44 / 61
戦う理由
第1話
しおりを挟む
ケッサが当局に捕まった。聖女を騙り都の平和を乱した罪で。
屠殺場で仰向けになっている。刑吏が五人がかりで押さえつける。一人がケッサの口に黒いやっとこを差し入れた。口枷を嵌めているのでひらきっぱなしになっている。
ねじり上げる。ケッサは絶叫した。ぼろぼろと涙が落ちる。刑吏は勢いよく引き抜いた。やっとこはなにもつかんでいない。やり直す。野次馬が楽しげに声を上げる。
王が見ている。取り巻きにベアが混じっている。化粧はしていない。黒髪を編んで黒い着物を着ている。
刑吏がやっとこを抜いた。また失敗した。ケッサは激しく咳き込んだ。刑吏二人が体を起こす。地べたに反吐を吐いた。枷から粘っこい血が垂れる。
膝立ちにして頭と体を押さえつける。やっとこが迫る。コートはただ突っ立って眺めている。止めるそぶりも見せなかった。夜、ベアから聞いた。ケッサに恋人などいなかった。褒美を独り占めして宮廷で楽しく過ごすつもりだった。
カイはセルヴを見上げた。怒りで青ざめている。朝まで十人以上の刺客を相手にした。寝室をのぞくともぬけの殻だった。本当の話はまだ聞いていない。聞いたらベアを殺すだろう。
セルヴが一歩進み出た。冒険者が腕を押さえる。
「お願いだからやめてください。聖女様、なぜ黙って見ておられるのです。あなたは神様の使いなのでしょう?」
ベアは前を向いたまま答えない。王がセルヴに笏を突き出した。
「おまえの歯も抜いてやろうか。聖女を騙るなど言語道断、本来ならば即刻火あぶりとなるところだったのだぞ」
「騙ってなどいない。おれが証人になります。身代わりに決闘してもいい」
「残念だが達人と張り合える男子がいない。歯の一本くらいで騒ぐな」
また失敗。血がだらだらとこぼれる。ケッサはくぐもった嗚咽を漏らしている。
刑が終わった。セルヴが失神したケッサを抱いている。赤い血と反吐が乾いた地べたを汚している。
王は虫歯を陽光に向けてかざした。宝石のように見つめる。
「またとない贈り物だ。では聖女殿、約束どおり出立の許可をやる。旅の幸運をお祈り申し上げておりますよ」
王と取り巻きが去った。野次馬もぼちぼちと解散する。がらんとした屠殺場に冒険者たちが残った。
ベアがゆっくりと近づいてくる。ケッサのそばを通り過ぎる。セルヴが顔を上げて背をにらみつける。
ガモが頭を振って言った。
「なんで渡したんだよ」
「おかげでこうして再会できただろう、ミジェール殿」
「三十で勝てると思ってんのか? 奪還の噂は東にも聞こえてんだ」
「風呂に入って頭がふやけたか。いまのわたしはなにに見える。十七の乙女に見えるか」
ガモは舌打ちした。カイも気づいた。たしかにそうだ。ただの巡礼。潜入。
「愛人まで騙してご立派だな。どうやって〈黒き心〉を盗み出す」
「わたしは美しいだろう」
「だからなんだ」
「向こうに着けばわかる。さあ、聖女のふりもこれでしまいだ。支度をしてくれ」
クロードが口を挟んだ。
「王は早馬をよこす。帝国の領に入ったとたん、あなたは捕まる」
「なぜ皇帝が他国の王の言いなりになる」
「贈り物による。すべては政治だ」
「なるほどそのとおり。ではこの戦はわたしの勝ちだ。そら、旅籠に行くぞ」
クロードは肩をすくめた。作戦を話すつもりはないようだ。王は虫歯で都の民を癒やしてまわる。再びの熱狂。そうして密かにフラニアに侵攻する。かけらを持たないベアは旅半ばで野垂れ死にする。案外放っておいてくれるかもしれない。
ガモが突っかかる。ベアは相手にしない。ボーモンに言う。
「おれは降りるぜ。おまえもだろ? 楽園に潜入だなんて冗談じゃねえ」
「おれはついていく。怖いならひとりで邦に帰れ」
「報酬をもらってからな。ようベア、いますぐ払えんのか?」
「そうか。わたしが好きだからいままで黙っていたのだな。ありがとう」
ケッサが咳き込んだ。セルヴが話しかける。愛おしげに髪をなでる。
「顎が痛いよう」
「そりゃそうだ」
「どうしてあたし、のらくらあんたを避けてたかわかる?」
「おれをいじめて楽しんでた」
「ううん。単に好きじゃないから。男ってどうして気づかないんだろうね。あと財布からおカネ盗んでた。たまに」
「それは気づいてた。手癖の悪ささえ愛してる。結婚してくれ」
ケッサは頭を左右に揺らした。
「どうしようかな。困ったな。うれしいことはうれしいんだけど」
セルヴは振り向いた。ベアをにらみつける。
「あんたが居場所を漏らしたんだな」
「おまえも去るのか。いままで世話になったな」
「いいや、みんなあんたについていくよ。おれたちは元聖女率いる略奪隊だ。王領を荒らしまくってひと儲けしてやる。責任は取ってくれよ」
屠殺場で仰向けになっている。刑吏が五人がかりで押さえつける。一人がケッサの口に黒いやっとこを差し入れた。口枷を嵌めているのでひらきっぱなしになっている。
ねじり上げる。ケッサは絶叫した。ぼろぼろと涙が落ちる。刑吏は勢いよく引き抜いた。やっとこはなにもつかんでいない。やり直す。野次馬が楽しげに声を上げる。
王が見ている。取り巻きにベアが混じっている。化粧はしていない。黒髪を編んで黒い着物を着ている。
刑吏がやっとこを抜いた。また失敗した。ケッサは激しく咳き込んだ。刑吏二人が体を起こす。地べたに反吐を吐いた。枷から粘っこい血が垂れる。
膝立ちにして頭と体を押さえつける。やっとこが迫る。コートはただ突っ立って眺めている。止めるそぶりも見せなかった。夜、ベアから聞いた。ケッサに恋人などいなかった。褒美を独り占めして宮廷で楽しく過ごすつもりだった。
カイはセルヴを見上げた。怒りで青ざめている。朝まで十人以上の刺客を相手にした。寝室をのぞくともぬけの殻だった。本当の話はまだ聞いていない。聞いたらベアを殺すだろう。
セルヴが一歩進み出た。冒険者が腕を押さえる。
「お願いだからやめてください。聖女様、なぜ黙って見ておられるのです。あなたは神様の使いなのでしょう?」
ベアは前を向いたまま答えない。王がセルヴに笏を突き出した。
「おまえの歯も抜いてやろうか。聖女を騙るなど言語道断、本来ならば即刻火あぶりとなるところだったのだぞ」
「騙ってなどいない。おれが証人になります。身代わりに決闘してもいい」
「残念だが達人と張り合える男子がいない。歯の一本くらいで騒ぐな」
また失敗。血がだらだらとこぼれる。ケッサはくぐもった嗚咽を漏らしている。
刑が終わった。セルヴが失神したケッサを抱いている。赤い血と反吐が乾いた地べたを汚している。
王は虫歯を陽光に向けてかざした。宝石のように見つめる。
「またとない贈り物だ。では聖女殿、約束どおり出立の許可をやる。旅の幸運をお祈り申し上げておりますよ」
王と取り巻きが去った。野次馬もぼちぼちと解散する。がらんとした屠殺場に冒険者たちが残った。
ベアがゆっくりと近づいてくる。ケッサのそばを通り過ぎる。セルヴが顔を上げて背をにらみつける。
ガモが頭を振って言った。
「なんで渡したんだよ」
「おかげでこうして再会できただろう、ミジェール殿」
「三十で勝てると思ってんのか? 奪還の噂は東にも聞こえてんだ」
「風呂に入って頭がふやけたか。いまのわたしはなにに見える。十七の乙女に見えるか」
ガモは舌打ちした。カイも気づいた。たしかにそうだ。ただの巡礼。潜入。
「愛人まで騙してご立派だな。どうやって〈黒き心〉を盗み出す」
「わたしは美しいだろう」
「だからなんだ」
「向こうに着けばわかる。さあ、聖女のふりもこれでしまいだ。支度をしてくれ」
クロードが口を挟んだ。
「王は早馬をよこす。帝国の領に入ったとたん、あなたは捕まる」
「なぜ皇帝が他国の王の言いなりになる」
「贈り物による。すべては政治だ」
「なるほどそのとおり。ではこの戦はわたしの勝ちだ。そら、旅籠に行くぞ」
クロードは肩をすくめた。作戦を話すつもりはないようだ。王は虫歯で都の民を癒やしてまわる。再びの熱狂。そうして密かにフラニアに侵攻する。かけらを持たないベアは旅半ばで野垂れ死にする。案外放っておいてくれるかもしれない。
ガモが突っかかる。ベアは相手にしない。ボーモンに言う。
「おれは降りるぜ。おまえもだろ? 楽園に潜入だなんて冗談じゃねえ」
「おれはついていく。怖いならひとりで邦に帰れ」
「報酬をもらってからな。ようベア、いますぐ払えんのか?」
「そうか。わたしが好きだからいままで黙っていたのだな。ありがとう」
ケッサが咳き込んだ。セルヴが話しかける。愛おしげに髪をなでる。
「顎が痛いよう」
「そりゃそうだ」
「どうしてあたし、のらくらあんたを避けてたかわかる?」
「おれをいじめて楽しんでた」
「ううん。単に好きじゃないから。男ってどうして気づかないんだろうね。あと財布からおカネ盗んでた。たまに」
「それは気づいてた。手癖の悪ささえ愛してる。結婚してくれ」
ケッサは頭を左右に揺らした。
「どうしようかな。困ったな。うれしいことはうれしいんだけど」
セルヴは振り向いた。ベアをにらみつける。
「あんたが居場所を漏らしたんだな」
「おまえも去るのか。いままで世話になったな」
「いいや、みんなあんたについていくよ。おれたちは元聖女率いる略奪隊だ。王領を荒らしまくってひと儲けしてやる。責任は取ってくれよ」
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる