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戦う理由
第17話
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目が覚めた。美しい顔がのぞき込んでいる。
「きれいに治った。かわいい顔に戻った。わたしのカイン様がまた強くなった」
カイはベアの首に腕をまわした。主人の唇を奪う。一瞬、少女のように驚いていた。
唇を離す。ベアの吐息がわなないた。泣き顔で下唇を噛む。かわいい。戦って宝物を手に入れた。これぞ貴人の営み。世は強い者が得る。相手がどう思おうが関係ない。騙し、殺し、奪い、なにも感じない。豚を屠ってなにが悪い。世に生きているほとんどは人に見える豚だ。ぼくだけではなかった。ぼくだけだと思い込んでいた。
ベアが立ち上がった。陽光が目に入る。顔をしかめながら見まわした。
皇帝が見下ろしていた。黒い剣を笏のように抱えている。柄頭から切っ先まで黒一色だ。
カイはあわてて立ち上がった。どこも痛くない。袖はぼろぼろだった。
頭を下げる。皇帝は手を上げた。
「礼儀作法はいい。とにかく間に合ってよかった。なんという強者だ。あのような戦いは見たことがない。勝者を讃えよ」
宮廷の者が拍手を送る。うれしくもなんともない。はやくベアを抱きたい。
ベアと目が合う。まじめくさった顔でうなずいた。同じことを考えている。
「陛下。ぼくは西の王を討ちます。主人は恥をかいた。ぼくは捨て置けぬ」
拍手がまばらになった。静まり返った。皇帝は思案するように瞳を動かしている。まったりとした香を纏っている。
「それは、突飛な案ではないな。すなわち、〈黒き心〉さえあれば」
「陛下の軍はすでに王の地を侵略しておりました。陛下は西に興味がおありのはずです。約束どおり柄をください。ぼくは勝った。勝者に褒美をください」
いきなりケッサが抱きついてきた。頬に唇を押し当てる。仲間が取り囲んだ。手荒に祝福する。陛下の御前などお構いなしだ。がさつな連中。強い連中。冒険者。一人前と認めてくれただろうか。
ガモが言った。
「お次は王殺しの冒険か。いいねえ。人生に彩りが出る」
ケッサが見上げてにっと笑った。
「あたしも賛成。虫歯の仕返ししてやる」
セルヴが顎髭を掻いた。
「それだとおれもついていくことになるな」
皇帝はカイの手を取った。ベアよりよほど柔らかい。
迷ったあと口をひらいた。
「わたしはなにも聞いていない。いいな?」
「ありがとうございます、陛下」
「作戦が決まったら、いま一度戻ってきてくれ。本日は記念すべき日となった。わが帝国とフラニア、〈黒き心〉を手に、ともに栄えよう」
冒険者たちが歓声を上げる。宮廷の者たちは驚いている。拍手をしながらさかんに目配せする。宮廷劇はすでにはじまっている。
アデルが隣に立った。なにかを問ういつもの眼差し。
「もうあんたたちの邪魔はしない。だから、城に住んでもいいでしょ? 村に戻りたくないの。洗濯でもなんでもするから。お願い」
ようやくわかった。世は常に騙し合い、だれもがおのれのことだけを考えている。豚は相手を騙していることすら気づいていない。心がないから。
手を取った。笑みを浮かべて語りかける。
「ベアは主君だろう。愛しているのはおまえだけだ。一緒にフラニアに帰ろうな」
アデルの瞳が輝いた。ベアが涼しげに横顔を見つめている。豚を騙すのは簡単だ。
「きれいに治った。かわいい顔に戻った。わたしのカイン様がまた強くなった」
カイはベアの首に腕をまわした。主人の唇を奪う。一瞬、少女のように驚いていた。
唇を離す。ベアの吐息がわなないた。泣き顔で下唇を噛む。かわいい。戦って宝物を手に入れた。これぞ貴人の営み。世は強い者が得る。相手がどう思おうが関係ない。騙し、殺し、奪い、なにも感じない。豚を屠ってなにが悪い。世に生きているほとんどは人に見える豚だ。ぼくだけではなかった。ぼくだけだと思い込んでいた。
ベアが立ち上がった。陽光が目に入る。顔をしかめながら見まわした。
皇帝が見下ろしていた。黒い剣を笏のように抱えている。柄頭から切っ先まで黒一色だ。
カイはあわてて立ち上がった。どこも痛くない。袖はぼろぼろだった。
頭を下げる。皇帝は手を上げた。
「礼儀作法はいい。とにかく間に合ってよかった。なんという強者だ。あのような戦いは見たことがない。勝者を讃えよ」
宮廷の者が拍手を送る。うれしくもなんともない。はやくベアを抱きたい。
ベアと目が合う。まじめくさった顔でうなずいた。同じことを考えている。
「陛下。ぼくは西の王を討ちます。主人は恥をかいた。ぼくは捨て置けぬ」
拍手がまばらになった。静まり返った。皇帝は思案するように瞳を動かしている。まったりとした香を纏っている。
「それは、突飛な案ではないな。すなわち、〈黒き心〉さえあれば」
「陛下の軍はすでに王の地を侵略しておりました。陛下は西に興味がおありのはずです。約束どおり柄をください。ぼくは勝った。勝者に褒美をください」
いきなりケッサが抱きついてきた。頬に唇を押し当てる。仲間が取り囲んだ。手荒に祝福する。陛下の御前などお構いなしだ。がさつな連中。強い連中。冒険者。一人前と認めてくれただろうか。
ガモが言った。
「お次は王殺しの冒険か。いいねえ。人生に彩りが出る」
ケッサが見上げてにっと笑った。
「あたしも賛成。虫歯の仕返ししてやる」
セルヴが顎髭を掻いた。
「それだとおれもついていくことになるな」
皇帝はカイの手を取った。ベアよりよほど柔らかい。
迷ったあと口をひらいた。
「わたしはなにも聞いていない。いいな?」
「ありがとうございます、陛下」
「作戦が決まったら、いま一度戻ってきてくれ。本日は記念すべき日となった。わが帝国とフラニア、〈黒き心〉を手に、ともに栄えよう」
冒険者たちが歓声を上げる。宮廷の者たちは驚いている。拍手をしながらさかんに目配せする。宮廷劇はすでにはじまっている。
アデルが隣に立った。なにかを問ういつもの眼差し。
「もうあんたたちの邪魔はしない。だから、城に住んでもいいでしょ? 村に戻りたくないの。洗濯でもなんでもするから。お願い」
ようやくわかった。世は常に騙し合い、だれもがおのれのことだけを考えている。豚は相手を騙していることすら気づいていない。心がないから。
手を取った。笑みを浮かべて語りかける。
「ベアは主君だろう。愛しているのはおまえだけだ。一緒にフラニアに帰ろうな」
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