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小話
【弱点捜索作戦】
しおりを挟む眉目秀麗、頭脳明晰、謹厳実直、そして“ドS”な上司と、なんやかんやで一ヶ月間家事労働込みの同居をすることになったんですけどね。
……上司をモデルにガチなボーイズラブ漫画を描いたのが見つかってしまい、その原稿と引き換えに、という自業自得の面も確かにあります。
が、なんていうのでしょう――恵まれている? と錯覚してしまう日常生活。
ダサ子だった私が、文字通り全身イメチェンさせられ、更にはデパートでコーディネート例のファイル付きで服やバッグを揃えられてあらびっくり。
食費などの経費はたっぷりと渡され、家具家電調理器具のほぼ存在しない空虚な一軒家を、自分の好きなように揃えて変えてくれ、とこれまた資金を渡され……
期間限定のメイドじゃーん、と思っていたのに、これじゃまるで……まるで……
に・い・づ・ま!
もちろんそんな訳はないんですけれど、過分なる好意のお返しに、せめて居心地良い空間を作ろうと、せっせと家事に精を出しているのです。
ぼちぼちとそんな生活にも慣れた頃、どうしても気になることが出来ました。
……カチョーの弱点とは一体?
会社の上司として完璧で、私生活にも隙のないカチョーは、弱点があるように見受けられない。しいていえば、私の描く――というか、BLなジャンルが苦手らしい。いやいや、そういう一般的にアレな分野じゃなくて、ちょっとした弱みというか、欠点というか……『えー、まさかそんなのが苦手なのー? 意外―!』っていう驚きが欲しい。萌えが欲しい。
そうです。私はギャップ萌えというのも大好物なのです。
『いつもチャラチャラしているクラスメイトのアイツ。だけどね、僕は見ちゃったんだ。病院へ親戚のお見舞いに行ったとき、隣の病室から声が聞こえてきて、そっと覗いたらアイツがいた。祖母らしき人と、楽しげに会話をしている――柔らかな笑みを浮かべて。普段の彼からは想像もできないアイツの姿に、僕は……』
といったギャップ萌えって、大変美味しく頂けますもの。
カチョーとせっかくの同居生活なので、探らせてもらいますぜ!
――と、決意を固めたのはいいのですが……さっぱり分かりません。
会社に自宅にと、カチョーにほぼ張り付いているといっていい状態なのに、一切掴めませんね。今まで料理を残されたことはありませんし、甘いものも出されれば食べています。犬猫鳥など動物系も、積極的とはいえませんが好きそうだし、恐怖番組なども平気そうです。
つい先日の話ですが、カチョーが帰ってくるまでの間、うっかりテレビで特集されていたのを見てしまった時がありましてね……
カチョーが帰ってきた途端、ホッとして半泣きになりながら腕に縋りついたんですよ、ええ、ずうずうしくもね。それを残業続きでお疲れでしょうに、カチョーは私が落ち着くまで、大きな掌で背中をトントンしてくれました。ソファーに並んで座って背中トントンなんて……どんなプレイなの? ステキよ最高よイエッス! と、あっという間に恐怖心はどこへやら、懐から漂うカチョーのかほりにメロメロしてしまう余裕まで生まれる始末。その時に、カチョーはこういった系は平気だと聞いた覚えがあります。
さて、ではいったい何が弱点なのか……いよいよ手詰まりになってまいりました。
「カチョーの苦手なものってなんですか?」なんて職場の同僚に聞いて回っても、全く分からないという返事しか返ってきませんし。
昼休憩でフロアにいる人が食事を取りに外へワイワイと出て行きましたが、私は来客の後片付けで少し遅れる旨を伝え、応接ブースから湯呑みを給湯室へ運んだ。
量は少ないので、パパッと洗ってから行きましょーかね。
「ユリ」
「ほぎゃっ!」
突然背後から話しかけられ、びっくりして濯ゆすいでいた湯呑みを自分にひっかけてしまいました!
「うあああぁぁ……ちべたい……」
綺麗な桜色のシフォンブラウスが濡れて、びちょびちょで気持ちが悪いです。
「すまん、そんなに驚くとは思わなかった。――ちょっと待て」
話しかけたのはカチョーだった。そのカチョーは、自らのジャケットを脱いで私にバサッと羽織らせる。
「……見えてる」
「見えて……? ふおお、スッケスケ!」
胸元にかかった水によって、下着が思いっきり見えていますよ!
シフォンブラウスなので、もともと薄手だから下にキャミソールを着ていましたが、その下に着けているブラジャーのレースがピッタリ張り付いてよくわかります。
エロい……これはなかなかエロいですよ!?
漫画にありがちといえばありがちですが、この視覚的作用というか、直接ムネを見るじゃなくて何か想像を掻き立てられ、それでいて非日常なシチュエーションというか、もうもうなんだこれ、私が見てもこりゃ――
「いいから早く歩け、阿呆!」
グリグリグリ。
「いったぁぁぁっ!」
私の頭にカチョーの拳が捩じりこまれて、ハッと我に返った。そ、そうですよね、誰もいない今のうちに着替えなきゃ!
被せられたジャケットの前身頃を手で押さえ、カチョーに付き添われながらロッカールームへと駆け込んだ。一応着替えを置いてあるので助かりましたね。
男女兼用なので、突然誰か入ってこないようカチョーが扉脇にいてくれるようだ。ありがたい、ありがたい。ここで更に『バッタリ☆ドキドキハプニング』は避けたいですからね。
――って、ちょっと待って!
私はあることに気付いてしまった。こ、このブラウス、背中ボタンですよ!
カチョーが指定して買ったシフォンブラウスを着ていたのですが、背中にボタンが連なっているのです。これは上から数個開けたまま頭から被って着るのですが……濡れている今、つるっと脱ぐことが不可能です。
女の先輩たちを待って、ボタンを手伝ってもらうこともできますが、今お昼を食べに社外へ出て行ったばかりです。早くても三十分はこのままということに……ックシュ!
「どうした」
小さくくしゃみをしたら、扉の外にいるカチョーが、中にいる私に向かって聞いてきた。あわわ、ちょっと言うに言えないですよっ!
「いえ、なんでも……っふ、ふえっくしっ!」
「早く着替えろ」
「あっ、は、はい……」
「十秒以内だ」
「へっ!?」
「さもなくば開ける」
「えええっ!」
んな無茶な! 開けられて、こんなあられもない姿なんて見せられないっすよ!
慌てて背中に手を伸ばしたところで、生地が張り付いているから非常にやりづらい。
「十、九、八、七……」
ギャー! カウントダウンしてるし!
「……ゼロ。開けるぞ」
開けるぞ、といいながらもう開けてるし! 猶予なしですかカチョー!
「キャー! エッチー!」
「……で、ボタンが外せないんだな」
「ちょ、ちょっと! なにかリアクションないんですかっ!」
私が急いでカチョーのジャケットを羽織りなおしたのをみて、ただただ冷静に私の困っていることを見抜いたようだ。つかつかと近寄って、「背中をこっちに向けろ」と、私のこの状態に何ら心を動かされた様子もなく、淡々と業務をこなすように命じられた。
そ、そうですよね。別にえっちぃことをするわけじゃなくて、単に手伝ってくれようとしてくれるだけです。そうですよ、そうですよったらそうですよ。
「じゃあ……すみません、お願いします」
背中を向けてからジャケットを脱いで、胸元に抱える。もちろんピッタリと抱えてしまえばじゃゲットが濡れてしまうので、腕の外側に、ですけど。
「髪、よけるぞ」
そういうと、カチョーは私の後ろ髪を指で掬い、さら、と横に流した。
――はぅ……
カチョーの指が、私のうなじをなぞる様に横切った。
その少しだけざらついた指先に、体中の神経が集中して、くすぐったいのかもどかしいのか、なんだかわからない感情に心の中が乱される。触れられたうなじから腰まで、背骨に沿ってゾクゾクと痺れた。指の軌跡が熱をもち、まるで心臓の位置がそこへ移動したかのように、ドクドクと激しく脈打つ。
こんなにもドギマギしている私だけど、カチョーに向けているのが背中で良かったと心から思いますね。きっと顔が赤くなっているに違いありません。
「耳、赤いぞ」
バレてるしっ!
続けて、上から順にボタンを外されていく。明確な目的の指使いに、今は逆にホッとしています。うん、うなじはマズい。あんなにも破壊力があるとは思っていなかったですよ。
「全部いいのか?」
「あ、はい。もうここまできたら、最後までやっちゃってください」
「――言葉通り受け取っていいんだな?」
「え……えっ!? いやいやいやいやいやっ! ボタンですよ!? ボタンの話ですよね?
「……今の所は」
今の所はってーー! 今後あるかもっていうことなんですか、カチョー!?
思いっきり言葉の選択を間違えましたね! あああ恥ずかしいっっ! うっかり私からお願いしちゃったみたいじゃないですかっ!
抗議しようと振り返ると、パタンとドアの閉まる音がした。ちょ、早いよカチョー! ボタンを外したので、サッサと部屋を出て行ったのでしょう。なんてあっけない……あっけない?
ふと湧いた感情に、とくんと心臓が跳ねた。
――私、何かしてもらいたかったんでしょうか?
着替え終わり、フロアへ戻った。まだ昼休憩から戻っている人はおらず、カチョーだけ一人、椅子に座って新聞を読んでいました。
「ジャケット……ありがとうございました」
「ああ。悪かったな、俺が驚かせたから」
私からジャケットを受け取ったカチョーは、それをサッと羽織ると椅子から立ちあがった。
「昼、これからだろ。行くぞ」
「え、あっ、は、はいっ!」
どんどん歩き出すカチョーの後ろへ、慌ててついていく。
ああ……本当に弱みなんてなさそうですね。
ずっと見つけられなかったカチョーの弱点。もうこうなったら正攻法で直接聞いちゃいましょうか。
エレベーターに乗り込み、一階のボタンを押して扉を閉める。二人きりの籠の中は、気詰まりどころか心休まる空間です。気配が溶け込み、非常に心地がいい。私は、ですけど。
「あの、カチョーの弱点ってなんですか? 苦手なもの……とか。ご飯作る時にウッカリ出してしまわないか心配で。他に、虫が嫌とかなんとか」
恐る恐る、弱点について本人に切り出した。
「俺の弱点? そうだな……ユリ……が、弱点かな」
「そうですか、私が弱点で……ってえええ?」
なんですかその弱点が私とは私とは私とはって、どういうことですか、カチョー!
「ユリの弱点は?」
ドッキリビックリ発言のすぐだったので、その真意を探る間もなく答えてしまいました。
「えーとですね、シイタケでしょー、それから作者買いの新刊でしょー、それから素晴らしい筋肉の持ち主の――うっ!」
あれ? あれ?? 痛い……痛いです! カチョーの視線が! こ、これは、まさか、つまり、あの、そういうことですか? それをお望みなんですかっ!?
弱点だなと思いつくものを指折り数えていたら、カチョーから無言の圧力というか、察しろというか、何やら恐ろしい強制力が働きだしました! 喉が詰まるようなプレッシャーを感じつつ、ゴクリと唾を飲み込みようやく口にしたのは――
「カ……カチョー、です……かね? えーと、上司だし私の趣味や性格などモロバレしているし……ええ、カチョーが私の……弱点……で……す」
「そうか」
なんとあの恐ろしい気配は一瞬で霧散し、代わりに目にしたのは、やたらめったら上機嫌なカチョーの緩んだ目元だった。ぐっは! 破壊力抜群ですっ! ご馳走ありがとうございますっっ!!
なんとズルいお方なのでしょうか。端正なお顔立ちは、普段真面目くさった表情であまり動かないのに、ちらっとでも笑みを浮かべるだけでありがたく感じます。日常的に笑顔浮かべているより百倍価値があるこの笑みはズルいのですよ!
一階に着き、エレベーターの扉が左右に開く。足を共に踏み出し、ビルの外へと向かった。キラキラと輝く太陽の光が、私達に降り注ぐ。うん、今日もとてもいい天気です!
定食屋へ行く道すがら、カチョーとアレコレ話しながら並んで歩いていった。
「カチョー、ちなみに好物はなんですか?」
「ユリ……の作る料理ならなんでも」
「うぐぉっ!」
「ユリの好物は?」
「Bえ……じゃなくて、か、かちょー、です……?」
「疑問形なのか」
「えーと、あの、キャラとして使うにとてもよろし……ぎゃうっ!」
「阿呆! 俺を腐った話に出すな!」
「え、えー……」
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