イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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ヌー・シャテル3

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「気持ち悪いなんて思いません。ただ恐れるだけ。夜の目を心得、訓練をした者はそうは思いませんし、また、瞳の色が黒に近い者も、あまり影響を受けないとされています。私は、心得があるものの、目の色がこれなので、かなり影響されやすいのでしょう」

 ヌーはそう言うと、琥珀色の目を、目鏡越しにクルリと回して見せた。
  キイトの知っている、生真面目な宮使いはそんな事をしないので、思わず笑ってしまう。ヌーの目尻が下がる。

「キイト様、『何故、眼鏡を? 』でしたね。実はこの目鏡、少しの色ガラスと、水館のまじないが施されています。しばらくはこれで失礼しますね。……キイト様、これから分からない事、困った事がございましたら、どうぞ、私に何でも聞いてください」
「……」

 ヌーは片手で目鏡を押し上げると、「失礼しました」と謝り、キイトの拳から指をどかした。
 小さな拳が開くと、潰れてしまった折り紙の蝶が現れる。ヌーはそれを持ち上げ、丁寧に皺を伸ばし、羽を直してからキイトへと返してやった。

 少し一方的な会話が終わると、幼いイトムシの表情は、不安さえも隠す、感情の読めないものに戻ってしまった。しかし、夜の湖には、さざ波が立っていた。


 宮に着くと、キイトは正門を行く師とは別の方へと案内された。右手へとまわり、庭を眺める渡り廊下を行く。正面に小さな塔と、四角い二階建ての建物が見えてきた。
 ヌーが明るく説明をはじめる。

「あちらに見えますのが、宮守塔みやもりとうです。宮の警備、要人身辺警護などを司る、宮守たちの居る場所です。キイト様には、本日から宮守の刀使いを覚えて頂きます。彼らは、黒刀こくとうの所持が許される役所なのです。守護館でも、許された一部の方々がお持ちですよね。たしか、バーメイスタ副館長様は、鉄の刀と黒刀との二本差しでしたね。キイト様は、ご覧になったことがありますか?」
「……はい。ヒノデ様に連れられて行った時に」
「それは羨ましい! 私はありません。しかし、の黒刀も素晴らしいのですよ」

 突然、小さな生き物の名が出てきた。
 言葉の誤りだろうか? キイトはヌーをちらりと見上げた。

「ヤモリ? みやもり、じゃなくて?」
「えぇ、ヤモリ。宮守みやもりが一文字隠れて、ヤモリ」
 
 琥珀の目が、悪戯っぽい光を宿す。

「私共は、素早く動き、獲物を仕留めるヤモリの名で、彼ら宮守を呼ぶ事があります。ほら、宮の識別色の灰色をまとう所も、そっくりでしょう」

 キイトは、時々雨戸にしがみついている凛々しい顔つきの、素早い灰色のヤモリたちを思い出した。

「そうですね、ヤモリ……。なんだか、そっちの呼び名のほうが僕好きです」

 しかし、素早い彼らの食事、獲物までは知らない。
 キイトは早速、分からない事を自分専用の宮使いに聞いてみた。

「ねぇ、教えて下さい。ヤモリって何を食べるの?」
「虫、です」

 不意に無邪気な幼さを見せ、イトムシが尋ねてきたものだから、ヌーは嬉しくなり即座に返答した。  
 しかし、ピタリと足を止め考えた。

(虫、イトムシ……、ちょっと語感が、まずいような)

 恐る恐る首を捻ると、どことなく悲しそうな表情をした、愛らしく幼いイトムシがヌーを見上げている。

「す、すみません! その、や……ムシと言うか何というか、あの、すみません!」

 ヌーはしゃがみ込み、イトムシと視線を合わせた。そして、ずれた目鏡を片手で抑えながら、『ムシ』と『虫』の違いについて説明しだした。
 そんな彼を、キイトは口元にそっと笑みを隠し、眺めた。

(そのぐらいわかるのに……この人間、なんだか面白いな)
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