の終りだった。
 夏の日差しが国中に降り注いではいたが、からりとした空気と巡らされた水路が、心地よい空気を作り出していた。

 両側に水路を設けた石畳の道を、少年が歩いている。
 この国の道という道には水路が走り、稀な飾りか機能的な付属のように、澄んだ水が両を流れていた。
 少年の足取りは軽く、陽気な口笛が聞える。そこへと、もう一人が駆けて来た。

「ナナフシっ」

 呼ばれたナナフシは、足を止め振り返ると、駆けてくるキイトを目で向かえた。
 キイトが隣へと並ぶ。
 こうして見ると、二人はまったくの正反対だ。
 七つになったばかりのキイト、そして、キイトよりも三つ年上のナナフシ。

 ナナフシには親がいない。国の機関である、『教育館きょういくかん』で、同じように親のいない子、親が国へと預けた子たちと暮らしている。
 教育館の上着を着た背は高く、いつもどこか怪我をしている。肌はよく焼け、初夏の日差しに琥珀のようだ。くしが通りにくそうな髪に、アーモンドの形をした目。その目は弾け飛ぶ前の実、危険な面白味を含んでいた。薄い唇は、少しだけ笑っているような形。
 彼は、初等教育を受ける前から、悪ガキとして名を馳せていた。
 大人へと、反抗的な態度を繰り返し、過ぎた悪戯を行っては、よく、守護館しゅごやかた館士兵かんしへいに追いかけられていた。
 しかし、同じ教育館の子供たちからの信頼は厚く、キイトがそばにいない時は、いつも楽しげに騒ぐ賑やかな取り巻きがいた。

 対するキイトは、七つながらにもシャンと気持ちよく背筋を伸し、イトムシ特有の、艶々とした黒髪を持っていた。それはいつでも、家政婦のシロによって丁寧に梳かされている。
 服は清潔で品がよく、国からの特別な待遇をまわりの者へと知らせていた。
 幼い顔には、なかなか表情が浮かばない。まるで、硝子がらすで作られた人形のよう。無害で鑑賞用のような、静かすぎる子供に見える。
 しかしその目、髪と同じ、イトムシ特有の黒い瞳を受け止めることが出来れば、その印象も変わるだろう。
 黒く濡れた瞳は夜の湖。
 密やかに煌めき、この世の事柄、一つ一つが興味深いようで、好奇心の波を湖へと揺らめかせている。
 感情を隠さず伝える目は、悲しければ、口元が下がるより先に夜の湖が陰り、楽しければ、水面に星を浮かべる。内面を映す見事な黒い目だ。

 イトムシは、自身の心情を正直に表す目を持つ。そのため、目を見て嘘をつくことが出来ない。その所為せいか、どのイトムシも、独特な素直さを持っていた。

 人間とイトムシ。姿は似ても、内面も特性も全く異なっていた。
 そんな、人間とイトムシの少年が肩を並べて歩く。
 木陰から紋黄蝶もんきちょうが飛んだ。

 キイトは後ろを振り返り、先程まで糸伝話を褒め、自分たちを囲んでいた大人たちの姿が見えないことを確認した。
 ナナフシが自分を置いてそっと場を離れた時から、キイトも抜け出す機会を狙い、ようやく逃げ出して来たところだった。
 先に行ってしまったぐらいだ、ナナフシは機嫌が悪いのかもしれない……と、隣の友人の目を見るが、その目はどこか悪戯っぽく、満足そうな光さえうかがえた。

 キイトは、ナナフシを見上げて首を傾げた。

「ナナフシ、機嫌がいいね。なんで?」
「そりゃあ、お前」

 ナナフシは目を細め、上着の隠しから三つの財布を取り出した。

「大人たちから、小遣いをもらったからだよ」
「へぇ。僕は飴玉をもらったよ」

 キイトはナナフシへと飴玉を渡した。ナナフシはそれを口へと放り込むと、財布から少しずつ紙幣を抜き取り、その財布を道へと置いた。
 キイトが首を捻り、それを眺める。

「いつ、もらったの?」
「大人たちが、お前に夢中になっている間さ」
「それ、本人たちは知っているの?」
「イトムシ様の拝観料はいかんりょうを頂いただけさ、徳っていうもんは、知らない所で積んでくもんだ」

 ナナフシは、よくこう言った難しい答え方をする。
 キイトがナナフシを見上げ、試されているのかと目を見ても、そんな感じは受け取れない。

「さ、ちっとばかし糸を改良しねぇとな。このまんまじゃ、小声で話せねぇ」

 先程披露した糸伝話は、まだまだ改良点が沢山ある。二人は少年らしい熱心さで、糸伝話について話しながら、イトムシ館へと向った。

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