60 / 61
戦う理由
第17話
しおりを挟む
目が覚めた。美しい顔がのぞき込んでいる。
「きれいに治った。かわいい顔に戻った。わたしのカイン様がまた強くなった」
カイはベアの首に腕をまわした。主人の唇を奪う。一瞬、少女のように驚いていた。
唇を離す。ベアの吐息がわなないた。泣き顔で下唇を噛む。かわいい。戦って宝物を手に入れた。これぞ貴人の営み。世は強い者が得る。相手がどう思おうが関係ない。騙し、殺し、奪い、なにも感じない。豚を屠ってなにが悪い。世に生きているほとんどは人に見える豚だ。ぼくだけではなかった。ぼくだけだと思い込んでいた。
ベアが立ち上がった。陽光が目に入る。顔をしかめながら見まわした。
皇帝が見下ろしていた。黒い剣を笏のように抱えている。柄頭から切っ先まで黒一色だ。
カイはあわてて立ち上がった。どこも痛くない。袖はぼろぼろだった。
頭を下げる。皇帝は手を上げた。
「礼儀作法はいい。とにかく間に合ってよかった。なんという強者だ。あのような戦いは見たことがない。勝者を讃えよ」
宮廷の者が拍手を送る。うれしくもなんともない。はやくベアを抱きたい。
ベアと目が合う。まじめくさった顔でうなずいた。同じことを考えている。
「陛下。ぼくは西の王を討ちます。主人は恥をかいた。ぼくは捨て置けぬ」
拍手がまばらになった。静まり返った。皇帝は思案するように瞳を動かしている。まったりとした香を纏っている。
「それは、突飛な案ではないな。すなわち、〈黒き心〉さえあれば」
「陛下の軍はすでに王の地を侵略しておりました。陛下は西に興味がおありのはずです。約束どおり柄をください。ぼくは勝った。勝者に褒美をください」
いきなりケッサが抱きついてきた。頬に唇を押し当てる。仲間が取り囲んだ。手荒に祝福する。陛下の御前などお構いなしだ。がさつな連中。強い連中。冒険者。一人前と認めてくれただろうか。
ガモが言った。
「お次は王殺しの冒険か。いいねえ。人生に彩りが出る」
ケッサが見上げてにっと笑った。
「あたしも賛成。虫歯の仕返ししてやる」
セルヴが顎髭を掻いた。
「それだとおれもついていくことになるな」
皇帝はカイの手を取った。ベアよりよほど柔らかい。
迷ったあと口をひらいた。
「わたしはなにも聞いていない。いいな?」
「ありがとうございます、陛下」
「作戦が決まったら、いま一度戻ってきてくれ。本日は記念すべき日となった。わが帝国とフラニア、〈黒き心〉を手に、ともに栄えよう」
冒険者たちが歓声を上げる。宮廷の者たちは驚いている。拍手をしながらさかんに目配せする。宮廷劇はすでにはじまっている。
アデルが隣に立った。なにかを問ういつもの眼差し。
「もうあんたたちの邪魔はしない。だから、城に住んでもいいでしょ? 村に戻りたくないの。洗濯でもなんでもするから。お願い」
ようやくわかった。世は常に騙し合い、だれもがおのれのことだけを考えている。豚は相手を騙していることすら気づいていない。心がないから。
手を取った。笑みを浮かべて語りかける。
「ベアは主君だろう。愛しているのはおまえだけだ。一緒にフラニアに帰ろうな」
アデルの瞳が輝いた。ベアが涼しげに横顔を見つめている。豚を騙すのは簡単だ。
「きれいに治った。かわいい顔に戻った。わたしのカイン様がまた強くなった」
カイはベアの首に腕をまわした。主人の唇を奪う。一瞬、少女のように驚いていた。
唇を離す。ベアの吐息がわなないた。泣き顔で下唇を噛む。かわいい。戦って宝物を手に入れた。これぞ貴人の営み。世は強い者が得る。相手がどう思おうが関係ない。騙し、殺し、奪い、なにも感じない。豚を屠ってなにが悪い。世に生きているほとんどは人に見える豚だ。ぼくだけではなかった。ぼくだけだと思い込んでいた。
ベアが立ち上がった。陽光が目に入る。顔をしかめながら見まわした。
皇帝が見下ろしていた。黒い剣を笏のように抱えている。柄頭から切っ先まで黒一色だ。
カイはあわてて立ち上がった。どこも痛くない。袖はぼろぼろだった。
頭を下げる。皇帝は手を上げた。
「礼儀作法はいい。とにかく間に合ってよかった。なんという強者だ。あのような戦いは見たことがない。勝者を讃えよ」
宮廷の者が拍手を送る。うれしくもなんともない。はやくベアを抱きたい。
ベアと目が合う。まじめくさった顔でうなずいた。同じことを考えている。
「陛下。ぼくは西の王を討ちます。主人は恥をかいた。ぼくは捨て置けぬ」
拍手がまばらになった。静まり返った。皇帝は思案するように瞳を動かしている。まったりとした香を纏っている。
「それは、突飛な案ではないな。すなわち、〈黒き心〉さえあれば」
「陛下の軍はすでに王の地を侵略しておりました。陛下は西に興味がおありのはずです。約束どおり柄をください。ぼくは勝った。勝者に褒美をください」
いきなりケッサが抱きついてきた。頬に唇を押し当てる。仲間が取り囲んだ。手荒に祝福する。陛下の御前などお構いなしだ。がさつな連中。強い連中。冒険者。一人前と認めてくれただろうか。
ガモが言った。
「お次は王殺しの冒険か。いいねえ。人生に彩りが出る」
ケッサが見上げてにっと笑った。
「あたしも賛成。虫歯の仕返ししてやる」
セルヴが顎髭を掻いた。
「それだとおれもついていくことになるな」
皇帝はカイの手を取った。ベアよりよほど柔らかい。
迷ったあと口をひらいた。
「わたしはなにも聞いていない。いいな?」
「ありがとうございます、陛下」
「作戦が決まったら、いま一度戻ってきてくれ。本日は記念すべき日となった。わが帝国とフラニア、〈黒き心〉を手に、ともに栄えよう」
冒険者たちが歓声を上げる。宮廷の者たちは驚いている。拍手をしながらさかんに目配せする。宮廷劇はすでにはじまっている。
アデルが隣に立った。なにかを問ういつもの眼差し。
「もうあんたたちの邪魔はしない。だから、城に住んでもいいでしょ? 村に戻りたくないの。洗濯でもなんでもするから。お願い」
ようやくわかった。世は常に騙し合い、だれもがおのれのことだけを考えている。豚は相手を騙していることすら気づいていない。心がないから。
手を取った。笑みを浮かべて語りかける。
「ベアは主君だろう。愛しているのはおまえだけだ。一緒にフラニアに帰ろうな」
アデルの瞳が輝いた。ベアが涼しげに横顔を見つめている。豚を騙すのは簡単だ。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる