1 / 61
世は強い者が得る
第1話
しおりを挟む
黒エルフは森からやってくる。カイは穀物倉の屋根にすわって闇を見つめていた。
アデルが離れたところで膝を抱えている。
「豚は近寄ってこないでね。あんたはものすごくくさいんだから」
棟の端に尻を乗せて前を見ている。横顔は待ちきれないといった風情だ。弓を肩に担いでいる。女なのにいつも男の格好をしている。股引に、丈の短い毛織りの上着。お下げ髪が二本、背に垂れている。
カイは継ぎだらけの上着を嗅いだ。村はどこも家畜と糞のにおいがする。アデルの金の髪にも虱がたかっている。
大人が二人に見張りを命じた。年はどちらも十五。だが同じなのはそれだけだ。アデルの家は自分の土地を持っている。カイは主人の土地で週四回働いている。アデルの畑でも仕事をする。父さんが農奴だからだ。自分も一生農奴で終わる。農奴は小作人の娘と結婚できない。だれが決めたのかはわからない。
なにも起きない。ぬるい風が頬をなでた。腹が減った。いつも減っている。毎日粥と蕪の汁ばかり食っている。腕も脚もアデルより肉がついていない。フラニアの港で魚が捕れなくなった。安い塩漬けの鰯が買えなくなった。大人は魔物のせいだと言った。なんでもいい。腹いっぱい食いたい。豚のほうがたくさん食っている。だったら豚になりたい。
黒い森に目をやる。月は出ている。森の手前には茨の垣根がある。垣根を越えると倉庫前の空き地に入る。黒エルフが垣根の一部を壊した。大人が木板で直した。次もあそこから出てくるのだろうか。いつかの日曜の夜、何人かで襲ってきた。牛と麦を奪い、教会堂に火をつけた。血と糞で家の壁に落書きした。大人が三人死んだ。黒エルフは恐ろしい。
退屈のあまり話しかけた。
「これ以上やられたら食っていけなくなる」
「困るのはわたしの父さんよ。奴隷はいいよね、ご主人様の土地は無事なんだから」
カイは口をつぐんだ。アデルはフラニアの商家に嫁ぐ。船を持っていて、干物を北に売っている。買い物に出るたび長男坊と話し込んでいた。同じ金の髪。
アデルがいらついた調子で言った。
「あんたはもう見張らなくていい。だいたいなんでふたりなのよ」
「ひとりだと頭の後ろが見えないから」
豚のように鼻を鳴らした。棟に両手をついて尻を浮かせた。
茅葺きの屋根を下りはじめた。空き地に面した平側には梯子を立てかけてある。カイは声をかけた。大人は朝まで見張れと言った。アデルは答えない。
金の髪が消えた。カイは再び闇を見つめた。
アデルが離れたところで膝を抱えている。
「豚は近寄ってこないでね。あんたはものすごくくさいんだから」
棟の端に尻を乗せて前を見ている。横顔は待ちきれないといった風情だ。弓を肩に担いでいる。女なのにいつも男の格好をしている。股引に、丈の短い毛織りの上着。お下げ髪が二本、背に垂れている。
カイは継ぎだらけの上着を嗅いだ。村はどこも家畜と糞のにおいがする。アデルの金の髪にも虱がたかっている。
大人が二人に見張りを命じた。年はどちらも十五。だが同じなのはそれだけだ。アデルの家は自分の土地を持っている。カイは主人の土地で週四回働いている。アデルの畑でも仕事をする。父さんが農奴だからだ。自分も一生農奴で終わる。農奴は小作人の娘と結婚できない。だれが決めたのかはわからない。
なにも起きない。ぬるい風が頬をなでた。腹が減った。いつも減っている。毎日粥と蕪の汁ばかり食っている。腕も脚もアデルより肉がついていない。フラニアの港で魚が捕れなくなった。安い塩漬けの鰯が買えなくなった。大人は魔物のせいだと言った。なんでもいい。腹いっぱい食いたい。豚のほうがたくさん食っている。だったら豚になりたい。
黒い森に目をやる。月は出ている。森の手前には茨の垣根がある。垣根を越えると倉庫前の空き地に入る。黒エルフが垣根の一部を壊した。大人が木板で直した。次もあそこから出てくるのだろうか。いつかの日曜の夜、何人かで襲ってきた。牛と麦を奪い、教会堂に火をつけた。血と糞で家の壁に落書きした。大人が三人死んだ。黒エルフは恐ろしい。
退屈のあまり話しかけた。
「これ以上やられたら食っていけなくなる」
「困るのはわたしの父さんよ。奴隷はいいよね、ご主人様の土地は無事なんだから」
カイは口をつぐんだ。アデルはフラニアの商家に嫁ぐ。船を持っていて、干物を北に売っている。買い物に出るたび長男坊と話し込んでいた。同じ金の髪。
アデルがいらついた調子で言った。
「あんたはもう見張らなくていい。だいたいなんでふたりなのよ」
「ひとりだと頭の後ろが見えないから」
豚のように鼻を鳴らした。棟に両手をついて尻を浮かせた。
茅葺きの屋根を下りはじめた。空き地に面した平側には梯子を立てかけてある。カイは声をかけた。大人は朝まで見張れと言った。アデルは答えない。
金の髪が消えた。カイは再び闇を見つめた。
0
あなたにおすすめの小説
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる