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第八章 覚 醒 《Awakening》
130 黄昏色のさよなら
しおりを挟む――優花さん、ごめんね。ちょっとだけ、よそ見しててね。
もうどこにも存在しない、もう一人の優花に心で詫びて。
息を吸って、止めて、三、二、一!
ええいこの、乙女の純情思い知れっ!
とばかりに、晃一郎の両頬を勢いよくバチンと両手ではさみ、ギョッとしているその顔めがけて背伸びをして、一気に唇を重ねた。
ビクリと、体を硬直させてる晃一郎の反応に『どうだ思い知ったか』と、胸がすく。
そして最後に、言い放つセリフを脳内リピート。
――三年前の別れ際の不意打ちのキス。
あの時のセリフをそっくりそのまま返してやるんだ。
ニッと笑って、傍若無人に『餞別に、貰っておくよ!』って言ってやる。
そう、目論んでいたのに……。
体を離そうとしたその瞬間。逆にグイッと抱き寄せられて、離れかけた唇は再び重なった。
それは、封印。
記憶を、力を、体の奥深くに眠らせるための、封印の儀式。
ふっと、近づきすぎてピンボケだった晃一郎の顔が少し離れて、呆然と見つめる優花の目の前ですっきりと像を結ぶ。
くっきり二重の色素の薄い茶色の瞳が少し照れたような色をたたえて、それでも真っ直ぐに優花の視線を捉える。
そして晃一郎は微かに口の端を上げて愉快そうに笑いながら、信じられないような台詞を吐いた。
「餞別にもらっておくよ」と。
もう、自分の敗北を認めざるをえない。
――私は、この人には敵わない。
ああ、私って、つくづく進歩がないなぁ……。
それにしても、なんでキスで封印なんだ?
趣味に走りすぎてるんじゃない?
晃一郎の腕の温もりを心地よい、なんて感じながらその肩に頭を預け、取り留めもなく思考するその片隅で。まるで砂時計の砂が落ちていくように、静かにでも確実に、記憶の欠片がサラサラと崩れていくのを感じていた。
眠りに落ちる間際のような倦怠感に、自然と瞼がおりる。
――ねえ、晃ちゃん。
『うん?』
優花の心の問いかけに、優しい波動が応えてくれる。
助けに来てくれて、ありがとう。
『うん』
私、晃ちゃんに会えて、よかった。
『うん』
私、忘れないよ。
たとえ、すべてが、記憶の彼方に消えてしまっても。
何ひとつ残らなくても。
この手は覚えているから。
繋いだ手の感触をこの温もりを、ぜったい、忘れたりしないから。
『うん』
そしてね……。
『うん?』
そして、いつか。
遠い未来で、また逢えたらいいね――。
応えはなく、そっと唇に落とされた優しい感触に、あふれ出したものが頬をとめどなく伝い落ちる。
黄昏は、やがて闇にのまれて。
静かに消え行くそのぬくもりの主と初めての恋に、さようなら――と、そっと、心の中で別れを告げた。
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