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第八話 【計略】心の楔。

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 陽花はるか本人に?

 そんなの、聞けるわけがない。

 ただでさえ、心臓の難しい手術を控えている陽花を煩わせるようなこと、聞けるわけがないじゃない。

 コイツは、言えるはずがないって、黙ってるしかないって、分かっていてこんなセリフを吐いている。

 私は今まで、佐々木浩二という男の何を見ていたんだろう。

 お調子者だけどお人好しな良いヤツだって、そう信じていたのに。浩二が、こんなヤツだったなんて。なんだか、怒りを通り越して情けなくなってきた。

「……アンタって、そんなに卑怯なヤツだったの? 自分が欲しいモノを手に入れるためなら、他人がどうなっても構わないって、本気でそう考えているの?」

 押さえきれない感情の波が、語尾を震わせる。

「俺が、卑怯ってか?」

 恐いくらいに、真剣な浩二の眼差しが、私を射抜く。その強い眼差しのまま、浩二はゆっくりと私の方に歩み寄ってくる。

 ――な、何よ。
 怒ったって、そんな顔したって、恐くなんかないからねっ!

 そう、心の中で虚勢をはりつつも、その迫力にたじろいだ私は、一歩、又一歩後ずさる。

 そしてとうとう、壁際まで追いつめられしまった私は、壁に張り付いたままキッと浩二を睨み付けた。

 ドン! と、私の顔のすぐ横の壁に浩二の拳が叩きつけられて、思わずビクリと身をすくませる。

「じゃあ、聞くが、好きでもないのに好きなフリをして、結婚しちまおうなんて根性の人間は、卑怯とは言わないのか?」

 荒げるでもなく、むしろ淡々と。浩二が放った言葉に、私はその場で固まった。

『好きでもないのに好きなフリをして、結婚しちまおうなんて根性の人間』

 これでもかと。

 心の一番もろい部分に、大きなくさびを打ち込まれた気がした。

 憤りや動揺、そして心の痛み。渦まく様々な感情を吐き出すようにひとつ大きく息を吐き、私は、ぎゅっと目蓋を閉じた。

 もう、いい。

 もうこれ以上何を言っても、浩二は聞く耳なんか持たないだろう。

 それに、私が二度と同じ手に引っかからなければ良いだけの話しだし。浩二がどうあがこうが、陽花の気持ちが変わるとも思えない。

 いくら何でも、浩二だって病床の陽花を傷つけるような馬鹿な真似はしないはず。伊藤君に至っては、たぶん浩二の目論見を知ったら、殴り飛ばすことぐらいしそうだし。

 だから、もういい。

――浩二とは、しばらく距離を置こう。

 そして、伊藤君のことはもう忘れよう。

 きっと、それが、誰にとってもいい方法のはず。

『あんたなんかとは、絶交よっ!』

 捨てぜりふを残して、浩二の部屋を逃げるように飛び出した私は、心の中で、そう決意していた。


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