黄昏の恋人~この手のぬくもりを忘れない~【完結】

水樹ゆう

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第七章 記 憶 《Memory-5》

106 誘拐犯

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 研究所で晃一郎とリュウが、現状把握と対策に頭を悩ませているそのころ。まさか自分が玲子に誘拐されたと思いもしない優花は、久々の、というより初めてのお出かけに心を躍らせていた。

 雨に滲んだ車の窓越しに流れていく街並みは、優花が知っているものと似てはいるが、やはりどこかが違っている。思い込みかもしれないが、デザインがなんとなく近未来的な気がした。

「うわー。なんかすごい新鮮! 街の中ってこんなふうになってたんだ」

 優花は、まるで幼い子供のように、キラキラと好奇心に満ちた瞳で過ぎていく街並みを目で追う。

「研究所ではほとんど地下に缶詰めだったし、リュウ君の家に引っ越してからも外に出てないもんねぇ。そりゃあ、新鮮だよね」

 ハンドルを握る玲子は、苦笑を浮かべてウンウンと相槌をうつ。

 人間、やっぱりたまには息抜きが必要だ。どんなに恵まれた環境にいても、長い潜伏生活はストレスがたまって、つまらないことをウジウジ考えてしまう。外に連れ出してくれた玲子には感謝しかない。

「玲子ちゃん、誘ってくれてありがとう。せっかくのお休みにごめんね……」
「何言ってんの、水くさいなぁ。アタシも優花とお出かけしたかったんだから、気にしないの」

 ポチも同じ意見なのか、尻尾をパタパタと振って『ワンワン!』と合いの手を入れる。

「ほら、ポチも気にするなって言ってるよ」

 そう言って玲子はカラカラと陽気な声を上げて笑う。その飾らなさが、優花にはありがたかった。

 しみじみと友達のありがたみをかみしめていたその時、ウエストポーチに入れておいた優花の携帯端末のコール音が鳴り響いた。

 何かあったときのためにと、リュウに持たされていたが、実際に着信したのは初めてだった。この番号を知っているのは、リュウと晃一郎、森崎夫妻、そして玲子の五人しかいない。

 優花が慌てて携帯端末を取り出して着信者の名前を確認すれば、画面には『御堂晃一郎』と表示されていた。

――こんな時間に、どうしたんだろう?

「……誰から?」

 いぶかし気な様子の玲子の問いかけに、優花は「あ、うん晃ちゃんから。なんだろう?」と答えて通話ボタンをタップする。

 電話を耳に当てれば、大音量の晃一郎の声が耳朶を叩いた。

「お、出た出た! おーい、聞こえるかー!」
「そりゃ、電話だから出るよ! ってか、晃ちゃん声がでかいんだけど!?」

 大音量の声に、耳がキーンと痛くなる。

「あ、悪い、こっちの音量設定が不調だから、そっちで小さくしてくれるか?」
「え? あ、うん」

 優花は言われた通り、音声のボリュームを落として再び耳に当てる。

「……今、村瀬の車か?」
「え? うん、そうだけど?」

 ボリュームを絞ったせいもあるが、やたらと低いトーンの晃一郎の声に優花は目を瞬かせる。

「ポチの首輪を今すぐ外せ」
「……え?」
「いいから何も言わずにポチの首輪を外すんだ。テレパシーでポチに情報を送る」

 低いトーンの声で畳みかけられた優花は、さすがに何かが変だと感じ始めた。

 とにかく、言われた通りにしようと、ポチの首輪を外そうと手をかけたとき、運転席の玲子が『チッ!』と低い舌打ちをした。

 今までの和やかな雰囲気は一変して、まるで能面のような感情のない硬質の眼差しが向けられる。

――え? 玲子ちゃん?

「うっ……!?」
「グルルルッ!」

 途端に、優花の全身は金縛りにあったように身動きできなくなった。膝の上のポチが同じように身をこわばらせて低く唸り声をあげている。こわばった優花の手から玲子が携帯端末をスルリと抜き取り、自分の耳に当ててニッコリと口の端を上げた。

「グリフォン。如月優花とケルベロスは預かった」
「……お前、村瀬じゃないな?」

 『グリフォン』とは、晃一郎が政府の下で超能力者として行動するときのコードネームだ。玲子は、晃一郎のことをけっして『グリフォン』とは呼ばない。

 それに、玲子にあるのはテレパシー能力。言葉ではなく思念で会話をする能力のみだ。相手の体の動きを封じるようなサイコキネシス能力は持っていない。だとすれば――。

「私は正真正銘、村瀬玲子だ。少なくともこの体はね」

 クスクスと愉快そうに笑う玲子の声を、身動きできない優花は信じられない思いで聞いていた。


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