捕獲大作戦

丹羽 庭子

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小話

*小話4*

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【もう一人のユリ】


 それは、騙すようにしてこの家に連れてきてすぐから現れた。
『おにーちゃん!』
『圭吾おにーちゃん!』
『略すと`おにー´!』
 散々一人で喋って一人で笑い転げるこの姿。
 ……中身はあの土地を離れてすぐの頃から止まっている様だ。
 寝ているようで起きているこの状態は……夢遊病のようなものか?
 夜半にむくりと起きだし、寝る支度をせず寝ていた場合は、てきぱきと身支度をし、再び布団に入るなど、特に実害もないからそのままにしていた。

 ――が。

『ねー、圭吾お・に・い・さ・ん』
「なんだ」
『脱がせて』
「だめだ」
『減るもんじゃないのに!』
「お前が言うな!」
 日が経つにつれ、段々と積極的になってきた。
 あの頃の記憶をもちつつ、今現在の記憶もある厄介な存在となり日々俺に対して大胆に接してくる。
 昼間も夜も忍耐の限界を強いられるとは思ってもみなかった。

「もう寝ろ」
 朝晩カレーが続いていた一週間。
 ユリが作るものだから全く構わず食べていたが、これは何らかのサインに違いない。
 いい加減話す機会を設けないとと思いつつ、直属の上司がねじ込んできた仕事に忙殺され、時間が全く取れなかった。
 朝はまだ起きてこない、夜はすでに寝ている。
 時間のすれ違いにイラつくが、こうして深夜に現れるユリに癒されていたのも事実だ。
『えー、やですよ。もっとイチャイチャしてくださいー』
 ぺたりと体を密着させておねだりしてくる拷問に耐えつつ、そういえば夜のユリはどうしてこうやって俺に対して甘えてくるのだろうかと気になった。
「ユリ。本体が寝ているの分かっているんだろう? どうしてお前・・がいるんだ」
『あー……それは……』
 一瞬。息が止まったように詰まらせ、泣き笑いのような顔へ変化した。
『時間、ありませんよね?』
「時間?」
『一ヶ月、です』
「……ああ」
 一ヶ月。確かに条件として提示した期限。だがそれは――
『早く思い出さないと、私はっ……』
 そうか。
 こいつも焦っていたのか。
 徐々に大胆になるのも合点がいく。自分に刺激を増やし、どうにか揺り動かそうと必死だったのだ。
 思い返す一連の動き。それを顧みればなんと可愛いことか。
『だから、お願いです』
「わかった。刺激、だな?」
『そうです! そう……や、やんっ』
「嫌とは言わせない」
『にゃ……む、う……だ、ダメですっ』
「駄目とも言わせない」
『どこ触って……きゃぅ』
 勿論、一線を越えるつもりはない。
 ユリ子がユリ子であり、そして記憶が戻ったらその時は――



【忍耐とは鍛え上げるもの】


 以前は勝手に化粧を落とし、勝手に着替えて布団に入っていたユリ子。
 ここの所は俺がそれらを代わりにしている。
『圭吾にーちゃん! コンタクトとってー』
「どうやってやるんだ」
『こうして、目玉を摘むような感じで』
「……自分でやれ」
『あー! 怖いんだー。圭吾にーちゃん怖がりー!』
「ほら、手を上げろ」
『はいはーい! あ、今日は花柄のおピンクぱんつだよ!』
「そうか」
『目を逸らしちゃダメですよー』
「わかった」
『ドキムラします?』
 天邪鬼な夜のユリ。分かった上で挑発してくるから始末が悪い。
「時が満ちたら頂くさ」
 パジャマのボタンを全て留め、頭をひと撫でした。
 するとユリは俺の手を掴み、頬に当てる。
『……早く食べて下さいね?』
「――っ」
 身長差から上目遣いで俺を見るユリは、己の理性を総動員して保たねばならぬほどの破壊力があった。


 後○日、後○日……
 呪文のように繰り返して最終日を待つ。
 その前に記憶だが。
 適度に刺激を――抱き締めて、キスして、添い寝して。
 夜のユリも『あとちょっとよー』と記憶の紐が解け掛かっていることを知らせてきた。

 後○日、後○日……
 耐えろ、俺。




【さすが友よ!】


 今夜もカチョーは残業で遅いらしい。
 私はまだ重要な仕事を任される立場ではないから、ほぼ定時。ちょいとスーパーに寄って食材を買い、家に帰ってちょいちょいと支度をするのだ。

 ――八時には帰れると思う。

 会社の廊下ですれ違う時こっそりと囁かれて、「にょわっ!」っと飛び跳ねたのはカチョーの他誰にも見られていないはず。
 会社では仕事以外滅多なことで接触してこないから、こう不意に仮面を取られるとドキムネしちゃいますよーぅ!
 ってことはアレですよ? そこそこ重いものでも大丈夫ってコトですよね?
 深夜残業もちょいちょいあるので、お腹に負担がないようなメニューにしてあるのだ。
 夜十時過ぎそうなときは先に食べちゃいますけど、出来るだけ一緒にあったかいご飯が食べたいのです。
 下拵えを終え、洗濯物を畳みながらパンツに萌え、お風呂の支度など終えてもカチョーの帰宅までまだ時間がある。
 ってこたーアレですよ。妄想ですよ!

 途中まで描きかけたBL漫画。室内のシーンだが、人物と家具等の配置がうまくいかない。
 だ・か・ら!
 役に立つこの室内を写し取ろうってもんデスよ!
 腐女子友達のインテリアコーディネーターに発注したイメージ、『クールさの中に隠された情熱のインテリア』が、まさに目の前に広がっているのですからーーーっ! 
 あーよかった。なんていうんでしょーかね、一石二鳥? 統一感のあるインテリアでモチロンちゃんと実用的。だけど妄想へスムーズに移行しやすい怪しさを秘めた美的空間ワンダホー!
 カチョーからの『かえるメール』があるまで色んな角度から室内を描き、あのテーブルで……や、ソファ、床、ドアノブと妄想してニタニタ。
 メール着信音が鳴ったら、パチッとスイッチを切り替え、ご飯の支度にお風呂の給湯スイッチオン!
 「ただいま」
 「おかえりなさ~い、ア・ナ・タ☆」




【練習してみました!】


「最近思うんですけどね」
「何よりりぃたん」
  カチョーの虎馬改善計画をリーダーから聞き、これはちょいとカチョーに協力せねば! と頑張っている最中ですが……
「マンネリかなあと思いまして……」
「ぶっ!」
 思い切って口に出した『マンネリ』に対し、リーダーは口に含んだアイスコーヒーを噴き出した。
「ちょ、りりぃたん! あなたもう課長さんとあんな事やこんな事しちゃってるの!?」
 飛び散ったテーブルの上をおしぼりで拭きながら、若干焦って見えるリーダーが身を乗り出して私に問いただす。
 「へ? いやほらチューですよ。なんかいつもされるがままっていうか……私が協力してあげようっていうのになんだかんだいいようにされちゃうし、私ばっかり、その……気持ちいいんじゃないかとおもって……」
 あんな? こんな? がよく分からないけど、とにかく今一番気になっていることをリーダーに話した。そもそも『キスして課長のトラウマを直してあげたらどう?』って言ったのはリーダーで、カチョーと私が住んでいるのを知っているのは他に居らずにただ一人。だからこその相談なんですけどねー。
「……は」
 短い息を吐いたかと思うと、リーダーは呆れた表情を見せた。
「マンネリって、そっちの……」
 「単にのろけだって事、気付いていないのかしら」と小声でボソボソ言っていたけど、よく分からないのでリーダーの妄想独り言と片付けた。
「分かったわ。りりぃたん、課長さんに負けない技教えてあげるわ。ビックリした拍子にトラウマ治るかもしれないからね!」
 何故かやる気を見せたリーダー。でもなんでキラキラとした笑顔なの??

「カチョー、ちょっといいですか?」
 風呂に入り夕飯も食べてまったりと二人でソファに座ってお茶を飲んでいる。
 今がチャーンス。
「なんだ?」
 私の方を見たカチョーの両頬を両手でガシッと挟み、ちょっぴり恥ずかしいけど「えいやっ!」と唇を自分のそれでふさいだ。
 そして。
「……!?」
 いつものようにカチョーに翻弄される前に、リーダーから教わった技をかましてみた。驚く気配を感じたけど、まだまだまだまだぁぁぁっ!
 ようやく離れると、お互い息が上がっていた。
 なにやってんだろ自分……
 ちょっと冷静になった自分がツッコミ入れてますよっと。
「ユリ?」
「べ、勉強しました!」
 私はどうだといわんばかりに胸を張りましたが、カチョーは何故か鋭い目つきで「誰に」とおっかないオーラ滲ませマシタ! キャー! ちょーこええええ!
 慌ててリーダーに技術を教わりました! と言う。そしてモチロン実習じゃなくて漫画的表現で学んだと説明すると、おどろおどろしい気配はすっと引っ込んだ。
 代わりに現れたのは、甘~い雰囲気。
「俺の為?」
 「も、もちろんデスよ? カチョーの為に教わりマシタ!」
 トラウマ改善の為の努力デス!
 と続けようとしたら――――
「だったら、負けられないな」
 徐々に近づくカチョーの顔。
 ちょ、負けられないって、負けられないってなんですかーーーーーっ!!




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