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戦う理由
第1話
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ケッサが当局に捕まった。聖女を騙り都の平和を乱した罪で。
屠殺場で仰向けになっている。刑吏が五人がかりで押さえつける。一人がケッサの口に黒いやっとこを差し入れた。口枷を嵌めているのでひらきっぱなしになっている。
ねじり上げる。ケッサは絶叫した。ぼろぼろと涙が落ちる。刑吏は勢いよく引き抜いた。やっとこはなにもつかんでいない。やり直す。野次馬が楽しげに声を上げる。
王が見ている。取り巻きにベアが混じっている。化粧はしていない。黒髪を編んで黒い着物を着ている。
刑吏がやっとこを抜いた。また失敗した。ケッサは激しく咳き込んだ。刑吏二人が体を起こす。地べたに反吐を吐いた。枷から粘っこい血が垂れる。
膝立ちにして頭と体を押さえつける。やっとこが迫る。コートはただ突っ立って眺めている。止めるそぶりも見せなかった。夜、ベアから聞いた。ケッサに恋人などいなかった。褒美を独り占めして宮廷で楽しく過ごすつもりだった。
カイはセルヴを見上げた。怒りで青ざめている。朝まで十人以上の刺客を相手にした。寝室をのぞくともぬけの殻だった。本当の話はまだ聞いていない。聞いたらベアを殺すだろう。
セルヴが一歩進み出た。冒険者が腕を押さえる。
「お願いだからやめてください。聖女様、なぜ黙って見ておられるのです。あなたは神様の使いなのでしょう?」
ベアは前を向いたまま答えない。王がセルヴに笏を突き出した。
「おまえの歯も抜いてやろうか。聖女を騙るなど言語道断、本来ならば即刻火あぶりとなるところだったのだぞ」
「騙ってなどいない。おれが証人になります。身代わりに決闘してもいい」
「残念だが達人と張り合える男子がいない。歯の一本くらいで騒ぐな」
また失敗。血がだらだらとこぼれる。ケッサはくぐもった嗚咽を漏らしている。
刑が終わった。セルヴが失神したケッサを抱いている。赤い血と反吐が乾いた地べたを汚している。
王は虫歯を陽光に向けてかざした。宝石のように見つめる。
「またとない贈り物だ。では聖女殿、約束どおり出立の許可をやる。旅の幸運をお祈り申し上げておりますよ」
王と取り巻きが去った。野次馬もぼちぼちと解散する。がらんとした屠殺場に冒険者たちが残った。
ベアがゆっくりと近づいてくる。ケッサのそばを通り過ぎる。セルヴが顔を上げて背をにらみつける。
ガモが頭を振って言った。
「なんで渡したんだよ」
「おかげでこうして再会できただろう、ミジェール殿」
「三十で勝てると思ってんのか? 奪還の噂は東にも聞こえてんだ」
「風呂に入って頭がふやけたか。いまのわたしはなにに見える。十七の乙女に見えるか」
ガモは舌打ちした。カイも気づいた。たしかにそうだ。ただの巡礼。潜入。
「愛人まで騙してご立派だな。どうやって〈黒き心〉を盗み出す」
「わたしは美しいだろう」
「だからなんだ」
「向こうに着けばわかる。さあ、聖女のふりもこれでしまいだ。支度をしてくれ」
クロードが口を挟んだ。
「王は早馬をよこす。帝国の領に入ったとたん、あなたは捕まる」
「なぜ皇帝が他国の王の言いなりになる」
「贈り物による。すべては政治だ」
「なるほどそのとおり。ではこの戦はわたしの勝ちだ。そら、旅籠に行くぞ」
クロードは肩をすくめた。作戦を話すつもりはないようだ。王は虫歯で都の民を癒やしてまわる。再びの熱狂。そうして密かにフラニアに侵攻する。かけらを持たないベアは旅半ばで野垂れ死にする。案外放っておいてくれるかもしれない。
ガモが突っかかる。ベアは相手にしない。ボーモンに言う。
「おれは降りるぜ。おまえもだろ? 楽園に潜入だなんて冗談じゃねえ」
「おれはついていく。怖いならひとりで邦に帰れ」
「報酬をもらってからな。ようベア、いますぐ払えんのか?」
「そうか。わたしが好きだからいままで黙っていたのだな。ありがとう」
ケッサが咳き込んだ。セルヴが話しかける。愛おしげに髪をなでる。
「顎が痛いよう」
「そりゃそうだ」
「どうしてあたし、のらくらあんたを避けてたかわかる?」
「おれをいじめて楽しんでた」
「ううん。単に好きじゃないから。男ってどうして気づかないんだろうね。あと財布からおカネ盗んでた。たまに」
「それは気づいてた。手癖の悪ささえ愛してる。結婚してくれ」
ケッサは頭を左右に揺らした。
「どうしようかな。困ったな。うれしいことはうれしいんだけど」
セルヴは振り向いた。ベアをにらみつける。
「あんたが居場所を漏らしたんだな」
「おまえも去るのか。いままで世話になったな」
「いいや、みんなあんたについていくよ。おれたちは元聖女率いる略奪隊だ。王領を荒らしまくってひと儲けしてやる。責任は取ってくれよ」
屠殺場で仰向けになっている。刑吏が五人がかりで押さえつける。一人がケッサの口に黒いやっとこを差し入れた。口枷を嵌めているのでひらきっぱなしになっている。
ねじり上げる。ケッサは絶叫した。ぼろぼろと涙が落ちる。刑吏は勢いよく引き抜いた。やっとこはなにもつかんでいない。やり直す。野次馬が楽しげに声を上げる。
王が見ている。取り巻きにベアが混じっている。化粧はしていない。黒髪を編んで黒い着物を着ている。
刑吏がやっとこを抜いた。また失敗した。ケッサは激しく咳き込んだ。刑吏二人が体を起こす。地べたに反吐を吐いた。枷から粘っこい血が垂れる。
膝立ちにして頭と体を押さえつける。やっとこが迫る。コートはただ突っ立って眺めている。止めるそぶりも見せなかった。夜、ベアから聞いた。ケッサに恋人などいなかった。褒美を独り占めして宮廷で楽しく過ごすつもりだった。
カイはセルヴを見上げた。怒りで青ざめている。朝まで十人以上の刺客を相手にした。寝室をのぞくともぬけの殻だった。本当の話はまだ聞いていない。聞いたらベアを殺すだろう。
セルヴが一歩進み出た。冒険者が腕を押さえる。
「お願いだからやめてください。聖女様、なぜ黙って見ておられるのです。あなたは神様の使いなのでしょう?」
ベアは前を向いたまま答えない。王がセルヴに笏を突き出した。
「おまえの歯も抜いてやろうか。聖女を騙るなど言語道断、本来ならば即刻火あぶりとなるところだったのだぞ」
「騙ってなどいない。おれが証人になります。身代わりに決闘してもいい」
「残念だが達人と張り合える男子がいない。歯の一本くらいで騒ぐな」
また失敗。血がだらだらとこぼれる。ケッサはくぐもった嗚咽を漏らしている。
刑が終わった。セルヴが失神したケッサを抱いている。赤い血と反吐が乾いた地べたを汚している。
王は虫歯を陽光に向けてかざした。宝石のように見つめる。
「またとない贈り物だ。では聖女殿、約束どおり出立の許可をやる。旅の幸運をお祈り申し上げておりますよ」
王と取り巻きが去った。野次馬もぼちぼちと解散する。がらんとした屠殺場に冒険者たちが残った。
ベアがゆっくりと近づいてくる。ケッサのそばを通り過ぎる。セルヴが顔を上げて背をにらみつける。
ガモが頭を振って言った。
「なんで渡したんだよ」
「おかげでこうして再会できただろう、ミジェール殿」
「三十で勝てると思ってんのか? 奪還の噂は東にも聞こえてんだ」
「風呂に入って頭がふやけたか。いまのわたしはなにに見える。十七の乙女に見えるか」
ガモは舌打ちした。カイも気づいた。たしかにそうだ。ただの巡礼。潜入。
「愛人まで騙してご立派だな。どうやって〈黒き心〉を盗み出す」
「わたしは美しいだろう」
「だからなんだ」
「向こうに着けばわかる。さあ、聖女のふりもこれでしまいだ。支度をしてくれ」
クロードが口を挟んだ。
「王は早馬をよこす。帝国の領に入ったとたん、あなたは捕まる」
「なぜ皇帝が他国の王の言いなりになる」
「贈り物による。すべては政治だ」
「なるほどそのとおり。ではこの戦はわたしの勝ちだ。そら、旅籠に行くぞ」
クロードは肩をすくめた。作戦を話すつもりはないようだ。王は虫歯で都の民を癒やしてまわる。再びの熱狂。そうして密かにフラニアに侵攻する。かけらを持たないベアは旅半ばで野垂れ死にする。案外放っておいてくれるかもしれない。
ガモが突っかかる。ベアは相手にしない。ボーモンに言う。
「おれは降りるぜ。おまえもだろ? 楽園に潜入だなんて冗談じゃねえ」
「おれはついていく。怖いならひとりで邦に帰れ」
「報酬をもらってからな。ようベア、いますぐ払えんのか?」
「そうか。わたしが好きだからいままで黙っていたのだな。ありがとう」
ケッサが咳き込んだ。セルヴが話しかける。愛おしげに髪をなでる。
「顎が痛いよう」
「そりゃそうだ」
「どうしてあたし、のらくらあんたを避けてたかわかる?」
「おれをいじめて楽しんでた」
「ううん。単に好きじゃないから。男ってどうして気づかないんだろうね。あと財布からおカネ盗んでた。たまに」
「それは気づいてた。手癖の悪ささえ愛してる。結婚してくれ」
ケッサは頭を左右に揺らした。
「どうしようかな。困ったな。うれしいことはうれしいんだけど」
セルヴは振り向いた。ベアをにらみつける。
「あんたが居場所を漏らしたんだな」
「おまえも去るのか。いままで世話になったな」
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