イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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古い水車1

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○○○○○

 二人が現場に到着すると、すでに追放者は送られた後だった。
 水館の浄化作業がはじまっており、水の香りがあたりに漂っている。
 
 ヌーがキイトを探すと、救護馬車に腰かけ、ワッカから手当てを受ける、小さな背が見えた。
 副館長から報告を受ける館長と別れ、ヌーは急ぎキイトの元へと向かった。送りをキイト一人に背負わせたようで、見守れなかったことが悔やまれた。

「キイト様! 遅れて申し訳ございません、お怪我の具合は?」

 上半身を晒し、右肩に包帯を巻かれたキイトが、ヌーを見て嬉しそうに足を揺らす。

「ヌゥ、待っていたよ。怪我は大丈夫、あのね、トゲトゲした生き物で尻尾が二つあった」

 目を輝かせ語るキイトの頭を、ワッカが撫で、立ち上がった。
 手当てが済んだのだ。

「その棘がそこら中に散らばってさ、もうめちゃめちゃ! 手伝って来るから小さいイトムシをまかせたよ、遅刻魔の宮使いさん。小さいイトムシ、お疲れさん、ちょっと休んでな」

「ありがとう、ワッカ」
「ありがとうございます」


 ワッカを見送ると、ヌーはキイトの隣へと腰かけた。
 現場に到着した際に確認はしたが、ヌーは改めて周りを見てキイトへと聞いた。


「キイト様、現場指導の小石丸様は間に合わなかったのですか?」

「そうだと思う。僕が先に着いたから、僕が送った」

「お一人では危険です。小石丸様の出が遅くとも、注連縄しめなわの結界がある程度は持ち堪えます。小石丸様を待ってはいかがですか?」


 キイトはヌーの目を見て、首を横へと振った。

「小石丸様は自分が間に合わなかったら、待たずに送りを行うよう指示された。たがら、先に着いた僕が送る」

「……そうですか」
 
 なんの疑問もなく答えるキイト。ヌーは肩の包帯を見て、少し眉を落とした。

(間に合わない……そんな事はないだろうに。しかし、キイト様は私の目を見て答えた。小石丸様を疑ってはいないんだ)

「キイト様、あまり無理をしないでください。小石丸様が到着してからでも、送りは可能なんです。例え、館士兵が付いていても万が一の事があっては……」

「僕、強いイトムシだから大丈夫」

 ヌーの心配をよそに、キイトは何でもないように答える。
 確かに、対象を見てはいないが、この短時間で、しかもたった一体での送りは素晴らしい。
 やはり、キイトは強いイトムシなのだと、ヌーは誇らしい気持ちで、むき出しの肩に自分の上着を掛けてやった。
 キイトの腕の痣が隠れる。
 深山との手合わせ時に見た痣だ。
 なかなか消えない目玉模様の痣は、両腕からヌーを見つめていた。まるで蝶の羽に浮かび上がる眼状紋がじょうもんだ。

 キイトは痣と目が合うと言って嫌がり、何時も長袖の上着で隠していた。
 ヌーにも覚えがある、子供時分には、天井の模様、ポストの口など、顔や目に見えるものを、恐れ嫌がったものだ。

(強いイトムシでも、キイト様はまだまだ子供だ)

 微笑ましく思った時、ふと、何かが引っ掛った。

「強いイトムシ……。キイト様、キイト様が、そのを自覚なさっているのは、なぜですか?」
「……?」

 夜の目が、不思議そうに何度も瞬きをする。
 ヌーは眼鏡を押し上げ、その目をきちんと受けると、続けた。イトムシとの交流は、人以上に互いの目を見ることが重要視される。

「小石丸様は厳しい方です。簡単にキイト様を『強い』と評さないはずです。しかし貴方様は自覚されている。自分が強いと、比べる対象になる同年のイトムシがいないのに」

 難しい言い方と内容に、キイトは首を傾げ、自分なりの検討を付け答える。

「僕は強いよ。館士兵もヤモリもそう言ってくれる。ヌゥだって言ってくれるじゃないか」

(強さ――、先代イトムシの最初の犠牲者は、『時期長であるカイト』つまり、強いイトムシ)

 ヌーは記憶を手繰り、イトムシたちの資料を思い出す。

(カイトの次に強いのは? たしか力量評価表りきりょうひょうかひょうがあったはずだ、思い出せ、カイト……カイト……白波だ! 波打つほど、豊かな糸の束を紡ぐと。そしてクワコとマナムシ……二人は好敵手として互いを認め合っていた、同格。ヒナミは若く駆け出しだった。この順番だ、カイト、白波、クワコ、マナムシ、ヒナミ――)



 するり、糸が解ける。


(あぁ、そうか。
ならばヒノデ様は? 彼女はイトムシとしては弱い。歓迎の期間も長く、上手く成長できないのではないかと、囁かれたほどだ。傷の治りも遅い……送りには必ず小石丸様が同伴している。寵愛? 否、死ぬ時を決める為だとしたら?)

 暗い発見の上を、キイトの明るい声がすべる。

「それにヌゥに会う前から、えっと、僕がイトムシ館に居た時は、いつもヒノデ様が言ってくれた。
僕は強いって、目を見れば分かるんだって、どんなイトムシよりも強くなるって。だから僕、追放者を楽園へ送るし、ヌゥたち人間も、ちゃんと守るよ!」

 目の前で無邪気に笑うキイトの目が、美しい夜の湖を映し出す。

 赤子の時分から糸を紡げたキイト。
 その赤子のキイトに一度だけ合ったあと、接触をやめた小石丸。

(目を見ればわかる……。どんなイトムシよりも強くなる……)

 まわりから音が消える。


私たちイトムシは、人間が豊かに暮らすためだけに、生かされているのか?』


 音が消えた世界に、冷たく鋭い声が響く。


 ヌーの背筋に、じっとりとした汗が流れた。

(疑問を投げているんじゃない、警告していたんだ。イトムシが人間を守り、追放者を送ることは、彼の思想に反する……。イトムシがいない国で、人間は生きてはいけない。その為にはイトムシがいない国を作ればいい。歪んだ目的のために、この子は殺される!)

「キイト様、ここでお待ちください!」

 ヌーは弾かれたように立ち上がると、館長の元へと走った。

(早くお伝えしなくては)

 焦る気持ちがヌーの心を閉め、キイトがヌーへと指を伸ばし、寂し気に目を伏せたのに気付けなかった。
 ただ急く気持ちのまま、痣にさえ怯える子供を一人残し、その場を離れてしまう。


(なんだ、また行っちゃった)

 キイトは、揺らしていた足をぴたりと止めた。
 
(ヌーはすぐに、人間達の群れに戻ってしまう)

 キイトはぼんやりと、片付け作業をする館士兵たちを眺めた。
 普段ならば、キイトは大人しく物わかりの良い子共であった。しかしいまは、送りの直後。
 親愛を感じた生き物の体を、その手で壊した事。まわりにいる仲間たちが、自分と違う種族である事。同種の母も師もそばにいない事。全てがさびしく、悲しい。そのうえ、ようやく来た友達は、何か真剣な顔でどこかへ行ってしまった。

(いいんだ。一人でいるのは慣れてる)

 キイトは馬車から降りると、ヌーの言い付けを守らずに、ぶらぶらと近くの水社みずやしろに向かった。

 小さな水社の前には白い花が咲き、白いドレスが広げて投げ出されているようで美しい。
 そばの水路には、古い木の支柱が立っていた。むかし水車があった名残だろう。
 キイトは花のドレスを踏まぬようしゃがみ、花へと指を伸ばした。曇り空の下、生ぬるい風が花を揺らす。

(この花のドレスは水の泡の妖精。夜になると、その姿に戻れるんだ)

 想像の世界が広がる。
 泡の妖精は自然とヒノデに似た黒髪を持ち、自由に空を飛び回る。キイトが想像の妖精を追って空を見上げると、灰色の雲が垂れ込み、いまにも雨が降り出しそうだった。
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