6 / 52
第三話 【偶然】繋がっていたい人。
06
しおりを挟む『良い男で、良い夫』かぁ……。
私も、その意見には、異議なしなんだけどなぁ。
彼ならば、結婚しても態度が変わるなんてことは、まずないだろうし、子供が生まれても、きっと厳しくて優しい父親になるだろうって、そう思う。
結婚相手として、これ以上を望むべきもないほどの、『いい人』なんだけど……。
なのに。なんで、こんなに煮え切らないんだろう、私ってば。
「はぁあっ……」
夜、アパートに戻った私は、妙な疲労感に襲われて、居間で風呂上がりの缶ビールを飲みながら、大きなため息を一つ吐き出した。
テーブル代わりの明るい木目の家具調コタツに、二人掛けの淡いブルーのローソファー。そのローソファーに背を預けて、両足を『う~ん』と、前に投げ出す。
目の前に置かれたサイド・ボードの上のテレビからは、本日のスポーツニュースが流れてくる。ちょうど、地元で行われたプロサッカーの試合のダイジェストらしい。
サッカーか……。
高校の時。
ううん、中学の時からずっと。
暇さえあれば、グランドを駆け抜けていく彼の姿を、目で追っていた。
真っ直ぐ、ボールを追いかける真剣な眼差しに、小さな胸をドキドキと高鳴らせて。ただ、遠くで見ていられるだけで、それだけで、幸せだったあのころ。
ふと、脳裏に浮かぶのは、忘れられない、『あの日』の光景。
まっすぐなハルカの眼差しの向こうに浮かんだ、彼のちょっと照れたような笑顔――。
忘れたはずの古傷が、胸の奥底でズキンと、微かな悲鳴を上げる。
思い出したくなくても、思い出しちゃうんだから、こんなテレビ見なきゃいいんだけど、それでもついつい見てしまう。
何かで繋がっていたい。『彼と』
心の何処かでそう思っている自分がいる。
「ったく……何年経ったと思っているのよ? いいかげん忘れなさいってば、諦めが悪いやつめっ」
一人ごちって、テレビの画面にぼうっと視線を走らせる。
伊藤君は、大学を卒業して体育の教師になったと、いとこの浩二から聞いていた。
何でも、母校でサッカーの顧問をしているっていうから、彼らしい。今もきっと、あの頃と変わらない真剣な眼差しで、ボールを追っているんだろう。
感傷めいた思いに浸りながら、グビリと一口缶ビールを口に含んだ、その時。テレビの中で、緑のグランドを縦横無尽にボールを蹴り出していく一人の選手の姿がアップになった。
青いユニフォームが、風のようにグランドを駆け抜けて行く。
「えっ……?」
見覚えのあるその風貌に、思わず鼓動がドキンを大きく跳ね上がる。
ま、まさか……?
そんなはずはない。
だって、伊藤君は、母校の体育教師になったって――。
ドキン、ドキンと、うるさいくらいに鼓動が跳ね回った。
まさか。
まさかよね?
信じられない思いで、画面を目で追う。
その選手は、ブッちぎりでゴールを決めた。
わき上がる歓声。
そして流れるアナウンス。
『ゴール! 逆転ゴールを決めました、伊藤貴史選手! 見事な、逆転ゴール!』
『イトウタカシ』って、言ったよね、今?
思わず、テーブルを脇に退けて、テレビの前まで這っていく。
再び彼が映るんじゃないかと、固唾を飲んでテレビの画面を食い入るように見詰めていると、ゴールの様子がスローモーションで再生された。
大柄だろうサッカー選手の中にあっても、飛び抜けた長身。
日に焼けた、小麦色の肌。
ボールを追う真っ直ぐな眼差し。
「伊藤……君?」
本当に伊藤君なの?
高校を卒業してから七年目。
初めて目にした伊藤君の姿は、あの頃のまま。
ううん。
あの頃以上に、眩しいくらいに輝いていた――。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
85
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる