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愚者の構え
第2話
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大鬼が仲間の死体を踏み越える。もたもたしているところを冒険者が貫く。肉の壁と化す。カイは長剣を下ろして息をついた。数が減ってきた。このまま勝てそうだ。
目の端に灰色が映った。右を見た。冒険者が倒れている。
大鬼が踏み込んだ。棍棒を振り下ろす。間に合わない。とにかく避けろ。
右肩の後ろを打った。硬い棍棒。体が固まった。魔物だ。殺せ。
つんのめった。一歩、二歩。倒れるな。右足を出す。踏ん張る。太腿が張って熱くみなぎる。
両の踵を浮かせて左に反転した。同時に長剣を振り下ろす。
手応えなし。大鬼は間合いにいなかった。勢いを殺して左の腰に柄を添える。ようやくまともに大鬼の姿を見た。対峙している。息ができない。
無理やり息を吸う。背中が痛む。砕けているかもしれない。よそ見をした罰だ。大鬼が詰め寄る。棍棒を振り上げる。とおりいっぺんの打撃。外側に当てろ。カイは大鬼の右肩に向けて突きを放った。
棍棒が長剣を殴りつける。衝撃。刀身ががくりと左に寝た。棍棒が迫る。外側に当てたのに右に流れない。力の差がありすぎるからだ。大鬼は押す。剣ごと頭をたたき割る。
動きを止めるな。カイは右に目いっぱい踏み出した。打撃の線から頭を逃がす。がに股のまま右の肘を突き上げた。刀身を後ろに寝かせる。背の左側に寄り添う。
大鬼がつんのめった。棍棒が刀身に沿って勢いよく流れ落ちていく。踏み込んだのは正しい。体全体で受けきったからなんとかなった。両の腕だけだから力負けするのだ。
棍棒を完全に振り下ろした。隙だ。カイは長剣を持ち上げた。左の肩口に振り上げる。裏刃で斬れ。両の手首を左に返す。裏刃を向けて右の首筋に振り下ろす。
根元で首筋を打った。すかさず引く。切り裂いた。右に振り下ろす。愚者の構え。勝手に腰が入る。力を解放する。
右に薙いだ。たたきつけた。斬った。これまでにない手応え。長剣が左に突き抜ける。カイは引き戻すように力を入れた。左の肩口に振り上げる。動きを止めるな。
大鬼の首が消えていた。血が噴き出ている。勝った。鬼を両断した。
どうと倒れた。大鬼がどたどたとやってきた。棍棒を振り上げる。馬鹿の一つ覚えだ。
長剣の間合いに入った。カイは右の肩に振り上げて腰を入れた。たたき落とす。
大鬼は棍棒を横たえて受け止めた。斬撃が止まった。外側に払い除ける。隙だ。カイは逆らわずに刀身を左に寝かせた。同時に踏み込む。さらに寝かせる。手首が重なってまわらなくなるまで。切っ先がほとんど下を向く。
上体を反らしながら真上に突き上げた。ねじりの力を解放する。気持ちのいい感触が伝わってきた。鬼が吼えている。
振りの勢いを使って一回転した。構え直す。
胸がきれいに切れていた。血がだらだらとこぼれる。さらにぴゅっと噴き出た。大鬼は両手で血を受け止めている。どうにか傷口をふさごうとしている。足元に棍棒が落ちている。
カイは刀身を見た。血を飲んで喜んでいる。日の光を受けてきらめく。攻撃をやめるな。鋭く声を上げた。踏み込んで腹を突く。切っ先が刺さった。下手くそめ。踏み込みが足りないんだ。
大鬼が絶叫した。刀身をつかむ。右腕で殴りかかってきた。だいじょうぶ、間合いではない。こぶしが目の前を通り過ぎる。カイは剣を思い切り引き寄せた。抜いた。大鬼の手から血が滴り落ちる。
喉から針の切っ先が突き出た。セルヴが叫んだ。
「なに遊んでる。さっさと殺せ」
「三匹倒した」
「そりゃよかったな。まだ終わってないぞ。森にもいる」
針の大剣が抜けた。大鬼が前のめりに倒れた。また横取りだ。
カイは戦場を見まわした。死体の山だ。冒険者の死体も混じっている。まばらな剣戟。ベアを探す。いない。傷ついた冒険者が丘を上っている。傷つき、癒えて、強くなる。
左の森から大鬼がぞろぞろと出てきた。煙が上がっている。ガモたちが火をつけたのか。息を整える。右の肩が痛い。
セルヴが隣に立った。胸を押さえている。肩で息をついている。
「無事だな。怖いか」
「怖くありません」
「コートが言ったとおり、おまえは非力だ。弱いとは言ってない。非力なんだ」
「はい」
「おれのこぶしを見ろ。突き上げた瞬間に受け止めろ」
こぶしを上げた。カイは手首をつかんだ。勢いを受け止めた。
「どんな化け物でも動き出しの瞬間は弱い。武器だけを見るな。全体を見るんだ。剣は腕だけで振るものじゃないだろう。その瞬間、必ず兆候が見える。おまえは反応する。来るぞ」
大鬼が駆け上がってくる。数は二十ほど。さらに森から出てきた。やることは変わらない。冒険者たちは右手に退く。できるだけ密集して控える。コートとクロードが死体を盾に迎え撃つ。血と肉のにおいが漂っている。
馬鹿な大鬼は死体をよじ登る。クロードが刺す。コートがぶん殴る。いくつかが左右からまわりこんでくる。二人の背後を狙う。冒険者が三人ずつ加勢に出た。カイもつづいた。右側に向かう。
冒険者二人が大鬼と打ち合う。大外から一匹まわりこんできた。カイに気づいた。のしのしと近づいてくる。
カイは右手で刀身の中ほどをつかんだ。短く振る。腰を落として、右、左。愚か者のように。巨体が迫る。カイは振りつづける。大鬼は間合いを気にしている。
ぎりぎりの間合いで立ち止まった。棍棒を振り上げて足を踏み出した。次はどうする。当然振り下ろす。
右腕が動いた瞬間、カイは右手を滑らせて根元に持ち替えた。右足で踏み込む。長剣を左に押し上げる。
棍棒の内側にぶち当てた。互角に組んだ。だが一瞬だった。大鬼は剛力で押す。剣ごと頭をかち割る。おまえは非力だ。内側に当てるとそうなる。だが長剣の間合いは変わった。
裏刃が大鬼の右肩に乗っている。おのれの押す力で裂いていく。大鬼は太くうめいた。カイは左足を引いた。右半身の体勢。裏刃で斬る。すべての力を長剣に込める。
右に薙ぐようにして振り下ろした。首と胸が深く裂けた。血が噴き出す。大鬼が吼える。目の前を棍棒が通り過ぎていく。カイはすでに右の腰に構えている。突き上げろ。
なにかが右肩の後ろに落ちてきた。左手だ。首に腕が巻きつく。引き寄せる。気にするな。勢いのまま長剣を振り上げる。
左の腰を打った。打っただけだ。間合いが近すぎる。突き上げられない。
鬼が抱きつく。表刃が鬼の腹に寄り添う。裏刃はカイの右腕に食い込んでいる。柄から手を離した。無理やり右腕を引き抜いた。革鎧に裏刃が当たる。鍔の先が左の肩にめり込んでいる。肩を貫いてしまう。
右手で切っ先を握った。長剣を思い切り引き上げる。おのれの革鎧ごと腹を押し斬る。手応え。大鬼が吼えた。完全には抜けない。カイは渾身の力で押し戻した。さらに斬る。鋸の要領だ。血まみれの刀身が灰色の肉にめり込んでいる。裏刃が革鎧を斬る。さらに突き上げる。大鬼はカイを抱いたまま仰向けに倒れていく。
押し倒す格好で倒れた。首の傷が効いたようだ。腹から血がこぼれる。裂け目から臓腑が漏れ出した。また殺した。もう限界だ。大鬼から離れた。草地に仰向けに寝転んだ。自分の鎧まで斬った。肩がない。右の手のひらが痛む。青い空がいっぱいに広がっている。勝ち負けなどどうでもいいと思った。強いかどうかもどうでもいい。妙な気持ちだった。ベアに会いたい。ベアが好きだ。愛を伝えたい。肉が死ぬ前に、言葉で。
空が赤く輝いた。巨大な火の玉がゆっくりと通り過ぎていく。リュシアンはいまさら魔法を放った。カイは顔を拭って笑った。あとで恋愛の仕方を教えてもらおう。
目の端に灰色が映った。右を見た。冒険者が倒れている。
大鬼が踏み込んだ。棍棒を振り下ろす。間に合わない。とにかく避けろ。
右肩の後ろを打った。硬い棍棒。体が固まった。魔物だ。殺せ。
つんのめった。一歩、二歩。倒れるな。右足を出す。踏ん張る。太腿が張って熱くみなぎる。
両の踵を浮かせて左に反転した。同時に長剣を振り下ろす。
手応えなし。大鬼は間合いにいなかった。勢いを殺して左の腰に柄を添える。ようやくまともに大鬼の姿を見た。対峙している。息ができない。
無理やり息を吸う。背中が痛む。砕けているかもしれない。よそ見をした罰だ。大鬼が詰め寄る。棍棒を振り上げる。とおりいっぺんの打撃。外側に当てろ。カイは大鬼の右肩に向けて突きを放った。
棍棒が長剣を殴りつける。衝撃。刀身ががくりと左に寝た。棍棒が迫る。外側に当てたのに右に流れない。力の差がありすぎるからだ。大鬼は押す。剣ごと頭をたたき割る。
動きを止めるな。カイは右に目いっぱい踏み出した。打撃の線から頭を逃がす。がに股のまま右の肘を突き上げた。刀身を後ろに寝かせる。背の左側に寄り添う。
大鬼がつんのめった。棍棒が刀身に沿って勢いよく流れ落ちていく。踏み込んだのは正しい。体全体で受けきったからなんとかなった。両の腕だけだから力負けするのだ。
棍棒を完全に振り下ろした。隙だ。カイは長剣を持ち上げた。左の肩口に振り上げる。裏刃で斬れ。両の手首を左に返す。裏刃を向けて右の首筋に振り下ろす。
根元で首筋を打った。すかさず引く。切り裂いた。右に振り下ろす。愚者の構え。勝手に腰が入る。力を解放する。
右に薙いだ。たたきつけた。斬った。これまでにない手応え。長剣が左に突き抜ける。カイは引き戻すように力を入れた。左の肩口に振り上げる。動きを止めるな。
大鬼の首が消えていた。血が噴き出ている。勝った。鬼を両断した。
どうと倒れた。大鬼がどたどたとやってきた。棍棒を振り上げる。馬鹿の一つ覚えだ。
長剣の間合いに入った。カイは右の肩に振り上げて腰を入れた。たたき落とす。
大鬼は棍棒を横たえて受け止めた。斬撃が止まった。外側に払い除ける。隙だ。カイは逆らわずに刀身を左に寝かせた。同時に踏み込む。さらに寝かせる。手首が重なってまわらなくなるまで。切っ先がほとんど下を向く。
上体を反らしながら真上に突き上げた。ねじりの力を解放する。気持ちのいい感触が伝わってきた。鬼が吼えている。
振りの勢いを使って一回転した。構え直す。
胸がきれいに切れていた。血がだらだらとこぼれる。さらにぴゅっと噴き出た。大鬼は両手で血を受け止めている。どうにか傷口をふさごうとしている。足元に棍棒が落ちている。
カイは刀身を見た。血を飲んで喜んでいる。日の光を受けてきらめく。攻撃をやめるな。鋭く声を上げた。踏み込んで腹を突く。切っ先が刺さった。下手くそめ。踏み込みが足りないんだ。
大鬼が絶叫した。刀身をつかむ。右腕で殴りかかってきた。だいじょうぶ、間合いではない。こぶしが目の前を通り過ぎる。カイは剣を思い切り引き寄せた。抜いた。大鬼の手から血が滴り落ちる。
喉から針の切っ先が突き出た。セルヴが叫んだ。
「なに遊んでる。さっさと殺せ」
「三匹倒した」
「そりゃよかったな。まだ終わってないぞ。森にもいる」
針の大剣が抜けた。大鬼が前のめりに倒れた。また横取りだ。
カイは戦場を見まわした。死体の山だ。冒険者の死体も混じっている。まばらな剣戟。ベアを探す。いない。傷ついた冒険者が丘を上っている。傷つき、癒えて、強くなる。
左の森から大鬼がぞろぞろと出てきた。煙が上がっている。ガモたちが火をつけたのか。息を整える。右の肩が痛い。
セルヴが隣に立った。胸を押さえている。肩で息をついている。
「無事だな。怖いか」
「怖くありません」
「コートが言ったとおり、おまえは非力だ。弱いとは言ってない。非力なんだ」
「はい」
「おれのこぶしを見ろ。突き上げた瞬間に受け止めろ」
こぶしを上げた。カイは手首をつかんだ。勢いを受け止めた。
「どんな化け物でも動き出しの瞬間は弱い。武器だけを見るな。全体を見るんだ。剣は腕だけで振るものじゃないだろう。その瞬間、必ず兆候が見える。おまえは反応する。来るぞ」
大鬼が駆け上がってくる。数は二十ほど。さらに森から出てきた。やることは変わらない。冒険者たちは右手に退く。できるだけ密集して控える。コートとクロードが死体を盾に迎え撃つ。血と肉のにおいが漂っている。
馬鹿な大鬼は死体をよじ登る。クロードが刺す。コートがぶん殴る。いくつかが左右からまわりこんでくる。二人の背後を狙う。冒険者が三人ずつ加勢に出た。カイもつづいた。右側に向かう。
冒険者二人が大鬼と打ち合う。大外から一匹まわりこんできた。カイに気づいた。のしのしと近づいてくる。
カイは右手で刀身の中ほどをつかんだ。短く振る。腰を落として、右、左。愚か者のように。巨体が迫る。カイは振りつづける。大鬼は間合いを気にしている。
ぎりぎりの間合いで立ち止まった。棍棒を振り上げて足を踏み出した。次はどうする。当然振り下ろす。
右腕が動いた瞬間、カイは右手を滑らせて根元に持ち替えた。右足で踏み込む。長剣を左に押し上げる。
棍棒の内側にぶち当てた。互角に組んだ。だが一瞬だった。大鬼は剛力で押す。剣ごと頭をかち割る。おまえは非力だ。内側に当てるとそうなる。だが長剣の間合いは変わった。
裏刃が大鬼の右肩に乗っている。おのれの押す力で裂いていく。大鬼は太くうめいた。カイは左足を引いた。右半身の体勢。裏刃で斬る。すべての力を長剣に込める。
右に薙ぐようにして振り下ろした。首と胸が深く裂けた。血が噴き出す。大鬼が吼える。目の前を棍棒が通り過ぎていく。カイはすでに右の腰に構えている。突き上げろ。
なにかが右肩の後ろに落ちてきた。左手だ。首に腕が巻きつく。引き寄せる。気にするな。勢いのまま長剣を振り上げる。
左の腰を打った。打っただけだ。間合いが近すぎる。突き上げられない。
鬼が抱きつく。表刃が鬼の腹に寄り添う。裏刃はカイの右腕に食い込んでいる。柄から手を離した。無理やり右腕を引き抜いた。革鎧に裏刃が当たる。鍔の先が左の肩にめり込んでいる。肩を貫いてしまう。
右手で切っ先を握った。長剣を思い切り引き上げる。おのれの革鎧ごと腹を押し斬る。手応え。大鬼が吼えた。完全には抜けない。カイは渾身の力で押し戻した。さらに斬る。鋸の要領だ。血まみれの刀身が灰色の肉にめり込んでいる。裏刃が革鎧を斬る。さらに突き上げる。大鬼はカイを抱いたまま仰向けに倒れていく。
押し倒す格好で倒れた。首の傷が効いたようだ。腹から血がこぼれる。裂け目から臓腑が漏れ出した。また殺した。もう限界だ。大鬼から離れた。草地に仰向けに寝転んだ。自分の鎧まで斬った。肩がない。右の手のひらが痛む。青い空がいっぱいに広がっている。勝ち負けなどどうでもいいと思った。強いかどうかもどうでもいい。妙な気持ちだった。ベアに会いたい。ベアが好きだ。愛を伝えたい。肉が死ぬ前に、言葉で。
空が赤く輝いた。巨大な火の玉がゆっくりと通り過ぎていく。リュシアンはいまさら魔法を放った。カイは顔を拭って笑った。あとで恋愛の仕方を教えてもらおう。
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