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襲撃2
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○○○○○
(ここにもいない。やはりまだ子供だ、母親の部屋にでも行ったのだろう)
男は、ベッドの下に落ちている毛布を引きずり出し、床へと投げた。
青い月明かりが照らす部屋に、目当ての子供はいなかった。冷たく体温の無いベッドを確認した時から、そんなことだろうとは思っていた。一度身を引こうかと思ったが、少し部屋を物色してやろうと、好奇心がわいた。
子供部屋だが、やはり宮廷付きのイトムシ。箪笥や棚は立派な造りをしている。
部屋を振り返り冷たく笑うと、ベッドに背を向け歩き出した。そこで男は、ふと違和感を覚えた。
先ほど引きずり出した毛布は、温かくなかったか? まさかと思った時、床に落ちた自分の影に別の影が重なった。振り返えると、ベッドの上に立つ、目的の子供の姿を見た。
突然子供が飛び掛かってきた。
男が腰元のナイフを掴むより先に、両手を広げた子供が男へと飛付き、そのまま二人は音を立て床へと転がった。チリリと切り傷より弱い痛みが、男の首に走った。イトムシの糸を巻かれたのだ。
「くそっイトムシめ!」
男は子供の足を掴み引き離すと、振り上げ床へと強く叩きつけた。叩き付けられ痛みに、子供の顔が歪む、男は笑った。
「悪いが死んでもらう、国宝さま!」
「っ!」
男は子供の足を掴んだまま、片手でナイフを振りかざした。自分を切り裂くナイフを目にしたとたん、ぎらりと子供の顔が変わった。
「僕を殺すの?」
幼い顔から、痛みと怯えの表情は消え、黒々とした目が爛々と光る。黒髪に縁どられた白い顔から、子供らしい表情も、人間らしさも消え、異質な夜の気配が部屋に満ちた。
ざわりとした、底知れぬ恐怖が男に這い寄る。
「……化け物」
男は呟くと、目的のためではなく、保身のためにナイフを振り下ろした。子供がぱちりと瞬きをし、掴んでいた男の手に噛み付いた。
「いてぇっ! クソっ」
男はあまりの激痛に手を放した。逃した子供の顔は、既に人間らしさが戻っていたが、口元がぬるりと赤い。男は手を抑え、その赤が、自分の血だと気が付いた。深い噛み傷から、血がぼたぼたと流れ出す。
「なんて歯だよ……、死ねっ」
男が再びナイフを構えると、下の階からバタバタと足音がした。屋敷の者が騒ぎに気付いたのだ。
男が足音に気を取られた一瞬に、子供はナイフをくぐり、男の背へと走った。子供が逃げると思い、慌て身をよじるが、子供は真後ろのベッドに上り身構えていた。
そこではじめて、男は警戒した。
(なぜ、この子供は逃げようとしない? なぜ、大声で助けを叫ばない?)
またも子供は、首元へと飛び込んで来た。しかし今度はすぐに身をひるがえし、ベッドへと戻り着地をすると、じっとこちらを見つめてきた。
黒い目が、夜の深さで男を見つめている。
月明かりを背負った子供の顔は、またしても夜の気配を宿していた。しかし不思議とそれは美しかった。稲妻が美しいように、降る雨が夜に煌めくように、子供の命を狙った男の人生で、一度は目にしたはずの、意外な発見の一つに似た美しさ。
人間とは離れた、自然の美しさ。
「キイトっ!!」
キイトの視線に囚われた男を引戻したのは、勢いよく開いた扉の音と、ヒノデの声だった。
キイトは瞬きをして、男の肩越しに母を見た。母の手は既に口元へと上がり、糸が構えられている。また、ヒノデにもキイトの糸が見えた。部屋を横切る幾本の強い糸。幼い子にはまだ紡げぬはずの、本糸――こんな時だと言うのに、ヒノデの胸は高鳴った。
「キイト、あなた……」
男が母へと身をよじる動きを感じ、キイトは仕掛けた糸を力いっぱい引いた。
「うわぁ!」
とたんに男が、不自然な速さで体をねじった。
音を立て膝を付き、見えない力に抵抗するようにガタガタと震える。まるで操り人形が乱暴に動かされた具合だ。
キイトが仕掛けた糸だった。
一度目に飛びついて、首へと巻いた糸が締り、
二度目に噛みつき、手の皮膚へと直接通した糸が、
三度目にナイフをくぐり背へと回され、
四度目に飛びついた時に、もう一度首の糸につなげられ、背から首へと手が吊られた。
男は胸を逸らせ、肩の強烈な痛みと、もがくほどに締まっていく首の糸に苦しみ呻く。
「殺、され……る」
男は、赤黒く歪んだ表情で歯を向き出し、必死に片手で首の糸を千切ろうとする。
キイトもまた、必死だった。
母の元へは行かせないように、とっさに引っ張った糸が、こんなにも強く締まると思っていなかった。強く握った糸の先、男を殺してしまうのではないかと怯えた。しかし、糸を緩めれば母と自分が危ない。
指を伝い、ちりちりと糸が震えている。
(どうしよう、このままじゃ、でも……っ。落ち着かなきゃ、一度糸を緩めて、すぐ次を仕掛ければ)
キイトがそう思った時、糸の感覚が変った。ヒノデがキイトの糸を掴み余裕を持たせ、男の足を払ったのだ。
男が首の糸に躍起になっている間に近づき、糸の仕掛けを見極めていたようだ。
ドスンと音を立て、男が床に転がる。
「暴れないで、死んでしまうわ」
「……っ」
ヒノデの声が冷たく場を制す。男はピタリと動きを止めた。
ヒノデの足が、男の首をいまにも砕こうと、体重をかけたのだ。
(ここにもいない。やはりまだ子供だ、母親の部屋にでも行ったのだろう)
男は、ベッドの下に落ちている毛布を引きずり出し、床へと投げた。
青い月明かりが照らす部屋に、目当ての子供はいなかった。冷たく体温の無いベッドを確認した時から、そんなことだろうとは思っていた。一度身を引こうかと思ったが、少し部屋を物色してやろうと、好奇心がわいた。
子供部屋だが、やはり宮廷付きのイトムシ。箪笥や棚は立派な造りをしている。
部屋を振り返り冷たく笑うと、ベッドに背を向け歩き出した。そこで男は、ふと違和感を覚えた。
先ほど引きずり出した毛布は、温かくなかったか? まさかと思った時、床に落ちた自分の影に別の影が重なった。振り返えると、ベッドの上に立つ、目的の子供の姿を見た。
突然子供が飛び掛かってきた。
男が腰元のナイフを掴むより先に、両手を広げた子供が男へと飛付き、そのまま二人は音を立て床へと転がった。チリリと切り傷より弱い痛みが、男の首に走った。イトムシの糸を巻かれたのだ。
「くそっイトムシめ!」
男は子供の足を掴み引き離すと、振り上げ床へと強く叩きつけた。叩き付けられ痛みに、子供の顔が歪む、男は笑った。
「悪いが死んでもらう、国宝さま!」
「っ!」
男は子供の足を掴んだまま、片手でナイフを振りかざした。自分を切り裂くナイフを目にしたとたん、ぎらりと子供の顔が変わった。
「僕を殺すの?」
幼い顔から、痛みと怯えの表情は消え、黒々とした目が爛々と光る。黒髪に縁どられた白い顔から、子供らしい表情も、人間らしさも消え、異質な夜の気配が部屋に満ちた。
ざわりとした、底知れぬ恐怖が男に這い寄る。
「……化け物」
男は呟くと、目的のためではなく、保身のためにナイフを振り下ろした。子供がぱちりと瞬きをし、掴んでいた男の手に噛み付いた。
「いてぇっ! クソっ」
男はあまりの激痛に手を放した。逃した子供の顔は、既に人間らしさが戻っていたが、口元がぬるりと赤い。男は手を抑え、その赤が、自分の血だと気が付いた。深い噛み傷から、血がぼたぼたと流れ出す。
「なんて歯だよ……、死ねっ」
男が再びナイフを構えると、下の階からバタバタと足音がした。屋敷の者が騒ぎに気付いたのだ。
男が足音に気を取られた一瞬に、子供はナイフをくぐり、男の背へと走った。子供が逃げると思い、慌て身をよじるが、子供は真後ろのベッドに上り身構えていた。
そこではじめて、男は警戒した。
(なぜ、この子供は逃げようとしない? なぜ、大声で助けを叫ばない?)
またも子供は、首元へと飛び込んで来た。しかし今度はすぐに身をひるがえし、ベッドへと戻り着地をすると、じっとこちらを見つめてきた。
黒い目が、夜の深さで男を見つめている。
月明かりを背負った子供の顔は、またしても夜の気配を宿していた。しかし不思議とそれは美しかった。稲妻が美しいように、降る雨が夜に煌めくように、子供の命を狙った男の人生で、一度は目にしたはずの、意外な発見の一つに似た美しさ。
人間とは離れた、自然の美しさ。
「キイトっ!!」
キイトの視線に囚われた男を引戻したのは、勢いよく開いた扉の音と、ヒノデの声だった。
キイトは瞬きをして、男の肩越しに母を見た。母の手は既に口元へと上がり、糸が構えられている。また、ヒノデにもキイトの糸が見えた。部屋を横切る幾本の強い糸。幼い子にはまだ紡げぬはずの、本糸――こんな時だと言うのに、ヒノデの胸は高鳴った。
「キイト、あなた……」
男が母へと身をよじる動きを感じ、キイトは仕掛けた糸を力いっぱい引いた。
「うわぁ!」
とたんに男が、不自然な速さで体をねじった。
音を立て膝を付き、見えない力に抵抗するようにガタガタと震える。まるで操り人形が乱暴に動かされた具合だ。
キイトが仕掛けた糸だった。
一度目に飛びついて、首へと巻いた糸が締り、
二度目に噛みつき、手の皮膚へと直接通した糸が、
三度目にナイフをくぐり背へと回され、
四度目に飛びついた時に、もう一度首の糸につなげられ、背から首へと手が吊られた。
男は胸を逸らせ、肩の強烈な痛みと、もがくほどに締まっていく首の糸に苦しみ呻く。
「殺、され……る」
男は、赤黒く歪んだ表情で歯を向き出し、必死に片手で首の糸を千切ろうとする。
キイトもまた、必死だった。
母の元へは行かせないように、とっさに引っ張った糸が、こんなにも強く締まると思っていなかった。強く握った糸の先、男を殺してしまうのではないかと怯えた。しかし、糸を緩めれば母と自分が危ない。
指を伝い、ちりちりと糸が震えている。
(どうしよう、このままじゃ、でも……っ。落ち着かなきゃ、一度糸を緩めて、すぐ次を仕掛ければ)
キイトがそう思った時、糸の感覚が変った。ヒノデがキイトの糸を掴み余裕を持たせ、男の足を払ったのだ。
男が首の糸に躍起になっている間に近づき、糸の仕掛けを見極めていたようだ。
ドスンと音を立て、男が床に転がる。
「暴れないで、死んでしまうわ」
「……っ」
ヒノデの声が冷たく場を制す。男はピタリと動きを止めた。
ヒノデの足が、男の首をいまにも砕こうと、体重をかけたのだ。
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