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第六章 記 憶 《Memory-4》
97 望むもの
しおりを挟むリュウがリビングスペースでくつろぐ優花と晃一郎の元へ戻ったのは、部屋を出てから二十分ほど後。
ソファーには、湯呑の日本茶をすすりつつ携帯端末でなにやら調べ物をしている晃一郎と、その隣で膝にポチを乗せたまま器用に眠っている優花がいた。
「おまたせして、すみません。優花ちゃん、眠ってしまったんですね」
ほほえましそうに優花の様子を伺うリュウとは対照的に、晃一郎は苦笑を浮かべる。
「満腹になって速攻で眠ってしまうところは、まだアリスと同じレベルだな」
「また、ひどい言いようをしますね」
「だって、この状態で、熟睡してるんだぜ?」
晃一郎は苦笑を浮かべながら、優花の頬をムニムニと引っ張って見せる。晃一郎の言う通り、すでに熟睡モードに突入しているのか、優花はまったく反応しない。
「明るく振舞っていても、やはりだいぶ無理をしているんですよ。君なら、そのくらい分かっているでしょう?」
「まあな」
晃一郎だって、分かっている。優花が無邪気な明るい表情の下で、どれほど不安や焦りを感じているか。
それでも、ついつい意地悪をしたくなるこの心理は、いったい何なのだろう?
「好きな子をついついいじめてしまうなんて、幼児並みのメンタリティーですよ」
「……」
リュウは、森崎夫人が用意してくれた紅茶を優雅な所作で口に運びながら、晃一郎の内心を見透かしたように辛辣なことを言う。
自覚しないでもない晃一郎は、反論しかけた口を閉じて湯呑に残っていた日本茶をグビリと飲み干した。
「美代さん、片づけは明日で良いですから、もうお休みください。今日は、遅くまでお疲れさまでした」
美代さんとは、森崎夫人の名前だ。リュウの言葉から『席を外してほしい』というニュアンスをくみ取った美代さんは、ニッコリと笑顔を浮かべて「それでは、お先に失礼します」と言って、部屋を出て行った。
その姿が扉の向こう側に消えたのを見計らって口を開いたのは、晃一郎の方だった。
「それで、アリスは、何を視たんだ?」
「さすがに気づきましたか?」
「あんな風に観察するみたいに見つめられれば、嫌でも気づくさ。まあ、アリスの能力をしらない人間なら、初めて会う人間に対する好奇心の現れとしか感じないだろうがな」
憂い顔でまぶたを伏せたリュウは、端的に事実を告げた。
「優花ちゃんのご両親が視えたそうです」
「そうか……」
半ば予想していたこととはいえ、実際に現実を突きつけられると粛然とせざるを得なかった。優花は元の世界に戻れたとしても、すぐに両親の死と向き合わなければならないのだ。
「このことは、伏せておきますか?」
「ああ。そうしてくれ。どのみち元の世界に戻るときには、こいつの記憶は封印することになる。どうせ忘れてしまうことなら、よけいな悲しみを増やすことはないだろう」
「記憶を封印、ですか?」
「ああ、俺が封印する。超能力と一緒にな」
もしも元の世界に戻れるのなら、この世界の記憶は邪魔にしかならない。まして異端の能力など、百害あって一利なし。封じ込めてしまうに限る。
「それでいいんですか、君は。彼女に忘れられてしまっても」
晃一郎は、すやすやと気持ちよさそうに眠る優花を見つめて、柔らかく微笑む。
望むのは、目の前の少女の幸せだけ。
「ああ。かまわない……」
――たとえ優花の記憶には残らなくても、俺が覚えている。こいつの頑張りも、健気さも、その屈託のない笑顔も。
それだけで、じゅうぶんだ。
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