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第七章 記 憶 《Memory-5》

107 交渉

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『失敗した』

 晃一郎は携帯端末を耳に当てたまま口パクで、リュウにポチの首輪が外せなかったことを伝える。その間も、リュウは優花の携帯端末のGPSの電波を必死で探していた。

 だが、何らかの妨害がなされているのか、パソコンの地図上に表示されるはずのアイコンが出てこない。『話を引き延ばして』と、リュウは晃一郎にジェスチャーを送り、再びパソコンを操作する。

「お前は何者だ? どこの組織に属している?」

 カチャカチャカチャと、キーボードをたたく音が響き渡る室内に、再び晃一郎の低い声が響いた。

『問われて答えるとでも思っているの? おめでたいオツムだこと。天下の金のグリフォンともあろうものが』

――グリフォン、グリフォンと人のコードネームを気安く呼ぶな、バカヤロウ。
  
 本来なら、機密扱いの晃一郎のコードネームを知っているということは、それなりの規模の組織の配下なのだろう。現在活発に活動を続けている地下犯罪組織はいくつかあるが――。

「グリードか?」

 全くの山勘だったが、晃一郎の問いに玲子は一瞬息をのんだ。それだけで、答えは見えたも同然だ。

 グリードは、超能力を有する若年層を誘拐して組織の構成員に仕立てることを得意とする犯罪組織。晃一郎の恋人だったこの世界の優花が巻き込まれたテロも、このグリードが起こしたものだと目されている。

 問題は、なぜ優花を狙ったのか、その目的だ。

「優花を預かった、と言ったな。目的はなんだ? 金か?」

 アメリカ屈指の大企業の御曹司でもあるリュウがかくまっていた、イレギュラーの優花。単純に身代金目的という線も捨てきれない。

『金も魅力的ではあるけれど、今回は情報よ』
「情報……?」
『そう。グリフォン以下、政府の飼い犬の上位ランク十名の詳しい個人情報を』

――そうきたか。んなもん、教えるわけがないだろうが、アホウ。何のために一般の社会人に紛れて生活していると思っているんだ。てめえみたいなアホウに狙われないためだっつうの。

 政府に所属するエスパーの上位ランク十名は、晃一郎と同じ金色の髪を持つ者。唯一銀色の髪を持っていた如月優花がテロに倒れてから、現在はこの十名が政府のエスパーの主軸を担っている。その個人情報はもちろんトップシークレットだ。

 エスパー本人が狙われるリスクを減らすためだけでなく、家族や恋人が人質に取られて泣く泣く悪に手を染める、という事態を避ける意味合いもある。

「悪いが、俺にその権限はないし、俺は自分以外の情報は知らない。知りたいなら直接政府に問い合わせするんだな」
『如月優花の命と引き換えだと言っても、そんな悠長なことを言っていられるかしら?』
「……知らないものは教えられない」
『仮にも、恋人だった女のイレギュラーが、どうなってもいいのね?』

 どうやら、敵も本気のようだ。
 未知数な優花の超能力ではなく、情報が目的なら、優花の命は文字通り風前のともしびだ。

『まだか?』とリュウにGPSの電波をキャッチできたかどうかジェスチャーを送るが、リュウは首を横に振った。探せないのなら、教えてもらうほかはあるまい。

 晃一郎は、大きくひとつ息を吐きだし、あきらめたように口を開いた。

「わかった。情報を渡そう。ただし、電子データではなくアナログデータを手渡しで。それが絶対条件だ」
『アナログデータ?』
「ああ、そうだ。電子機器を通すとどうしても情報漏洩元を辿られてしまうから、俺が手書きで紙に書きだす」

 もちろん情報を渡すつもりはない。アナログデータ云々も、優花の元に行くための嘘八百だ。

『それでいいわ。ただし、御堂浩一郎、あんた一人で来くること。公安や警察が動いたのが分かれば、その時点でこの話は終わりよ。その時は如月優花の命はないものと思うことね』

 優花は元の世界に必ず戻す。

 そのためには、政府に助けを求めるわけにはいかない。

 何が何でも、自分たちの力で優花を救い出さなくては。

「で、いつ、どこへ行けばいいんだ?」

『今日の二十三時。天王寺自然公園の中央広場。時計塔の前』

 まるで初めからこの答えを用意していたかのように。

 玲子は、否、玲子の体に潜んだグリードの手下は、淀みない声でそう宣言した。

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