99 / 119
古い水車1
しおりを挟む○○○○○
二人が現場に到着すると、すでに追放者は送られた後だった。
水館の浄化作業がはじまっており、水の香りがあたりに漂っている。
ヌーがキイトを探すと、救護馬車に腰かけ、ワッカから手当てを受ける、小さな背が見えた。
副館長から報告を受ける館長と別れ、ヌーは急ぎキイトの元へと向かった。送りをキイト一人に背負わせたようで、見守れなかったことが悔やまれた。
「キイト様! 遅れて申し訳ございません、お怪我の具合は?」
上半身を晒し、右肩に包帯を巻かれたキイトが、ヌーを見て嬉しそうに足を揺らす。
「ヌゥ、待っていたよ。怪我は大丈夫、あのね、トゲトゲした生き物で尻尾が二つあった」
目を輝かせ語るキイトの頭を、ワッカが撫で、立ち上がった。
手当てが済んだのだ。
「その棘がそこら中に散らばってさ、もうめちゃめちゃ! 手伝って来るから小さいイトムシをまかせたよ、遅刻魔の宮使いさん。小さいイトムシ、お疲れさん、ちょっと休んでな」
「ありがとう、ワッカ」
「ありがとうございます」
ワッカを見送ると、ヌーはキイトの隣へと腰かけた。
現場に到着した際に確認はしたが、ヌーは改めて周りを見てキイトへと聞いた。
「キイト様、現場指導の小石丸様は間に合わなかったのですか?」
「そうだと思う。僕が先に着いたから、僕が送った」
「お一人では危険です。小石丸様の出が遅くとも、注連縄の結界がある程度は持ち堪えます。小石丸様を待ってはいかがですか?」
キイトはヌーの目を見て、首を横へと振った。
「小石丸様は自分が間に合わなかったら、待たずに送りを行うよう指示された。たがら、先に着いた僕が送る」
「……そうですか」
なんの疑問もなく答えるキイト。ヌーは肩の包帯を見て、少し眉を落とした。
(間に合わない……そんな事はないだろうに。しかし、キイト様は私の目を見て答えた。小石丸様を疑ってはいないんだ)
「キイト様、あまり無理をしないでください。小石丸様が到着してからでも、送りは可能なんです。例え、館士兵が付いていても万が一の事があっては……」
「僕、強いイトムシだから大丈夫」
ヌーの心配をよそに、キイトは何でもないように答える。
確かに、対象を見てはいないが、この短時間で、しかもたった一体での送りは素晴らしい。
やはり、キイトは強いイトムシなのだと、ヌーは誇らしい気持ちで、むき出しの肩に自分の上着を掛けてやった。
キイトの腕の痣が隠れる。
深山との手合わせ時に見た痣だ。
なかなか消えない目玉模様の痣は、両腕からヌーを見つめていた。まるで蝶の羽に浮かび上がる眼状紋だ。
キイトは痣と目が合うと言って嫌がり、何時も長袖の上着で隠していた。
ヌーにも覚えがある、子供時分には、天井の模様、ポストの口など、顔や目に見えるものを、恐れ嫌がったものだ。
(強いイトムシでも、キイト様はまだまだ子供だ)
微笑ましく思った時、ふと、何かが引っ掛った。
「強いイトムシ……。キイト様、キイト様が、その強さを自覚なさっているのは、なぜですか?」
「……?」
夜の目が、不思議そうに何度も瞬きをする。
ヌーは眼鏡を押し上げ、その目をきちんと受けると、続けた。イトムシとの交流は、人以上に互いの目を見ることが重要視される。
「小石丸様は厳しい方です。簡単にキイト様を『強い』と評さないはずです。しかし貴方様は自覚されている。自分が強いと、比べる対象になる同年のイトムシがいないのに」
難しい言い方と内容に、キイトは首を傾げ、自分なりの検討を付け答える。
「僕は強いよ。館士兵もヤモリもそう言ってくれる。ヌゥだって言ってくれるじゃないか」
(強さ――、先代イトムシの最初の犠牲者は、『時期長であるカイト』つまり、強いイトムシ)
ヌーは記憶を手繰り、イトムシたちの資料を思い出す。
(カイトの次に強いのは? たしか力量評価表があったはずだ、思い出せ、カイト……カイト……白波だ! 波打つほど、豊かな糸の束を紡ぐと。そしてクワコとマナムシ……二人は好敵手として互いを認め合っていた、同格。ヒナミは若く駆け出しだった。この順番だ、カイト、白波、クワコ、マナムシ、ヒナミ――)
するり、糸が解ける。
(あぁ、そうか。強い者から死んでいる。
ならばヒノデ様は? 彼女はイトムシとしては弱い。歓迎の期間も長く、上手く成長できないのではないかと、囁かれたほどだ。傷の治りも遅い……送りには必ず小石丸様が同伴している。寵愛? 否、死ぬ時を決める為だとしたら?)
暗い発見の上を、キイトの明るい声がすべる。
「それにヌゥに会う前から、えっと、僕がイトムシ館に居た時は、いつもヒノデ様が言ってくれた。
僕は強いって、目を見れば分かるんだって、どんなイトムシよりも強くなるって。だから僕、追放者を楽園へ送るし、ヌゥたち人間も、ちゃんと守るよ!」
目の前で無邪気に笑うキイトの目が、美しい夜の湖を映し出す。
赤子の時分から糸を紡げたキイト。
その赤子のキイトに一度だけ合ったあと、接触をやめた小石丸。
(目を見ればわかる……。どんなイトムシよりも強くなる……)
まわりから音が消える。
『私たちは、人間が豊かに暮らすためだけに、生かされているのか?』
音が消えた世界に、冷たく鋭い声が響く。
ヌーの背筋に、じっとりとした汗が流れた。
(疑問を投げているんじゃない、警告していたんだ。イトムシが人間を守り、追放者を送ることは、彼の思想に反する……。イトムシがいない国で、人間は生きてはいけない。その為にはイトムシがいない国を作ればいい。歪んだ目的のために、この子は殺される!)
「キイト様、ここでお待ちください!」
ヌーは弾かれたように立ち上がると、館長の元へと走った。
(早くお伝えしなくては)
焦る気持ちがヌーの心を閉め、キイトがヌーへと指を伸ばし、寂し気に目を伏せたのに気付けなかった。
ただ急く気持ちのまま、痣にさえ怯える子供を一人残し、その場を離れてしまう。
(なんだ、また行っちゃった)
キイトは、揺らしていた足をぴたりと止めた。
(ヌーはすぐに、人間達の群れに戻ってしまう)
キイトはぼんやりと、片付け作業をする館士兵たちを眺めた。
普段ならば、キイトは大人しく物わかりの良い子共であった。しかしいまは、送りの直後。
親愛を感じた生き物の体を、その手で壊した事。まわりにいる仲間たちが、自分と違う種族である事。同種の母も師もそばにいない事。全てがさびしく、悲しい。そのうえ、ようやく来た友達は、何か真剣な顔でどこかへ行ってしまった。
(いいんだ。一人でいるのは慣れてる)
キイトは馬車から降りると、ヌーの言い付けを守らずに、ぶらぶらと近くの水社に向かった。
小さな水社の前には白い花が咲き、白いドレスが広げて投げ出されているようで美しい。
そばの水路には、古い木の支柱が立っていた。むかし水車があった名残だろう。
キイトは花のドレスを踏まぬようしゃがみ、花へと指を伸ばした。曇り空の下、生ぬるい風が花を揺らす。
(この花のドレスは水の泡の妖精。夜になると、その姿に戻れるんだ)
想像の世界が広がる。
泡の妖精は自然とヒノデに似た黒髪を持ち、自由に空を飛び回る。キイトが想像の妖精を追って空を見上げると、灰色の雲が垂れ込み、いまにも雨が降り出しそうだった。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
孤児が皇后陛下と呼ばれるまで
香月みまり
ファンタジー
母を亡くして天涯孤独となり、王都へ向かう苓。
目的のために王都へ向かう孤児の青年、周と陸
3人の出会いは世界を巻き込む波乱の序章だった。
「後宮の棘」のスピンオフですが、読んだことのない方でも楽しんでいただけるように書かせていただいております。
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ化企画進行中「妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される」完結
まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。
コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。
部屋にこもって絵ばかり描いていた私は、聖女の仕事を果たさない役立たずとして、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されました。
絵を描くことは国王陛下の許可を得ていましたし、国中に結界を張る仕事はきちんとこなしていたのですが……。
王太子殿下は私の話に聞く耳を持たず、腹違い妹のミラに最高聖女の地位を与え、自身の婚約者になさいました。
最高聖女の地位を追われ無一文で追い出された私は、幼なじみを頼り海を越えて隣国へ。
私の描いた絵には神や精霊の加護が宿るようで、ハルシュタイン国は私の描いた絵の力で発展したようなのです。
えっ? 私がいなくなって精霊の加護がなくなった? 妹のミラでは魔力量が足りなくて国中に結界を張れない?
私は隣国の皇太子様に溺愛されているので今更そんなこと言われても困ります。
というより海が荒れて祖国との国交が途絶えたので、祖国が危機的状況にあることすら知りません。
小説家になろう、アルファポリス、pixivに投稿しています。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
小説家になろうランキング、異世界恋愛/日間2位、日間総合2位。週間総合3位。
pixivオリジナル小説ウィークリーランキング5位に入った小説です。
【改稿版について】
コミカライズ化にあたり、作中の矛盾点などを修正しようと思い全文改稿しました。
ですが……改稿する必要はなかったようです。
おそらくコミカライズの「原作」は、改稿前のものになるんじゃないのかなぁ………多分。その辺良くわかりません。
なので、改稿版と差し替えではなく、改稿前のデータと、改稿後のデータを分けて投稿します。
小説家になろうさんに問い合わせたところ、改稿版をアップすることは問題ないようです。
よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。
※改稿版は以下の3人の名前を変更しています。
・一人目(ヒロイン)
✕リーゼロッテ・ニクラス(変更前)
◯リアーナ・ニクラス(変更後)
・二人目(鍛冶屋)
✕デリー(変更前)
◯ドミニク(変更後)
・三人目(お針子)
✕ゲレ(変更前)
◯ゲルダ(変更後)
※下記二人の一人称を変更
へーウィットの一人称→✕僕◯俺
アルドリックの一人称→✕私◯僕
※コミカライズ化がスタートする前に規約に従いこちらの先品は削除します。
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる