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第十四話 【約束】夏の終わりに。

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 お焼香をすませ、すぐに帰らなければいけない伊藤君を、私と浩二は火葬場の玄関ポーチまで見送りにでた。
「忙しいのに、今日はすまなかったな、伊藤」

 申し訳なさそうに言う浩二に、伊藤君は、柔らかい笑みを向ける。

「日本に戻ったら、改めて墓前にお参りさせて貰うよ。その時は、一緒に酒でも呑もうや浩二。佐々木――、亜弓ちゃんも一緒に」

 佐々木が二人いるからか、伊藤くんは、私を『亜弓ちゃん』と呼んだ。

 なんだか、こそばゆいような恥ずかしいような妙な感覚に捕らわれて、私はちょっと焦りながらコクンと頷いた。

「うん、そうだね。呑もう、呑もう!」
「ああ。俺も、楽しみにしているよ」

 浩二もそう言って、笑顔にはほど遠いものの、微かに口の端を上げる。

 私は、一つ大きく息を吐き出し、背筋をしゃんと伸ばして、伊藤君の瞳を真っ直ぐ見つめた。

「伊藤君」
「うん?」
「サッカー、頑張ってね。いつだって、一番に応援してるからねっ!」

 これが、今の私のせいいっぱい。

 友達として、親友の従姉として、サッカーという夢に挑戦し続けている伊藤君に送ることの出来る、せいいっぱいの言葉。

「ああ。ありがとう。頑張るよ」

 秋めいた柔らかい日差しの下。

 伊藤君の四輪駆動車が遠ざかるのを目で追いながら、浩二が静かに口を開いた。

「いいのか?」
「うん?」
「伊藤に、お前の気持ちを伝えなくても、いいのか?」

 ――私の気持ち。

 あなたが好きだって。
 誰よりも、あなたが大好きだって。

 ずっと、心の一番奥深いところで、息づいていた思い。

 伝えたい――。

 だけど。

「……うん。いいの」

 だって。
 今の私じゃダメだから。

 伊藤君のように、夢を叶えるために努力しているわけでも、陽花のように、ひたむきに自分の生と向き合っているわけでもない。

 ただ漫然と、なんとなく毎日を、流されるままに過ごしてきた。

 そればかりか、自分の心を偽り優しい人を欺き続けて、最後には手酷く傷つけてしまった、そんな人間だ。
 だから――。

「今の私じゃ、胸を張って伊藤君に好きだなんて言えないから。今は、言わない」
「……そうか」

 私の気持ちを理解してくれたのか、否か。

 浩二はそれ以上は何も言わずに、上着の胸の内ポケットから何か白い紙を取り出し、私に差し出した。

「はいよ」
「え?」

 それは、小さな向日葵のイラストが描かれた、白い封筒だった。

 封筒の真ん中に書かれている、見覚えのある女の子らしい繊細な文字列が目に入った瞬間。私は、思わず、息をのんだ。

『あーちゃんへ』

 そこには、陽花の筆跡で、そう書かれていた。


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