魔族少女の人生譚

幻鏡月破

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第二章 第二回人間軍大規模侵攻

第二十三話 フウビアルド

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 昨日は四天王で話をした後、エリヌと一緒に央都を周った。
 央都は晶鉱水の湖を中心に、円形の壁の中に街が出来ている。北東の居住区、南東の商業区、南西の専門区、北西の農業区と分かれていた。

 居住区には『都立魔法学院』や公園、時計塔などがあり、央都の人口の大半が暮らしている。私は魔王城に部屋があるから居住区にはあまり用はないと思う。

 商業区は恐らく央都で最も賑わっており、その名の通り多くの店が立ち並ぶ。武器屋や防具屋、飲食店から雑貨屋まで何もかもが揃っている。魔境最大の都だからか、様々な地域の特産品など目を惹かれるものもたくさんあった。

 専門区はその名の通り専門家が多くいる区画だ。鍛冶屋、細工屋、染織屋……そして冒険者協会央都本部があった。商業区と専門区にはこれからよくお世話になるだろう。

 農業区は農業を行なっており、白種、麦、野菜、畜産から酪農までこの一区画だけで央都の食糧は賄えるようになっている。農業区は魔境の北西から走るエルド山脈の一角を削ってできており、白種と麦を育てる巨大な棚田と段々畑、そして所々にある合計六基の大風車は圧巻だ。

 一日使って周り切れるかどうか不安だったが、何とか周り切れて良かった。昨日は歩き疲れてベッドにバタンだ。言っちゃ悪いけど家のベッドよりも全然ふっかふかだわ。おかげでぐっすり眠れました。

 そして今日、暇だしなんかしないとなぁと思い、今は家の近くの風の森にいる。地元だから知り合いに会うかもしれないが、市街地から離れている風の森なら安心だろう。風の森には魔物がよく現れる。実戦経験を積むにはもってこいの場所だ。
 肩慣らしに低レベルの魔物がいないかと探していると、

「――お、噂をすれば」

 キィキィと声を出す緑色の小さな鳥は、フウビアルドという鳥類型の魔物で、大きさと羽毛の色からしてまだ子供だ。

 ……流石に子供を殺す様な酷いことはしないよね。

 魔物は放っておくと次第に凶悪になっていき、そして人に害を及ぼす。目の前のこいつの様にまだ幼い場合は討伐する必要性はないが、成体になれば討伐する必要性が出てくる。だからこいつは殺さない。可哀想だし。

 フウビアルドのいる方へ歩き始める。少し歩くと落ちている木の枝の量がだんだんと多くなっていく。巣に近づいているということだ。フウビアルドの成体は高さ約二メートル、羽を広げた大きさが約四メートルという巨大な鳥となる。その巨体のため巣は木の上ではなく地面に作る。ヤツらは地面を窪ませ木の枝を敷く。つまり木の枝が多くなっているところがヤツの巣だ。
 少し先に開けた場所がある。そこまで行くと……見つけた。

「キィエエエエエエエエエエッッッ!!」

 耳をつん裂く様な甲高い声が辺り全体に響く。

「……うわ、大きい……」

 見上げれば、通常の成体の約二倍の大きさのフウビアルドがいた。
 縄張り意識が強い魔物だ。巣に入ったことで興奮状態に入っているのだろう、こちらに向かって威嚇をしている。
 ふと見ればキィキィと隣で先程の幼体がパタパタしている。

「これ、君の親? スゴいね、凄く強そう。……君には悪いけど、この大きさじゃ周りに被害が出ちゃう。討伐させてもらうよ」

 今まで結構歩いてきた。ここは森の中心部あたりだろう。今までフウビアルドの姿は見ていない。恐らくこの巨大なヤツがここら一帯を縄張りとして支配していたと考えられる。風の森は市街地から離れているため大丈夫だろうが、もしコイツが降りてきたら大混乱だ。ここで討伐しておく。

 ……それに冒険者協会に出せばお金になりそうだし……。

「来て、ウィンディア、カルルア」

 そう言うと左右に紅と薄緑の剣が並んだ。二振りの剣を手に取り構え、相手を睨む。腰を上げ、翼を広げ、相手もまた、私を睨んだ。

 最初に動いたのはフウビアルドだ。左右に広げた大きな翼を羽ばたかせ、風を起こす。それを見て私は魔法障壁を張った。普通の風ならば無視して突っ込んでいるところだが、羽ばたいただけのはずの風は魔力を纏っていた。放たれた風は渦を巻き刃となり、辺りを刻んでいく。危ない。障壁を張っていなければ今頃サイコロステーキだ。

 風が止んだから障壁を解く。目の前にはフウビアルド。今度は私の番だ。
 すると目に風がかかった。反射的に目を閉じて、そして目を開けると、視界は緑色で埋まっていた。刹那、全身を衝撃が襲う。

「――ぐぅっ!?」

 咄嗟の判断で防御姿勢をとっておいて良かった。恐らく私が目を閉じたその一瞬の間に翼を後ろに振り、放たれた風で推進力を得てこちらへ突進してきたのだろう。この大きく鋭い嘴で貫かれたら、もう死ぬ以外道は無い。
 体当たりされた衝撃で、私は後ろへと吹き飛んだ。

「ぐっあっ……!」

 そのまま木にぶつかり、地に膝をつく。嘴は防げたはいいとしても飛ばされた衝撃はどうしようもない。風魔法をクッションとすることもできたが、展開する暇がなかった。

 フウビアルドがこちらへ向かってくる。少し体勢を整える時間が欲しいのだが、当たり前だが相手は止まってくれない。
 魔法陣を展開して強めの風を起こす。少しでも足止めになったら良いと思ったが、そうはいかない様だ。どうやら相手は風属性。放った風は拡散されてしまい意味を成さなかった。

「魔法が使えないのはちょっと辛いかなぁ」

 ここからちゃんと反撃だ。やられた分、やり返してやる。
 構える。

「『王賜剣術コールブランド』!」

 放たれたウィンディアとカルルアは空気を切り裂く様に飛んでいく。
 厄介なのはあの巨大な翼だ。あれさえどうにかすれば、後はゴリ押しで何とか行ける。
 それぞれの剣を左右の翼へと向かわせる。すると私の意図を察したのか、翼を閉じて身を低くした。飛んでいく剣の下を潜り、そのまま止まらず走ってくる。
 再度突進をするのか、翼を広げたその時だ。

「キエエッ!?」

 フウビアルドの動きが止まった。

「……残念、剣を飛ばしただけじゃ無いんだなぁ」

 鮮血と共に羽毛が散る。見ると剣はそれぞれ翼に刺さっていた。
 フウビアルドは悲鳴を上げながら翼を振り回して剣を抜く。激しく激しく動くたび、血と羽毛が宙に舞う。
 確実にダメージは与えられた。だがまだ翼に穴が開いただけ。使用不能までには至っていない。
 ならばどうするか。

 ……翼の根元の筋を断てばいい。

 だが簡単にはいかない。フウビアルドが私の意図を察している今、ヤツは翼を斬らせまいと動きを止めない。それに無駄に傷をつけると価値が下がる。確実に斬らねば。

「そのためにも止まって欲しいんだけどな……」

 そう言う最中フウビアルドが突っ込んでくる。
 今度は受けずに横にサッと避けた。フウビアルドは木の前でターンしこちらを向く。

 その時ふと思いついた。考えついたならば行動に移す。
 私は風を起こし、落ちていた羽根を一つこちらへ持ってくる。その羽根を魔法陣に潜らせ追尾魔法を付与する。そして相手の死角へと放った。何かに引っ張られる様な動きでフウビアルドへ向かっていく。

「キエエッ!!」

「……よし」

 羽根が刺さった場所。それは目だった。
 私はすぐさま巣の近くで最も大きい木の近くへと移動する。
 隻眼のフウビアルドは眼光鋭く私を睨みつけた。
 挑発の意を込めて相手へ向けて剣を構える。

 ……上手くいくと良いんだけど。

 フウビアルドは翼を広げた。願っていた行動。
 両翼を後ろへと羽ばたかせ、嘴を鋭く前に突き出し、こちらに向かって走り出す。突進攻撃だ。
 待つ。まだ避けない。ギリギリになるまで粘れ。自分に向かって突っ込んでくるフウビアルドを正面から見ると、死にそうな気がして怖い。心臓がバクバクしてきた。タイミングが少しでもズレたらサヨナラだ。
 距離はどんどん縮まっていく。
 残り十メートル。
 七メートル。
 五メートル。
 そして三メートルの距離になった時、

「――今っ!」

 横へ跳んだ。
 次の瞬間、鈍い音と共に地面が揺れた。
 私に向かって突進してきたフウビアルドは、片目を失ってたがために遠近感が掴めず、木にぶつかったのだ。
 フウビアルドは動かない。勢いよくぶつかったために脳が揺れているのだ。
 斬るなら今だと、ウィンディアとカルルアを構える。

「〈梅華畢剣ばいかひっけん二枚花瓣にまいはなびら〉」

 二振りの剣は円を描いてフウビアルドへと向かう。

「ギッ、ギキッ……!!」

 血が舞い、両翼が力尽きた様にだらりと垂れる。筋を断ったのだ。筋を断たれるなんて、相手にやっておきながら自分がやられるのは嫌だと思う。想像するだけで痛い。
 斬られた痛みで目が覚めたのだろう。痛みを含んだ声を上げながら立ち上がり、こちらを見る。翼を動かそうとしてもピクリとするだけで、動きはしない。
 右手のウィンディアを引く。

「……ごめん。でもこれで最後だから」

魔力を込めるとウィンディアは若竹色の光を纏う。

「『光凛刺竹こうりんしちく』」

 光の線を引いて空気を切り裂いていく。
 そしてフウビアルドの胸を貫いた。

「――!?」

 筈だった。

「キィ……」 

 貫いたのは胸は胸でも、それは最初に出会った、幼いフウビアルドの胸だった。
 何かを言おうと口を開くも、出てくるのは声ではなく、溢れ出る血のみ。次第にその目は光を失っていき、遂には消えた。
 剣を引き抜き、亡骸を地面に置く。
 親であるフウビアルドは鳴いた。翼で子を包み込もうとしても、筋が断たれていて出来ない。
 その光景を見て、心が痛む。

 ……ただ一匹、魔物を倒すだけなのに。私、四天王として戦えるのかな……。

 私がやったのだ。私が最後まできちんとやるのが礼儀というものだろう。

「とどめだよ」

 そう呟いた、その時だった。

 幼いフウビアルドが流す血が宙に浮かび球体を作る。そしてその球体から血が成体フウビアルドの傷へと流れていく。みるみるうちに断った筋が、片目が再生していった。
 しかしそれでは終わらない。美しかった深い緑の羽毛は、燻んだ鈍い緑へと色が変わっていく。そしてフウビアルドの背中を突き破って何かが出てきた。見れば翼だ。
 暗い緑色の、四枚の翼を持つ異形のフウビアルド。
 能力開花と共に行われ、血を媒体として姿形を変化させる魔物特有の形態。 それは、

「進化……」

 今起こっていることを受け止め、ウィディナは内心思った。

 ……何て厄介なのよ!
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