黄昏の恋人~この手のぬくもりを忘れない~【完結】

水樹ゆう

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第四章 記 憶 《Memory-2》

58 金木犀の甘い香り

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 指の先まで心臓になってしまったかのように、どきどきと激しく拍動している。もうこれ以上は、きっと耐えられない。そんな優花に追い討ちを掛けるように、晃一郎は、更なる爆弾発言を投下した。

「じゃ、目、閉じて?」

――は、は、はいっ!?

 もうだめだ、これ以上は、無理、無理、無理っ!

「め、目って、何で、目なんか閉じるのっ!?」

 身体に帯びた熱に耐え切れず、優花は、素っ頓狂な声で疑問を質問に変えて、晃一郎に投げつけた。

「何でって、ESPのイメージ伝達訓練のためだけど?」

 晃一郎は、イタズラ小僧めいた瞳でそういうと、喉の奥でクスリと笑う。

 これは、ぜったい、優花の脳内妄想反応を全部分かっていて、やっている。優花はそう確信したが、それを言うと深い墓穴を掘りそうだと判断し、どうにか口に出さずに飲み込んで、なかばやけ気味にぎゅっと目を瞑った。

「身体の力を抜いて、リラックス」

 そんなこと言われても。この状態で、リラックスできるほど、女歴は長くない。

「深呼吸。吸って、ゆっくり吐き出す」

 目を閉じているからか、聞きなれているはずの晃一郎の声が、少し低く感じる。

「もう一度」

 吸って、ゆっくり吐き出す。

 言われるまま、繰り返す深呼吸が、身体に帯びていた熱をすうっと冷ましていく。

「もう一度」

 まるで、呪文みたいに繰り返す柔らかな声音が、ひどく心地良い。

 あれほど暴れまくっていた心臓が、奪われた熱とともに、穏やかな鼓動を刻み始めた。その頃合を見計らってか、晃一郎は穏やかなトーンの声音のまま、ゆっくりと優花に語りかける。

「今、俺は頭の中に、ある人物を思い描いている」
「うん」

 優花は、コクリとうなずく

「その人は、お前が、よく知っている人物だ」

 チラリと、閉ざした瞳の奥の薄暗かった視界の隅に、何か白い影が掠めた。

「う……ん?」

 ほのかな、甘い花の香りが、フワリと鼻腔に届く。

――これって、確か、金木犀きんもくせいの匂い?

「その人は、女性だ」

 抑揚のない、低い声音に導かれるかのように、その白い影が、ゆっくりと浮かび上がる。

 サラリ、と極上の銀糸が、薄闇に淡く白い燐光を放つ。

 それは、髪だ。
 長く、美しい、銀色の髪。

 腰に届くほど長い髪を揺らした、白いワンピースを身に纏った華奢な女性のシルエットが、徐々に像を結ぶ。

 少女のような、柔らかな頬の稜線。でも、それは確実に大人の女性のものだ。

 淡く色づいた可憐な唇が、ゆっくりと言葉を発する。

『優花ちゃん』

――え?

 どこかで聞いた、ひどく身近に感じる、声。

 それが『自分の声』だと気づいたその瞬間、『どん』と、身体全体に重みを感じた優花はハッと目を開けた。


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