Blackheart

高塚イツキ

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聖女のつくりかた

第1話

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 ヨアニスは楽園の端、鉄柵のついた壁際に立った。兵士とともに巡礼者の行列を見下ろす。神殿通りははるか下、壁沿いを延々とつづいている。癒やしを求めて聖都アルマンドの高みに向かう。〈黒き心〉は本殿の最奥に祀ってある。あとひと息だ。
 下の通りでも兵士がにらみを利かせている。巡礼者たちは手引書のとおり、織りの粗い羊毛をかぶって杖をついている。裕福な貴人もかなり混じっている。元気な者は浮かれ騒ぎ、病気の者は連れに肩を預ける。小枝を組んだ担架に横たわる者もいる。手がない者、足がない者。赤い髪をした者もいる。北の海から商船に乗ってやってきたのだろう。
 隊商がつづく。四輪の荷車が六つ、埃っぽい通りをがらがらと進む。ヨアニスは兵士に命じた。剣を担いだ護衛がしんがりを歩いている。西の冒険者ごろつき。あの連中は騒ぎを起こす。
 魔物が出現してから十五年が経った。ヨアニスは武勲を上げた。三十にしてようやく千人隊長の称号を授かった。家柄などいまや有名無実。なんといい世になったことか。わたしは剣で運命をねじ曲げた。世は強い者が得る。

 楽園は聖都の南、高い丘の上にある。丘は南の断崖が海に面し、遠方から眺めると巨大な切り株のように見える。大階段を上り終えると壮麗な玄関が出迎える。天突く列柱にアーチ、碧の三角屋根。敷き詰めた方形の大理石、聖人の彫像。ここで泣き出す巡礼者もいる。
 列柱を抜けると現世の楽園を目にする。緑に噴水、甜橙の木。自由な者が歩き、木陰に憩い、議論をしている。黄色を着けた黒い奴隷が目立たないように働いている。ごみを拾い、掃き清める。そのあと薔薇の花びらをまく。
 巡礼者は神殿を詣でる。神官と旅の苦労などを話したあと、連れ立って本殿に入る。九本の小さな列柱が〈黒き心〉を囲んでいる。触れると奇跡が起きる。病を癒やし傷を治す。手や足が生えてくる。神官は決してカネをせびらない。向こうが勝手に寄進を申し出てくるからだ。涙を流しながら。
 ヨアニスは昼寝をしに兵舎に戻った。楽園の雰囲気を壊すので西の端に立っている。
 屋内に入って息をついた。兜を取って坊主頭をなでた。陽光は岩土すら焦がしそうなほどだ。寝台は二十ほど。兵士が寝ながら飯を食っている。食い終わった者はいびきを立てて寝ている。
 寝台に横たわった。敷布はひんやりと心地よい。奴隷女が食事を持ってきた。酢であえた乾燥キャベツと羊肉の角切り。小卓に皿を置いて目の端から消えた。ヨアニスは片肘をついて体を起こした。氷で薄めたブドウ酒を含む。楽園の味がする。
 食いながら考えた。先の防衛戦では魔物の軍に鷲女ハーピーが混じっていた。空から囲壁を越えてきた。弓矢で応戦した。多くの民と兵士が死んだ。新たな魔物は次々とあらわれる。どんどん強力になっていく。
〈黒き心〉は奇跡と引き換えに魔物を生む。魔物はいずれ世を埋め尽くすだろう。
 奴隷女が足を揉みはじめた。ヨアニスは戸口を指した。女は炎天下の中に出ていった。全身黒いから暑くないだろう。
 入れ替わりで神官ムーラーが入ってきた。しずしずと近づいてくる。話がありそうだ。浅黒い顔に長い白髭の初老。深い緑の法衣を着ている。妻は二人いる。奴隷も大勢抱えている。当然手を出している。
 寝台の前に立った。
「隊長。魔物はたしかに去ったのか。巡礼者が噂を聞いておびえている」
「海峡の向こうに去った。追撃し、確かめた。安心してくれ」
 ヨアニスは千切りキャベツを指で集めた。羊肉にからめて口に放り込んだ。
 奴隷がブドウ酒を持ってきた。ムーラーは杯を受け取った。
「いま学者と議論をしている。〈黒き心〉はなぜ剣の姿であるのか。万病を癒やし、盲た者に光を与え、口の利けん者に言葉を授けるというのに」
「剣は破壊し、命を奪うものだ」
「そう。巡礼者から質問が出てね。はるばる来てもらったからには、穏やかな心で帰ってもらわないと」
「神学より魔物の出どころを知りたい。宙から産まれるわけではないはずだ。攻められっぱなしではわたしの顔が立たない」
「皇帝にはこう言いなさい。魔物こそが蛮人や謀反者の動きを抑えているのだ、と」
 魔物のおかげで人は団結する。政治が安定すれば余計な贈り物も減る。帝国はいっそう繁栄する。
「皮肉なものだな」
「日が落ちたらともに皇帝に会おう。わたしも用がある」
 ヨアニスは杯を干して仰向けに寝た。まぶたが重くなってきた。
「用とはなんだ」
 ムーラーは手のひらを差し出した。黒いかけらが乗っている。
「〈黒き心〉が欠けた。皇帝の許可を得、戦場で兵士を癒やそうと思う。もちろんカネは取らんよ。くれると言うならありがたくいただくが」
 目を閉じた。政敵に気をつけろ。
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