上 下
50 / 132
第四章 記 憶 《Memory-2》

50 おばあちゃん仕込みの肉じゃが

しおりを挟む

 晃一郎は、外来患者も多く訪れる地上部分の病院施設で外科の医師として働く一方で、地下部分の研究施設で研究員としても働くという二足のわらじを履く、優花から見ればかなりハードな生活をしていた。

 だが、本人はケロリとしたもので、こうしてに朝の七時から八時の一時間は、必ず優花のリハビリに時間を裂くという、スーパーマンぶりを発揮している。

――たしか、午前十時からは病院勤務で、午後はたまにだけど、手術が入るって言ってたよね?

 手術が入らない午後は、夜遅くまで鈴木博士のところで研究の手伝い、で、今は、午前八時。

 出勤前のいつもの、私のリハビリ指導。すごいって言うか、疲れないのかな?

 優花は、使い終わったリハビリ器具をせっせと片付けている晃一郎を手伝いながら、その表情を、チラリと盗み見た。

 ふんふんふん♪ と、鼻歌交じりで、朝から絶好調そうなその横顔には、疲れの色は見えない。

――でも、やっぱり、疲れてない、わけないよね?

 とてもありがたいのだが、優花にしてみれば、そのむちゃっぷりで身体を壊したりしないか、少しばかり心配になる。

 俺様でセクハラ大魔王でも、やっぱり、大事な幼なじみには、変わりがない。だいいち、この人は、命の恩人なのだ。そして、なんだかんだと言いながらも、この世界で一番頼れる存在でもある。

 大事にしすぎても、バチはあたらない。

――うん、そうだ。

 いつも、からかいモード全開でこられるため、ついつい礼を言えないでいる優花は、今日こそは、ある提案を言ってみようと小さな決意を口にした。

「あ、えーと、晃ちゃん?」
「ん? 何だよ、じっと見つめて、いい男だからって惚れるなよ? 俺は、ロリコンの趣味はないからな」

 案の定、ニコニコとしたガキ大将めいた笑顔で、からかいモードフルスロットルな晃一郎の台詞に、優花は思わず『ううっ』と言葉につまった。

――ロリコンって、三歳しか違わないのに、ロリコンって……。

 私って、いったいどれだけ、子ども扱いなの?

 いや、確かに、幼児体型かもだけど……。

 少し悲しくなりながら、強引に、喉の奥に引っかかっている二の句を引っ張り出す。

 ここでくじけたら、いつもと同じだ。

――頑張れ、私!

 優花は自分を鼓舞して、口を開いた。

「あのね。たまには、一緒に朝ごはん食べない? かなーと思って」
「え……?」

 優花の申し出が意外だったのか、不意を突かれたように、晃一郎は目を丸めた。

 最初に目覚めた病室とは違う職員用の個室に住まわせてもらっている優花は、このごろリハビリを兼ねて自炊を始めていた。

 外出はできないので、材料は、玲子が調達して届けてくれている。玲子は、情報処理業務のスペシャリストで、研究所の業務委託を受けていて準・公務員扱になっているため、研究所の出入りが自由に出来るのだ。

 週末には、良く泊り込んで、二人でパジャマパーティーという名の女子会を、夜っぴきで楽しんだりしている。

 陽の光の差し込まない地下二階での潜伏生活。普通なら、精神的にまいってしまいそうなこの過酷な状況でも、こうして優花が元気でいられるのは、玲子の存在はかなり大きかった。

「今日は、二人分作ってあるんだ。メニューは、えーと、炊きたてご飯とお豆腐とワカメのお味噌汁と、昨日作ったおばあちゃん仕込みの肉じゃがと、出し巻卵と、焼き鮭、なんだけど……」

 不意を突かれたぽかんとした表情のままだった晃一郎の頬の筋肉が、優花の放ったある単語に微妙に反応を示した。

「肉、じゃが……?」
「うん。肉じゃが。昨夜作った残りだから、いい感じに味が染みてて美味しいと思うんだ」

――えっへん!

 と、胸を張る優花の視線のさきで、晃一郎がごくりと喉を鳴らす。

――やった、いい反応!
 おばあちゃん、ありがとうーっ!

 優花は、如月家秘伝の肉じゃがの味を仕込んでおいてくれた祖母に礼を言い、心の中で思わずガッツポーズを作った。


しおりを挟む

処理中です...