黄昏の恋人~この手のぬくもりを忘れない~【完結】

水樹ゆう

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第三章 異 変 《Accident》

36 カーテンの向こう側

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 さすがに、四階分の階段を一気に上るのは、かなりきついものがある。

 机から教科書類を引っ張り出し、下敷きを抜き取ってパタパタと自分の顔に風を送る玲子に、優花は苦笑めいた笑顔を向ける。

「あはは。まさか。さすがにそれはないよ……?」

――うん。たぶん、きっと。

 優花の返事が疑問系になってしまった理由は、『エロカマキリ』こと、学年主任の野村教諭のカマキリそっくりな骨皮筋衛門的な風貌と、女子を見るときにニヤリと浮かべる、少しばかり『いやらしく見える笑顔』が脳裏を過ぎったからだ。

「エロカマキリって、珍しい名前ですね。どういう漢字を書くんですか?」

 ニコニコと、邪気の欠片も見られない天使の笑顔を浮かべたリュウに問われ、優花は『うっ』と、答えに詰まった。

「あ、ええっと……カタカナ?」

――エロカマキリって、どう説明すればいいんだろう? と言うか、説明していいんだろうか? こんなこと。

 あからさまな悪意はないにしろ、その風貌を揶揄していることには代わりが無い。

「カタカナですか?」

「あだなよ、あだな、ニックネーム! 由来は後でじっくりお姉さんが、教えてあ・げ・るから、とにかく急ごう。音楽のコンちゃん、時間には厳しいからね」

 ほら! と玲子に背を押された優花とリュウは、半分残っている移動を再開すべく、廊下へと足を向ける。そこでふと優花は、晃一郎がいないことに気付き足を止めた。

――あれ?
 そういえば、晃ちゃん?

『エロカマキリ』の話題など、率先してのってきそうなものなのに、無反応だったし何をしているの?

 既に、他の生徒たちは出払って閑散とした教室内に、ゆっくりと視線をめぐらせる。

――あ、いた。

 開いた窓から吹き込んでくる、今は心地良く感じる秋風に弄られる白いカーテン。その影に佇むように、外に視線を走らせる晃一郎の姿に、優花は小首を傾げた。

 窓の向こう側はB棟との間に小さな中庭があるだけで、特に目を引くものは無いはずだ。

「もう行くよ、晃ちゃん?」
「あ、ああ、すぐに行く」

 ゆっくりと歩み寄ってくる晃一郎の、ニコニコと浮かべた笑顔が、なんとなくうそくさい。

「何、見てたの?」
「内緒ー」
「はぁ?」
「そんなに、俺の見ていたものが知りたい?」

 茶化すように顔を覗きこまれた優花は、むうっと眉根を寄せる。

「別に、知りたくないよーだっ!」

――フンだ!
 いったい、何だって言うのよ?
 ワケわかんない!

 うっかり失念していたが、まだ、あの嘘のメモの件で自分は怒っていたのだと思い出し、優花の眉根の皺が、更に深さを増した。

「それ、癖になっても知らないぞ」

 追い越されざま、楽しげに喉の奥で笑う晃一郎の長い指先に、額をコツンと弾かれた優花は、ぎよっと身をそらした。今日の、晃一郎は、変だ。スキンシップ過多も甚だしい。うっかり気を抜くと、又、頭を撫でられる気がした。

 あれは、けっこう、心臓に悪い。

 そう、ワケもなく泣いてしまうくらいに――。


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