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第八章 覚 醒 《Awakening》
122 最後の邂逅
しおりを挟む彼女は小さく頷くと、柔らかい笑みを浮かべ、優花の肩にそっと両手を伸ばし抱き寄せた。
フンワリと、微かに漂う花の香り。彼女の大好きだったという金木犀の甘い香りが、優しく心に染み入る。
『ねえ、優花ちゃん』
「うん?」
内緒話をするような耳打ちに、小首をかしげる。
『まだ、晃一郎を引き受けてくれる気にはならない?』
「……」
三年前、優花は同じことを問われ、そして『否』と答えた。
あの時は、両親の安否が分からなかったし、晃一郎の気持ちも知らなかった。
両親、祖父母、晃一郎、そして玲子。大切な人たちの居る『元の世界へ帰る』。想いを残しながらも、優花には、その選択しかできなかった。
胸の奥が締め付けられるような、晃一郎に対するこの気持ちはたぶん、恋なのだろう。
信じられないけど、悔しいけど、否定できない確かな想い。
でも。
「……うん。やっぱり」
出来ない、と優花は頭を振った。
彼女の存在を晃一郎に話そうと優花が言った時、彼女それを頑として拒んだ。
いつ消えてしまうかも分からない、見ることも感じることのできない自分の存在を明かした所で、いらぬ痛みを背負わせることにしかならないからと。
そして今も、こうして晃一郎の傍らに在る彼女。
根本が同じだから、よくわかる。どんな思いで彼女が、優花にそれを問うのかを。それを知っていて、晃一郎の手を取ることは優花にはできない。
「ごめんね」
『そっか、残念……。今回は、せっかく晃一郎が素直な反応してるから、いけると思ったんでけどなぁ』
そう言って、彼女は少女めいた仕草で唇を尖らせる。
俺様で、傍若無人で、女好きで、セクハラ大魔王で。誰よりも愛情深いのに愛の言葉なんか絶対口にしない、超照れ屋。
『俺が本気で惚れた女だからな』
――あの晃ちゃんの口から、あんな言葉が聞けるなんて、思ってもみなかった。
『少しは、成長してるのよ、晃一郎も』
彼女が、嬉しそうに口の端を上げる。
「うん、みたいだね」
つられて、思わず込み上げる笑いの衝動。
二人でクスクスと笑い合っていると、遠くで必死に優花の名を呼ぶ晃一郎の声が聞こえてきた。
優花が完全に覚醒した今、『彼女』が顕現しても、意識は保っていられるようだ。
『ああ、ほら、心配しいが呼んでるから、行ってあげて』
「うん。もう行くね」
小さく頷き、胸をよぎる別れの予感に、思わず目を伏せた。
『優花ちゃん。私にはもう、見ていることしかできないけど……』
優花を励ますようにギュッと握られたその両手には、以前感じられた柔らかい感触も温もりもない。
覚醒した力が感じ取った、その存在の希薄さ。もうすぐ、限りなく近い存在である優花にすら見えなくなる時がくる。
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――泣いたらだめ。笑わなくちゃ。
そう思うのに、深く抉られるような胸の痛みで、上手く笑えない。
『優花ちゃん。負けないで……』
かろうじて耳に届く今にも消え入りそうなその声に、居ても立ってもいられず彼女を抱きしめ、ただ、コクリと頷く。
――うん。負けないよ。絶対負けない。
優花の心の声に応えることもなく。
微かな優しい花の香りだけを残して、彼女の気配は、空気に溶けるように消えていった――。
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
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