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私はラリア王国王女、アニィナフェネスです。
私のお父様が国王を務めるラリア王国は、国土は小さいけど経済的に豊かな国です。
周辺には様々な国があって、みんな豊かなラリア王国を狙っています。
だからラリア王国は国策として国王の娘を軍事強国へ嫁がせて、ラリア王国のバックには軍事強国がいるのだぞと脅す事で豊かさを享受してきました。
もちろん私もラリア王国の王女として生まれたからには、例外なく強国へと嫁がされます。
でも私の外見があまりにも弱々しくてお父様も、王妃のお母様もとても気を揉んでいました。
私は、侍女のララの言葉を借りると、朝霧の妖精、のように見えるそうです。
つまり居るのか居ないのか分からないほどの存在感と、掴み所がない容姿しか持ち合わせていません。
だから見初めてくれる人などいない。
と、いうのが私のお兄様、フラン国次期国王のラインラークお兄様の私に対する評価です。
お兄様は容姿端麗で文武両道の存在感と能力が飛び抜けてある人です。
でも性格に難ありです。
お兄様の趣味は、苛めてもお兄様の害がない私いびるです。
小さな頃はよく泣いていたけれど、でも泣いても誰も助けてくれない事を理解してからは、何をされても表情を変えずに、どうしたらお兄様が嫌がるのかを考えて行動してきました。
そんなお兄様に揉まれたせいか私も性格がちょっとだけひねくれてしまっています。
でもお兄様のように、爽やかに笑いながら極悪非道な事を楽しそうに率先してやるような事はしません。
私の結婚相手がお兄様のような人だったら、私は絶望にうちひしがれて立ち上がる事すら出来なくなりそうです。
でも国政である私の結婚に、私の意思なんて関係ありません。
お父様に、あの国へ嫁げ、と言われたら、私は、はい、としか言う事を許されていません。
お兄様のような性格最悪な極悪人と結婚しろと言われても、年齢がずっと上のお爺さんのような相手と結婚しろと言われても、私は、はい、としか言えないのです。
私はラリア王国王女として、どこの国へ嫁いでも良いようにと厳しく教育されてきました。
毎日、毎日、立って座って微笑んで。
全ての仕草を講師の先生から厳しく指導されます。
語学は当たり前ですが、地理に歴史に舞踊に仕来たりに、身に付けなければいけない教養は数えきれません。
でも本当は結婚なんてしたくありません。
私はラリア王国の王立図書館の館長になって、大好きは本の挿し絵を日がな1日見て生活を送りたいです。
でもそんな我が儘は許されません。
私はどんな国のどんな相手の元へ嫁がされるのかと、不安で堪りませんでした。
でも毎日の花嫁修行はさぼれません。
一生懸命に励んできましたら、私の頑張りを神様は見ていて下さったようです。
私より2つ年上の物腰や柔らかく優秀で美男子だと名高い、オスト国皇太子の元へ、私は嫁ぐ事になりました。
それもお父様や大臣達がごり推しで進めた訳ではなくて、オスト国の皇太子、ヨーゼフ様が私と是非結婚したいと、おっしゃっているそうなのです。
お父様もお母様も、とても乗り気で、最低最悪なお兄様まで喜んでくれています。
でもまだヨーゼフ様が16歳で私が14歳。
正式な婚姻は出来ません。
その為、2年後のヨーゼフ様が18歳、私が16歳になるまで、私はヨーゼフ様の婚約者としてオスト国宮廷で、オスト国宮廷の礼儀作法を学びながら過ごす事になりました。
2年後に私がヨーゼフ様の正式な妃、オスト国皇太子妃になる事は、両国間ですでに合意しています。
私は特別な馬車に乗ってラリア王国からオスト国へと、お嫁入りのようにして渡り、オスト国から盛大な歓迎セレモニーを受けてオスト国宮廷へと入りました。
そして宮廷の小広間で初めてヨーゼフ様と対面します。
私はとても緊張していて、胸がドキドキしています。
きっと顔も赤くなっていると思います。
侍女のララが私が倒れそうに見えると言って、身体を支えてくれています。
そして小広間に現れたヨーゼフ様は噂と違わぬ、整った鼻梁に金髪碧眼の美男子です。
でもどこか軽薄そうなに見えるは何故かしら。
優秀だとお聞しいているのにおかしいわねと私は思った。

「ラリア国アニィナフェネス王女。遠路はるばる大義でしたね」

ヨーゼフ様が部屋を進み私に歩み寄ってくる。

「いいえ。私は今日のこの日を、とても待ち焦がれておりました。これから私の事はどうぞアーネとお呼び下さい」

私はララに支えて貰いながら、スカートを少し摘まんで優雅に腰を落としてお辞儀をした。
そして身体を戻して顔をヨーゼフ様に向けると、ヨーゼフ様はあからさまなほど嫌そうな顔をしていた。

「そうでしたか。僕も両国の発展を祈願しているよ。それでアニィナフェネス王女に紹介したい人がいます」
「…ええ、はい」

私をアーネという愛称ではなく、アニィナフェネスと呼ぶヨーゼフ様に、私は拒絶されたように感じた。
何かヨーゼフ様の気に障るような事をしたのかしら。
これからはヨーゼフ様の事をよく知って仲良くなるように努めなくては。
私が内心気合いを入れていると小広間の扉が再び開いて、1人の女性が入ってくる。
ふっくらと膨らませたスカートに、リボンとフリルをふんだんに使用したドレスを身に付けた、茶色の巻き髪の女性。
垂れ目で親しみやすい笑顔を、私に、ではなくて、ヨーゼフ様に向けて、こちらに近付いてくる。
そしてヨーゼフ様はその女性に手を差し延べた。
女性は一切の躊躇もなくヨーゼフ様が差し延べた手に手を重ねて、ヨーゼフ様の隣に収まった。
そして私に向かって会釈をしてくる。

「はじめまして。わたしはウルルラント男爵令嬢、ルイーズですわ」

女性、ルイーズは、この大国オスト国の貴族の令嬢で、とても綺麗で色気もある。
でも私は仮にもオスト国の皇太子の婚約者。
ルイーズより私の方が遥かに身分は高いはず。
それなのに私に会釈で挨拶をしてきて、しかも軽口を叩いてくるなんて。
オスト国は身分や仕来たりに煩い国ではないのかしら。
私は違和感を覚えながらも表情は変えずにルイーズに丁寧にお辞儀をした。

「私はラリア王国王女、アニィナフェネスと申します」
「アーネと呼んで欲しいそうだ」
「まあ、そうなのね。よろしくね、アーネ」

私はお兄様に鍛えられた表情筋を動かさない特技がなければ、嫌な顔をしてしまっていたかもしれない。
ヨーゼフ様がルイーズに向けていた顔を私に向けてくる。
その顔はとても冷やかで硬いものだった。

「アニィナフェネス王女。ルイーズは僕が愛する女性だ。表向きはアニィナフェネス王女が僕の妃になるが僕はルイーズしか愛さない。宮廷ではルイーズに礼を尽くすように。行こうか、ルイーズ」
「ええ。ヨーゼフ様」

手を繋いで小広間から出ていくヨーゼフ様とルイーズの姿を見て、私は思った。
婚約を今すぐ破棄したい。


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