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古い水車3
しおりを挟む向かい合うイトムシ。
互いに夜の目を持つ種族。
しかし、キイトは明らかに動揺し、震える手で自分の首を押さえている。
「すみません、ごめんなさい。どうしてもすぐに止めてほしくて。……イチヤは人間だから、小石丸様の目に耐えられません、どうか、罰なら僕が受けます」
「……」
小石丸はキイトの目を探り、恐怖を確認した。
(わしを恐れている。なんてことはない、人間の道具へと成り下がった、惨めな生き物だ)
そう蔑みに目を細めた時、ふわり、キイトの背後の地面で、何かが動いた。
白いドレスが翻る、黒髪が広がる、伸びた首が、それでも美しい線を保っている。
湿気を含んだ生温かい風が吹く、生き物だった吐息。
「……ヒナミ?」
ぎぃいいい がたん たたたたたん
地面に投げ出された白いドレスが波打ち、横たわる女の首は、反対側を向いている。
存在しないはずの水車が、動き出す音が聞える。
『なぜ? 殺したの? なぜ、私を殺すの?』
か細い女の声に小石丸は目を閉じた。
(この場所がいけない。全ては幻影だ。去れ、過去の亡霊よ)
再び目を開ければ、白いドレスは花の塊となり、捻られた首は土塊に戻る。か細い声は、雨を連れてきた風となり、木々を通り抜け消えて行った。
消えないのは、目の前の憎らしい子供。若いイトムシ。
黒髪も黒目も夜を宿しているのに、昼に生きる人間のために、心身を捧げる生き物。
(イトムシでありながら、人間が豊かに暮らすために同胞の血を流す、下賤な道具。夜の奥方の加護を受ける一族でありながら、人を恋いすがる、情けの無い生き物)
小石丸の胸に、苦く重苦しい沼が広がる。
近づく者も自分さえも、もがく努力をあざ笑い、底なしの暗闇へと、時間をかけ引きずり込む、暗い沼。
(いつになったら終わる? 誰のために生きている? そもそも、私たちは生きているのか? 生かされているのか?)
沼の底から声がする。まだ年若かった時の自身の声が聞こえる。
『私たちは、人間が豊かに暮らすためだけに、生かされているのか?』
小石丸は塞げぬ耳の代わりに、目を閉じた。しかし、その瞼をあの吐息が撫ぜる。
(そうだ。わしは見送らなくてはいけない、目を閉じてはいけない)
小石丸は目を閉じることをあきらめ、再び現実を見つめるべく、夜の目を開いた。
目の前の若いイトムシは、いまだ世の暗さなど知らぬ目で、ただ同種と言うだけで、自分に縋る目を向けている。
小石丸はその目を受け言った。
「哀れだな。わかるか? お前に『送る』ことの本当の辛さが」
(あれ? 小石丸様の目……)
キイトは、師の目に不思議な感情を見つけ、目を凝らした。
いつもの厳しい目だ。手加減なく、相手を沼へと引きずり込む恐ろしい目だ。だが、それだけじゃない。
そんな、互いの目を探り合うイトムシたちの元に、館長とヌーがやって来た。どちらも険しい視線を、何気ない表情で隠している。
館長の穏やかな声が、二人の場を崩した。
「小石丸、何か問題があったか?」
「……」
小石丸は気怠げに二人を見やると、黙ったまま、キイトに背を向け歩き出した。
(待ってください、小石丸様。その目は……)
キイトは、いつもならばほっとして見送るその背を、何故かいまは引き止めたくて、大きな声で師の名を呼んだ。
「小石丸様っ……あの、お怪我をしていますか?」
「……」
小石丸の足が止まる。
キイトが師の目に見た感情は、『痛い』によく似ていた。『痛い』だとしたら、師は傷付いている。治療をしなくては。
キイトが人と触れ合い、学んだことの一つ、怪我は手当てをすること。
(同じイトムシの僕が、小石丸様を手当てしてあげなくちゃ)
小石丸がゆっくりと振り返り、感情の無い黒い目でキイトを見た。
「お前に友を送れるか?」
ぽつり。ついに雨が降って来た。
ぱたぱたと音を立て、雨粒が白い花を濡らす。
キイトは空を見上げ、再び目を戻し、どきりとした。厳しい師の顔に雨が流れ落ち、まるで泣いているようだ。
小石丸はキイトの返答を待たず、再び背を向けると、いつもの冷たい声で命じた。
「小僧、次に送る際には、口上を述べよ。それが追放者に対する礼儀だ」
「……はい」
小さく返事をするキイトを残し、小石丸は雨の中へと消えて行った。
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