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ヌー・シャテル2
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キイトはそっと尋ねてみた。
「三年前は、目鏡をかけていなかったのですか? 目を悪くしたんですか?」
ヌーが勢いよく顔を上げ、手元の目鏡をかける。
「いえっ、全然!」
「じゃあ、なんで」
キイトは敬語を忘れてしまったが、ヌーは嬉しそうだ。
「お恥ずかしながら、いまだイトムシ様特有の、『夜の目』を直視する自信が無いのです。キイト様の目は、また特別ですからね」
キイトはさっぱり話が読めず、首を傾げヌーを見つめる。彼は益々嬉しそうにし、目尻を下げて笑った。
「イトムシ様の目は、人間と違います。白目の部分は青味がかかるほど白く、黒目は全く見事な夜の色をしております。一言に黒とは言い難いその色を、私たちは称賛を持ち、『夜』に例えるのです。楽園のある夜です。こちらが映り込んでしまうような、その夜の視線を向けられると、えっと、私共人間は酷く狼狽えます。これを、『沈められる』と言います」
「沈められる……」
その感覚はわかった。
イトムシ同士の視線の攻防で、より力の強い者が相手の視線を辿り、精神を支配することがある。
母のヒノデには、視線を通し、愛情を直接相手の精神に送る事、自身の精神へ招き入れる事を教えてもらった。
しかし、それとは全く反対に、師である小石丸には、視線を支配され、精神を嫐られる苦痛を叩き込まれていた。
(そうか、あれに近い事を……人間が嫌がる事を、僕は知らないでやっていたのか。それじゃあ、みんな視線を合わせたがらないわけだ)
粉屋での館士兵たちを思い出した。
キイトの拳が硬くなる。
そんな事は露知らず、説明を続けるヌーは笑顔を消すと、難しそうに言葉を選びはじめた。
「沈められる感覚は、何とも言い難いのですが……そうですね、私の場合は、イトムシ様の人間ではない一面を見せつけられたようで、まるで、威嚇され、どこか深い所へ沈んでいくように、体も心も重く固まってしまいます。自分にしか触れぬ、命をなぞられたようで、ぞくりとした嫌悪感が……」
そこまで言い、ヌーは自身の言葉選びにぎょっとしたようだ。慌てて非礼を謝罪しはじめる。
「すみませんっ、申し訳ありません。私は何を言っているのやら、なんて失礼な事を」
「……」
しかしキイトは黙ったままだ。ヌーは益々焦り、言葉をまくし立てる。
「夜の目! イトムシ様方のその瞳は、特別な武器です! 思うがまま相手の精神に影響を与えてこそ、一人前です。……三年前、キイト様をお伺いした際、心底驚きました。幼い貴方様の目は、既に黒々とした夜を湛え、こんなにお早い成長は、どの文献にも乗っておりません。キイト様の目は特別です。その目を誇りに思ってください。私も国に仕える身として、」
「知りませんでした」
ぽつりとキイトが呟いた。
ヌーは、力説ゆえに出てきた身振りのまま、動きを止めた。
「知らなかった。人間は皆、僕の目を気持ち悪いと思うの?」
昨日、館士兵たちが顔を背けたことを思い出す。困惑の表情と、嫌悪の目。
あれは、夜の目をそうとは知らず、なんとなく彷徨わせていた自分に対する警戒だったのだ。
(それならナナフシも? 本当は僕のことが嫌いなのか? 無理して目を見てくれていたのか)
瞳を不安に沈ませ、キイトは考え込む。知らず手に力が入り、紙で作られた蝶がくしゃりと潰れた。
「……」
「……」
キイトのその硬い拳を、指で優しくノックしてくる者がいる。
目を上げると、琥珀の色合い。
ヌーの目が優しく向けられていた。
「三年前は、目鏡をかけていなかったのですか? 目を悪くしたんですか?」
ヌーが勢いよく顔を上げ、手元の目鏡をかける。
「いえっ、全然!」
「じゃあ、なんで」
キイトは敬語を忘れてしまったが、ヌーは嬉しそうだ。
「お恥ずかしながら、いまだイトムシ様特有の、『夜の目』を直視する自信が無いのです。キイト様の目は、また特別ですからね」
キイトはさっぱり話が読めず、首を傾げヌーを見つめる。彼は益々嬉しそうにし、目尻を下げて笑った。
「イトムシ様の目は、人間と違います。白目の部分は青味がかかるほど白く、黒目は全く見事な夜の色をしております。一言に黒とは言い難いその色を、私たちは称賛を持ち、『夜』に例えるのです。楽園のある夜です。こちらが映り込んでしまうような、その夜の視線を向けられると、えっと、私共人間は酷く狼狽えます。これを、『沈められる』と言います」
「沈められる……」
その感覚はわかった。
イトムシ同士の視線の攻防で、より力の強い者が相手の視線を辿り、精神を支配することがある。
母のヒノデには、視線を通し、愛情を直接相手の精神に送る事、自身の精神へ招き入れる事を教えてもらった。
しかし、それとは全く反対に、師である小石丸には、視線を支配され、精神を嫐られる苦痛を叩き込まれていた。
(そうか、あれに近い事を……人間が嫌がる事を、僕は知らないでやっていたのか。それじゃあ、みんな視線を合わせたがらないわけだ)
粉屋での館士兵たちを思い出した。
キイトの拳が硬くなる。
そんな事は露知らず、説明を続けるヌーは笑顔を消すと、難しそうに言葉を選びはじめた。
「沈められる感覚は、何とも言い難いのですが……そうですね、私の場合は、イトムシ様の人間ではない一面を見せつけられたようで、まるで、威嚇され、どこか深い所へ沈んでいくように、体も心も重く固まってしまいます。自分にしか触れぬ、命をなぞられたようで、ぞくりとした嫌悪感が……」
そこまで言い、ヌーは自身の言葉選びにぎょっとしたようだ。慌てて非礼を謝罪しはじめる。
「すみませんっ、申し訳ありません。私は何を言っているのやら、なんて失礼な事を」
「……」
しかしキイトは黙ったままだ。ヌーは益々焦り、言葉をまくし立てる。
「夜の目! イトムシ様方のその瞳は、特別な武器です! 思うがまま相手の精神に影響を与えてこそ、一人前です。……三年前、キイト様をお伺いした際、心底驚きました。幼い貴方様の目は、既に黒々とした夜を湛え、こんなにお早い成長は、どの文献にも乗っておりません。キイト様の目は特別です。その目を誇りに思ってください。私も国に仕える身として、」
「知りませんでした」
ぽつりとキイトが呟いた。
ヌーは、力説ゆえに出てきた身振りのまま、動きを止めた。
「知らなかった。人間は皆、僕の目を気持ち悪いと思うの?」
昨日、館士兵たちが顔を背けたことを思い出す。困惑の表情と、嫌悪の目。
あれは、夜の目をそうとは知らず、なんとなく彷徨わせていた自分に対する警戒だったのだ。
(それならナナフシも? 本当は僕のことが嫌いなのか? 無理して目を見てくれていたのか)
瞳を不安に沈ませ、キイトは考え込む。知らず手に力が入り、紙で作られた蝶がくしゃりと潰れた。
「……」
「……」
キイトのその硬い拳を、指で優しくノックしてくる者がいる。
目を上げると、琥珀の色合い。
ヌーの目が優しく向けられていた。
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