イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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雀通り1

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○○○○○

 笛の音が響く。早馬の戻りを予想していた者たちが、駆け抜ける四頭の馬を見送る。
 馬の足音が重なり、ドドドドと、石の心臓のような音を立てる。
 キイトは、気を抜けば跳ね上ってしまう馬上で、目を瞑り身を縮めていた。馬が怖い訳ではない、先に待つ追放者が恐ろしいのだ。深山みやまが馬を寄せ、心配してきた。

「キイト様、大丈夫ですか? きく、キイト様を支えて差し上げなさい。危ないではないですか」
「うるせぇなぁ。イトムシはそんなトロくねぇよ。あー爽快爽快。町を馬でかっ飛ばせるのは、こんな時ばっかだからなぁ。しっかり目ん玉開けとけよ、な、キイト」

 そうは言われても、馬上で朗々と会話する二人に、返事をすると舌を噛みそうだ。
 キイトは、代わりに何度も頷くと、それを見た深山が不憫そうに顔をしかめた。

「嗚呼、ご覧なさいっ。可哀想に、怯えて声も出せないではないですか。キイト様、大丈夫ですからね。菊、キイト様は私が乗せます。君はただ走るにしても、荒っぽくていけません」
「そっかぁ、ならしゃーねぇ。ほらよ」

 言うが早いか、菊はキイトの襟首を掴み、隣を走る深山へと放り投げた。
 もとより、師の糸に投げ飛ばされ慣れているキイトは、素直に勢いに身を任せる。慌てたのは深山だ。キイトを受け止めると、怒鳴り声を響かせた。

「っこの馬鹿者が! 馬を止めてから渡せ、国の宝だぞ、落としたらどうするのだ!」
「だから、イトムシはそんなトロくねぇ、痛って!」

 深山の長い足が、器用に菊の脇腹を蹴る。
 
 四頭の馬が駆けて行く。鳥の目で見たならば、道の両水路に、次々と青い影が浮かび、馬を追って移動するのが見えただろう。そしてまた、遥か後ろを男が一人、自らの足で追いかける姿も見えただろう。


○○○○○


 雀通りに着くと、人払いの赤をまとった水守と、館士兵たちに迎えられた。
 館士兵たちは、自分たちの現場にそぐわない人物、宮に所属する副隊長の深山を見て驚き、顔を見合わせたが、本人は澄ました顔を通した。
 通りの店は鎧戸が下され、関係者以外の姿は見えない、皆、避難したのだ。
 
 道を塞ぐ馬車をぬって進むと、キイトの鼻に水の香りが強くなった。馬車の中で感じた、夜の気配が肌を撫でる。糸が吐糸管を上がって来る。緊張で手先が冷たく、指が痺れた。

(追放者がいる。この先に。なんて濃い、夜の気配だろう)

 キイトは冷たくなった手を合わせ、指をほぐした。
 
 そして、それはいた。

 『牛みたいで皮が溶けている』その、館士兵の表現は特徴を掴んでいた。
 追放者は、牛の大きさと形をなし、その皮膚は毛でも鱗でもない粘膜だ。白濁した粘膜の下を、何か油のような、鯉の形をしたモノが数匹動いている。心の弱い者ならば、それを見ただけで気が触れてしまうだろう。
 一つ、館士兵は大きな特徴を、伝えきれていなかった。牛の姿をしたそれには、人間の顔があった。 
 牛の胴に乗っているのは、のっぺりとした大きな人の首。頭部には折れた角の跡があり、拳ほどの赤い眼玉が、互い違いに動いている。
 菊は盛大に呻き、不快さを示した。

「うへ、やりずれぇなぁ。人面かよ。まったく、嫌なのに当たっちまったなぁ? キイト」

 イチヤがえずく真似をする。

「俺、人面はじめてっす。きしょ」

 しかしキイトは、人間たちとは正反対の感情を抱いていた。

(唇から見える歯が、真珠みたい。何だか、悲しい)

 ふわりと胸に浮かんだ思いを、菊とイチヤには言わず黙った。
 追放者が逃げぬよう、呪いが施された注連縄しめなわが張られ、紙垂しでがカサカサと震えている。そのまわりで、いくつかの班に分かれた館士兵たちが、弓を構えていた。
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