黄昏の恋人~この手のぬくもりを忘れない~【完結】

水樹ゆう

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第七章 記 憶 《Memory-5》

112 選択肢

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「なーんちゃってね。ドッキリでしたー」

 その場にそぐわない、ひどく明るい声が水分を含んだ空気を震わせる。優花は、信じられない思いで背後に立つ人物を見つめた。

 玲子だった。

 どこもケガをしているようすがないことに、優花はほっと胸をなでおろす。その一方で、走るのは大きな違和感。

 口元は微笑んでいるのに、腕組みをして優花を見下ろす眼差しは、降りしきる雨のように冷たい。嫌でも、その体を支配しているのが黒田マリアもどきだと分かった。

 慌てて周囲を見渡せば、晃一郎の姿は見えない。時計塔の針は十時半を指していた。

「今のは、夢……?」
「今から起こる未来のひとつね」
「未来の、ひとつ?」

 理解が追い付かず、優花は眉根を寄せる。

「そう。未来っていうのは選択の仕方で刻々と変化していくの。つまり、如月優花、あなたが行動を間違えると、今見た『村瀬玲子が命を落とす未来』がくるってこと」

 自分の選択で、玲子の生死が決まってしまう。

「そんなバカなこと……」
「ありえないって?」

 玲子は、愉快気にクスクスと笑う。

 嘘かもしれないが、その言葉の真偽を判断できるほど優花は超能力について知らない。

「そこでお友だち思いの優花ちゃんに、相談があるんだけど?」
「相談……?」

 玲子は、腰を折ると優花の前に顔を近づけて笑いながら言う。

「あなたの体を私にちょうだい」
「……えっ?」

 意味が分からない優花は、目を見開く。

「この村瀬玲子の体は、本人に返してあげる。その代わり、あなたの体を私に空け渡してって、言ってるの」
「空け渡す……?」
「簡単なことよ。あなたはただ抵抗をしないで眠っていればいいだけ」

 優花は、それが可能なことなのか分からず混乱した。だが、これだけは理解していた。もしも自分が『否』と答えれば、玲子にとって良くないことが起こると。

 今、優花にとって大切なことは、玲子の身の安全だった。その可能性が少しでも高い方を選ぶしかない。

 優花は、決意をこめてゆっくり頷く。

「分かった。あなたの言う通りにするよ。だから玲子ちゃんに手を出さないで」
「そう。いい子ね。話が早くてお姉さんは助かるわ」

 優しく甘い声で優花の耳元で囁くと、黒田マリアもどきは右手を優花の額に当てた。ヒヤリとした指先の感触が走り、優花はびくりと肩を跳ねさせる。

 優花のかたわらに寄り添い、ずっと低い唸り声を上げていたポチがワンワンと全身を振るわせて吠え掛かるが、玲子の手は止められない。

 あの時と同じだ。研究所の地下で襲われたあの時と。まるで脳細胞から無理やり記憶を引きはがされるような不快感と痛みが、背筋を走り抜けた。

「っうっ……」

 痛みで涙がポロポロと零れ落ちる。

 晃一郎の顔が、リュウの顔が、アリスや森崎夫妻、鈴木博士の顔が浮かんでは消えていく。

 自分の選択を、晃一郎は怒るだろうか。けれど、優花には玲子を犠牲にすることなど到底できなかった。

「晃ちゃ……」

 ごめんね。

 あと少しで、優花の意識が闇に沈むその時。

「や……めて……」

 玲子が苦し気に声を絞り出して、優花を捉えていた手を放した。

「な……!? おまえに、そんな力はない……はずっ」
 
 驚き、目を見開いた次の瞬間、玲子の表情は悲し気なものに変わった。

「っ……優花、ゴメンね。私が、弱かったばかりに……」

 痛みから解放された優花は全身で息をつきながら、苦し気に顔をゆがませる玲子を茫然と見つめる。


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