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第七話 【逢瀬】残酷な夢でも。
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しおりを挟む海水浴シーズンの浜辺は、ちょうど夏休み中ということもあって、大勢の人で賑わっていた。
小さな子供がいる家族連れ。ペットを連れた人。友達どうし。そして、恋人達。
サンサンと降りしきる真夏の太陽の下。少し強い海風に乗って、波の音に混じった楽しそうな笑い声が、あちこちから聞こえてくる。
何度となく、想像してみたこんなワンシーン。抜けるような青空。白い、入道雲。どこまでも続く海原を渡る風に吹かれながら、『あなたと二人』で、こんなふうに波打ち際を歩くこと。
一生、叶うことのない夢だと、そう思ってた。
「水着でも持ってくればよかったな」
楽しそうに水と戯れる子供達に、伊藤君は穏やかな笑みを向ける。脳内を、伊藤君の海パン姿がグルグル周り、思わず顔に血が上る。
「そ、そうだねー」
そ、それは、ちょっと刺激が強すぎます、伊藤君。
ただでさえ心臓バクバクなのに、そんなあられもない姿なんて、絶対直視できないよ。もう、鼻血ブーものです、はい。なんて、本音を言えるはずもない私は、思わず笑顔が引きつった。
それにしても、どうして、思うように言葉が出ないのだろう?
色々と、聞きたいこと話したいことは山ほどある……はずなのに。いざこうして、その機会に直面すると、何も言葉が出てこない。
何も言わずにこうして隣を歩く。伊藤君の気配を傍らに感じていられる、それだけで、もう胸がいっぱいになってしまう。
それは甘酸っぱくて、切なくて、幸せな感覚。
だけど、その一方で、拭うことが出来ない罪悪感が心の奥にわだかまっているのも確かだ。
――私は、自分の恋人を、友達を、裏切っている。
その心の痛みは、消えてはくれない。
伊藤君は、そんな気持ちになったりしないのだろうか?
そろりと。彼の横顔を見上げると、それに気付いた伊藤君が「うん?」と、首を傾げた。私に向けられる、真っ直ぐな黒い瞳には、なんの陰りも見つからない。
「あの、ね……」
「うん?」
「伊藤君は……」
どういうつもりで、私を誘ったの?
一番聞きたくて、そして聞きたくない質問が、出所を失って私の胸でグルグルと渦を巻く。
そんなことを聞いて、どうするの?
聞いたからって、何かが変わるとでもいうの?
何も変わらない。
伊藤君は、私の親友の彼氏。私は、伊藤君の彼女の親友。
そのポジションが、変わることなんかありえないんだから。
それに。そもそもが、特別深い意味なんか無いのかもしれないじゃない? たまたま久しぶりに会った同級生を誘って、ドライブに来た。それだけのこと。そう、それだけのことよ。
自分に言い聞かせるように静かに目を閉じると、周りの賑やかな音が戻ってきた。心地よい海風が、アップダウンの激しい心の熱を奪って鎮めていく。
「佐々木、気分でも悪いのか?」
「あ、ううん、違う違う!」
我知らず足が止まっていたようで、数歩先離れた所から、伊藤君の心配げな眼差しとセリフが降ってきて、ハッとした私は頭と右手ををブンブン振った。
やめやめ!
ぐだぐだ考えたって、なんになるの。
そうよ。
こんな機会、二度とないんだから。
今は、この瞬間を、大切にしよう。
密かな決意を胸に秘め、ニッコリと会心の笑みを浮かべる。
「私、お腹空いちゃった!」
ただ遠くから見ているだけだった、『あの頃の私』は、もう居ない。
本音と建て前を使い分ける。
私だって、このくらいの芸当が出来るような『大人』になったのだ。
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