Blackheart

高塚イツキ

文字の大きさ
21 / 61
聖女のつくりかた

第10話

しおりを挟む
 兵舎の裏手の訓練場で兵士が対決している。ヨアニスはムーラーとともに見守っていた。どちらも片手剣スパタを構えたまま動かない。兵士には大量生産の安物を支給している。形は不ぞろいで刃もなまくら。安い兵士には安い武器だ。
 片方が振り下ろした。もう片方が受け止める。斬撃は弱い。互いに振り上げる。再び打ち合う。互いに振り上げる。ヨアニスはいらいらと坊主頭をなでた。どれだけ傷ついても癒やすと言っているのに。陽光がじりじりと地を焦がしていく。つと額から汗が垂れた。
 恐怖だ。恐怖が負け犬をつくり出す。
「もういい。やめろ」
 ヨアニスは片手剣を抜いた。二人に歩み寄る。一人を押しやってもう一人と対峙する。
 右半身で構える。切っ先をまっすぐ顔に向ける。兵士も及び腰で構えた。すでに負けている。聖都の男子は腰抜けだらけだ。だからこそ出世できるのだが。
 ヨアニスは切っ先を下げて隙をつくった。かかってこない。刀身を右に流す。兵士はようやく剣を振り上げた。
 義務感のみで振り下ろす。右肩に迫る。ヨアニスは右足を大きく踏み出した。同時に片手剣を突き上げる。
 下から根元にぶち当てた。鋼鉄が一瞬こすれる。兵士の剣が勢いよく背中側に流れる。防御は外側に当てるのが鉄則。こちらはすでに剣を振り上げている。あとはどう料理するかだ。
 ヨアニスは手首を返した。表刃を喉に添える。
 思い切り引いた。血がどばりとあふれ出た。兵士はうめいて剣を落とした。骨まで傷つけた。うずくまる。押さえた手から血が滴る。命がこぼれていく。もう助からない。
 ムーラーがしずしずと兵士に歩み寄る。右の袖をたくす。なにかをつまんでいる。
 しゃがんで首に触れた。〈黒き心〉のかけらを押しつける。奇跡は魔法のように光ったりはしない。ただ一瞬、どこにいるのかわからなくなる。一瞬で思い出す。兵舎の裏手の訓練場。兵士の首を斬った。ムーラーがかけらで癒やそうとしている。
 傷が消えた。血の跡すら残っていない。兵士は面を上げた。首に手を当てて手のひらを見た。
 呆然と立ち上がった。兵士たちが歓声を上げた。何度見ても信じられない。先の対決は夢だったのではないか。だがしっかり記憶に残っている。
 ヨアニスは呼びかけた。
「恐れるな。われわれは奇跡を味方につけている。帝国の兵士は恐れない。死を恐れない。魔物を恐れない。勇気をもって進軍し、魔物の巣を探索する。出立は一週後だ。支度し、家族に別れを告げろ」
 兵士は解散した。都の持ち場に戻る者、兵舎に入って休む者。これでしばらくは皇帝ににらまれずに済む。巣は見つからなくても構わない。激闘のすえ帰還すればいい。勇気に対する褒美は、皇帝の末の娘アンナ。
 ムーラーとともに兵舎に入った。奴隷女が部屋の隅で飲み物を用意している。
 うれしそうに言った。
「わたしは癒やし手として歴史に名を残すな」
「自ら年代記を書くつもりだろう。わたしとしては若い生娘のほうがいいな」
「頻繁に使わないようにするよ。魔物を増やしたら意味がないからね」
〈黒き心〉は奇跡を起こす。奇跡のたびに魔物が生まれる。平和は決して訪れない。〈黒き心〉を封印しないかぎりは。だが人の欲が許さない。絶対に。
 ではわれわれはなんのために戦うのか。勝つためだ。世は強い者が得る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...