黄昏の恋人~この手のぬくもりを忘れない~【完結】

水樹ゆう

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第四章 記 憶 《Memory-2》

68 禁句

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 壁掛け時計にチラリと視線を走らせれば、時計の針はもうじき九時。

「いいよ。晃ちゃん、お仕事あるでしょ? あほら、もうこんな時間だよ? 患者さん、待ってるよ?」
「心配するな、今日から俺は、三日間は完全オフだ」

 これ幸いと、早く仕事に行けオーラを全開で放出しながら進言してみたが、にっこり笑顔で即却下されてしまった。

――うげげ。なによ、それ?

 今まで休みを取ったところなんて見たことないのに、なんで、いきなり三連休なの!?

 何の因果か、誰かの陰謀か。

 事実は、休みを取らなさ過ぎる晃一郎の勤務態度に業を煮やした上司が、強引に休みを取らせた、という純然たる偶然に過ぎないが、優花は知る由もない。

 ここで負けてなるものか。『彼女』との約束だけは、守らなければ。

 そんな使命感に燃えた優花は、尚も苦しい抵抗を試みた。ずる休みの定番は、仮病と相場がきまっている。

「え~~と、今日は、ちょっと体調悪くてっ。あの、だから、リュウ先生のところへは、また今度ということで……」

「体調が悪いって、どういうふうに? 熱はあるのか?」

 真顔で晃一郎に質問を返され、優花は更に固まった。

 墓穴を掘った。外科とはいえ、仮にも医者の前で『体調悪い』は、禁句だ。

「優――」
「あ、やっぱりいいです、今のはナシで!」

 いぶかしげな表情を浮かべて晃一郎が額に伸ばしてきた左手を、優花は一歩後ずさって回避する。この空気では、晃一郎がこの場で診察を始めかねない。

 晃一郎はリュウ以上の能力者だ。何かの拍子に思考を読まれでもしたら、その場でアウト。優花の努力も水の泡だ。

 だいいち、リハビリで手足に触るのとはわけが違う。知り合いに、それもあのセクハラ大魔王に、『はい、あーんと、口あけて』だの、『はい、胸の音聞くから、前を開いて』などされたら、恥ずかしくて悶え死ぬ。

 優花の無駄に思える抵抗は、秒読みで本当に無駄になりつつあった。

 適当な言い訳も思いつかず、結局、晃一郎同伴で、リュウのところへ行く羽目に陥ったのだ。

 その上、玲子も付いていくと言い出した。

「あ、じゃあ、アタシも一緒にいってあげるよ。念のため診てもらったほうがいいよ? 一人のときにいきなり覚醒して、ぶったおれでもしたら大変だし、アタシも久々にタキモトの顔も見たいし、ね、優花?」

 と、玲子も付いていく気満々だ。

 このままでは、『彼女』が一番自分の存在を知られたくないはずの恋人、晃一郎ばかりか親友の玲子、それに恋人の親友で面識もあるだろうリュウにまでバレてしまう。

 いくらなんでも一気にバレすぎだ。

 リュウの居る研究室は、地下四階。エレベーターで二階分下にある。地下二階のこのフロアからなら、どんなに多く見積もっても、ものの五分もかからずに着いてしまう。

――あああああ、どうしよう。


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