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復活
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結局俺はKちゃんに何も答えなかった。Kちゃんはそれをよしとしたのか俺の腕を強く引っ張りながら無理やり横浜駅の改札に向かい、電車に飛び乗った。車内は混んでいないものの席はほとんど埋まっていたので、2人とも立っていた。俺は脳内にこだまするKちゃんの声に意識を奪われ半ば放心状態だった。Kちゃんは吊り革に捕まり窓の外を眺める俺に真っ直ぐな視線を向けている。電車に乗っている最中も犬の手綱を握る飼い主のように俺の腕を離さない。Kちゃんは俺の弱った瞬間を見計らい、自分の欲を略奪で満たそうとしている。電車の窓越しに映るKちゃんの顔は必死さを纏っているように見えた。電車に乗って15分ほど経つとKちゃんに引かれ電車を降りた。特に行き先を調べる様子もなかった。電車を降りると案内を頼りに改札へ向かった。
言葉が出ない俺でも頭は冷静だった。初めて降りる駅なのだろうか。わざわざ案内を見て降りるということは何も計画を立てずに行き当たりばったりで目的なく彷徨っているだけなのかもしれないと、考えても意味のないような小さな気掛かりを追いかけていた。すると「品川駅降りるの初めてなんだけど、飲み屋がいっぱいあるみたいで遊びにきたかったの」といつもの屈託のない表情に戻った。しかし、腕は強く握られたままで離そうとする素振りはない。駅前のロータリーの正面には一本道の飲み屋街が見える。迷いなくその通りに向かう。時計はまだ22時で通りにはスーツを着た中年男性から20歳くらいの女性までの人が大声で談笑していて、活気のある街だった。何も言わずKにただついていくだけの今の俺には似合わない道に気持ちが塞ぎ込んでいた。
Kちゃんが「わたし焼き鳥食べたい」と提案するが俺は何も答えない。Kちゃんが痺れを切らしたのか掴んでいた俺の腕を強く引き小さな声で「いいよね」と目をかっぴらきながら脅す。俺はこくりと小さく頷いた。Kちゃんは「よろしい」と前に向き直り歩いてゆく。
大衆居酒屋のようなガラス張りの居酒屋にKちゃんが先頭で入ってゆく。Kちゃんは店員に笑顔で「2人でーす」と慣れたように伝える。案内された外に1番近い席に座る。「奥どうぞ」と腕を離しKちゃんは俺をガラスに背を向ける側の席に座らせた。Kちゃんは俺の後ろに広がる街並みを眺めながら俺に「飲み物どうする?」と尋ねた。「生ビールを1つ」と俺が答えるとすぐに手を挙げて店員を呼んだ。「生ビール1つと梅酒ロック。あとは串の10本盛りタレ、梅水晶、うずらの煮卵ともつ煮をください」と快活に慣れた様子で頼む。電車を降りた時は案内を見ていたけれど、メニューも見ずに注文をしている。おそらく常連なのだろう。なぜ初めてと嘘をついたのか。きっとKちゃんもあの店で出会った客とよく来ているのかもしれない。そんな考えを巡らせていた。俺はおもむろに立ち上がりトイレに向かおうとした。するとKちゃんはまた俺の腕を掴み「どこに行くの?」ときつく尋ねた。俺が「お手洗い」と短く無愛想に答えるとKちゃんは「余計なこと考えて逃げたりしないでね」と冷たい声で脅す。俺は頷いてトイレに向かった。きっとKちゃんは過去に男に振り回されて嫌な目にでもあって、その腹いせに男を捕まえては圧力をかけたり自分の立場を上にしようと脅し文句のようなことを言っているだろう。俺はトイレに向かった。個室のトイレで冷静に考えた。
この状況はなんだ。嫁に不倫され、挙句女に振り回されて。スマートフォンを見るが誰からも着信やメッセージは来ていない。自分の情けなさに落胆しながらも今の状況を考えた。俺が不倫されたことは置いておいて、好きでもない女性の欲求を満たすためだけの出汁に使われるのは真平だ。早くこの場から離れて家に帰ろう。でないとこのままでは俺が不倫をすることになってしまう。どうにかして活路を見出すしかない。
トイレから席に戻ると酒が届いていた。するとKちゃんは乾杯を誘うようにグラスを持ち上げて俺に近づけた。俺はジョッキを持ちKちゃんのグラスに軽くコツンと当て互いに酒を煽った。その瞬間に思いついた。ここでKちゃんを泥酔させれば勝機はあるかもしれない。俺は酔いが覚めていたこともあり、正気に戻っていた。さっきの駅前でのKちゃんの言葉にノックアウトして自棄的な感情に追い込まれていたが、もうそんな迷いはない。真っ直ぐ帰宅。俺の選択肢はその一択。嫁の件は後でどうにかすれば良いが、俺がここでKちゃんと何かあってはもう終いだ。やるしかない。
届いたおつまみと焼き鳥を美味しそうに食べるKちゃんに酒の話を持ちかける。「Kちゃんは梅酒が好きなの?」と好みの酒を聞き出し、たくさん飲ませるという酒を覚えたてた男の常套手段を投入する。Kちゃんは「気分によるかな」と焼き鳥の串に豪快にかぶりつきながら答える。
ここでは食事に集中させて、食べ終えた後に酒をたくさん飲ませてやろうと俺は考えた。酔いが覚めたと言ってもシラフではない。思いつく作戦なんてそんなものだ。帰ると言って真っ直ぐ帰ればいいものの、そのあと嫁に遊びに行っただのと告げ口されても困るし、今のKちゃんならもっと親密な関係になったと嘘をついてもおかしくなさそうだ。俺はその狂気に明らかに臆していた。
「君も食べなよ。今日何も食べてないでしょ」と焼き鳥を俺に差し出す。「ありがとう」と手をつける。早く店を出るためにも早く飯を食わなければと、手早く箸で皿を平らげた。2人して酒を煽りながら30分ほどで一杯目を飲み終えるとKちゃんは「そろそろ出ようか」と投げかけてきた。俺は「今日はもう少し飲みたいんだ。あんなこともあったしもうちょっと付き合ってもらえないかな?」と答えるとKちゃんは「じゃあ別のお店探そう。焼き鳥はもう飽きちゃった。静かなところでゆっくりお酒飲みたい」と返した。ここは乗っかって次の店でたくさん飲ませようと思った俺は「いいよ」と会計を済ませ2人で店を出た。
結局俺はKちゃんに何も答えなかった。Kちゃんはそれをよしとしたのか俺の腕を強く引っ張りながら無理やり横浜駅の改札に向かい、電車に飛び乗った。車内は混んでいないものの席はほとんど埋まっていたので、2人とも立っていた。俺は脳内にこだまするKちゃんの声に意識を奪われ半ば放心状態だった。Kちゃんは吊り革に捕まり窓の外を眺める俺に真っ直ぐな視線を向けている。電車に乗っている最中も犬の手綱を握る飼い主のように俺の腕を離さない。Kちゃんは俺の弱った瞬間を見計らい、自分の欲を略奪で満たそうとしている。電車の窓越しに映るKちゃんの顔は必死さを纏っているように見えた。電車に乗って15分ほど経つとKちゃんに引かれ電車を降りた。特に行き先を調べる様子もなかった。電車を降りると案内を頼りに改札へ向かった。
言葉が出ない俺でも頭は冷静だった。初めて降りる駅なのだろうか。わざわざ案内を見て降りるということは何も計画を立てずに行き当たりばったりで目的なく彷徨っているだけなのかもしれないと、考えても意味のないような小さな気掛かりを追いかけていた。すると「品川駅降りるの初めてなんだけど、飲み屋がいっぱいあるみたいで遊びにきたかったの」といつもの屈託のない表情に戻った。しかし、腕は強く握られたままで離そうとする素振りはない。駅前のロータリーの正面には一本道の飲み屋街が見える。迷いなくその通りに向かう。時計はまだ22時で通りにはスーツを着た中年男性から20歳くらいの女性までの人が大声で談笑していて、活気のある街だった。何も言わずKにただついていくだけの今の俺には似合わない道に気持ちが塞ぎ込んでいた。
Kちゃんが「わたし焼き鳥食べたい」と提案するが俺は何も答えない。Kちゃんが痺れを切らしたのか掴んでいた俺の腕を強く引き小さな声で「いいよね」と目をかっぴらきながら脅す。俺はこくりと小さく頷いた。Kちゃんは「よろしい」と前に向き直り歩いてゆく。
大衆居酒屋のようなガラス張りの居酒屋にKちゃんが先頭で入ってゆく。Kちゃんは店員に笑顔で「2人でーす」と慣れたように伝える。案内された外に1番近い席に座る。「奥どうぞ」と腕を離しKちゃんは俺をガラスに背を向ける側の席に座らせた。Kちゃんは俺の後ろに広がる街並みを眺めながら俺に「飲み物どうする?」と尋ねた。「生ビールを1つ」と俺が答えるとすぐに手を挙げて店員を呼んだ。「生ビール1つと梅酒ロック。あとは串の10本盛りタレ、梅水晶、うずらの煮卵ともつ煮をください」と快活に慣れた様子で頼む。電車を降りた時は案内を見ていたけれど、メニューも見ずに注文をしている。おそらく常連なのだろう。なぜ初めてと嘘をついたのか。きっとKちゃんもあの店で出会った客とよく来ているのかもしれない。そんな考えを巡らせていた。俺はおもむろに立ち上がりトイレに向かおうとした。するとKちゃんはまた俺の腕を掴み「どこに行くの?」ときつく尋ねた。俺が「お手洗い」と短く無愛想に答えるとKちゃんは「余計なこと考えて逃げたりしないでね」と冷たい声で脅す。俺は頷いてトイレに向かった。きっとKちゃんは過去に男に振り回されて嫌な目にでもあって、その腹いせに男を捕まえては圧力をかけたり自分の立場を上にしようと脅し文句のようなことを言っているだろう。俺はトイレに向かった。個室のトイレで冷静に考えた。
この状況はなんだ。嫁に不倫され、挙句女に振り回されて。スマートフォンを見るが誰からも着信やメッセージは来ていない。自分の情けなさに落胆しながらも今の状況を考えた。俺が不倫されたことは置いておいて、好きでもない女性の欲求を満たすためだけの出汁に使われるのは真平だ。早くこの場から離れて家に帰ろう。でないとこのままでは俺が不倫をすることになってしまう。どうにかして活路を見出すしかない。
トイレから席に戻ると酒が届いていた。するとKちゃんは乾杯を誘うようにグラスを持ち上げて俺に近づけた。俺はジョッキを持ちKちゃんのグラスに軽くコツンと当て互いに酒を煽った。その瞬間に思いついた。ここでKちゃんを泥酔させれば勝機はあるかもしれない。俺は酔いが覚めていたこともあり、正気に戻っていた。さっきの駅前でのKちゃんの言葉にノックアウトして自棄的な感情に追い込まれていたが、もうそんな迷いはない。真っ直ぐ帰宅。俺の選択肢はその一択。嫁の件は後でどうにかすれば良いが、俺がここでKちゃんと何かあってはもう終いだ。やるしかない。
届いたおつまみと焼き鳥を美味しそうに食べるKちゃんに酒の話を持ちかける。「Kちゃんは梅酒が好きなの?」と好みの酒を聞き出し、たくさん飲ませるという酒を覚えたてた男の常套手段を投入する。Kちゃんは「気分によるかな」と焼き鳥の串に豪快にかぶりつきながら答える。
ここでは食事に集中させて、食べ終えた後に酒をたくさん飲ませてやろうと俺は考えた。酔いが覚めたと言ってもシラフではない。思いつく作戦なんてそんなものだ。帰ると言って真っ直ぐ帰ればいいものの、そのあと嫁に遊びに行っただのと告げ口されても困るし、今のKちゃんならもっと親密な関係になったと嘘をついてもおかしくなさそうだ。俺はその狂気に明らかに臆していた。
「君も食べなよ。今日何も食べてないでしょ」と焼き鳥を俺に差し出す。「ありがとう」と手をつける。早く店を出るためにも早く飯を食わなければと、手早く箸で皿を平らげた。2人して酒を煽りながら30分ほどで一杯目を飲み終えるとKちゃんは「そろそろ出ようか」と投げかけてきた。俺は「今日はもう少し飲みたいんだ。あんなこともあったしもうちょっと付き合ってもらえないかな?」と答えるとKちゃんは「じゃあ別のお店探そう。焼き鳥はもう飽きちゃった。静かなところでゆっくりお酒飲みたい」と返した。ここは乗っかって次の店でたくさん飲ませようと思った俺は「いいよ」と会計を済ませ2人で店を出た。
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