超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第四章  ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~

第三十九話  水の精霊王1

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 ダーンの頬へと口づけしたルナフィスは、火照る気持ちを抑えながら悪戯いたずらっぽく笑う。

「一応、人間の女の子らしく感謝の気持ちをあらわしただけよ。それにしても、スキだらけだったわ……」
 
 言葉の後に、軽いウインクと舌先を少し出してダーンの肩を軽くたたいた。

 その仕草はそれは朴念仁をして胸の奥に妙な鼓動を打つほどに、いじらしくも可憐なものだったが――――


――感謝の気持ちって割に、その行為にかかる事後処理が容赦なく俺に危機として迫っているんだが。


 案の定、今日一番の衝撃がダーンの右すねに炸裂した。
 その上、何故かソルブライトからの念話による説教がきつかった。

 いつもは冷めた感じで言ってくるのに、妙に怒っている感じで『あなたは女性に隙を見せすぎ』だの、『発言に浮ついたものがある』だの、『いい加減はっきりしろ』、あまつさえ、発言の中に『ヘタレ』『鈍感』『裏切り者』というワードが含まれていた。

 はじめのうちは、ルナフィスにものすごい剣幕で詰め寄っていたステフだったが、ソルブライトの様子があまりにいつもと違うため、げんに思って問いただす。

「どうしたのよ? いくらなんでも神器のあなたがそんな風に怒ること?」

『いえ。あまりに契約者とその立会人が情けなくて、つい。ステフがさっさと勝負を決めてしまわないから、このようなぽっと出の小娘に横入りされるのですよ』

 秘話状態ではなく、他の人にも聞こえる念話での爆弾発言に、ステフは慌てふためく。

「ちょっ……そんなこと今ここで言う?」
「な、なによ小娘って」

 どうやらルナフィスにも聞こえていたらしく、ステフの胸元の紅玉に詰め寄ってくる。

『小娘でしょう? 貴女あなたの実際の年齢はおよそ17歳です。細胞分裂数からの逆算ですから僅かに誤差はありますが、間違いなく小娘ですよ』

 過去の記憶がない少女に対し、あっさりとその年齢を暴露し、当のルナフィスは思いもしないところで自分の年齢を知ることとなり、一瞬毒気が抜かれてしまうが……。

「なかなか凄いことできるのね……って、それじゃあアンタの契約者と同い年でしょ。それなのに私は小娘扱いって」

『確かに、同じく二人とも小娘でしたね。その点は失礼しました』

「なに? この生意気な喋る道具、何でこんなに偉そうなの?」

 遂にルナフィスは抗議の矛先を所有者のステフにもっていく。

 一方、妙にムキになっているソルブライトに怪訝な気分のままではあったが、ステフは少し重たい吐息をし、ルナフィスに向き直った。

「まあ、小娘ってのはこの生意気なおつぼねさまからすれば否定できないしね……その年齢的に。私達ピチピチの十七歳の小娘ですから」

『ほほう……なかなかどうして悪意のこめ方に磨きをかけましたねステフ』

「お褒めいただきどうも。とにかく、今回のことは、そこの朴念仁がぜーんぶ悪いんだから、あたし達で不毛な言い争いはやめにしましょ」

 いきなり全ての責任を蒼髪の剣士に押しつける。
 その場の女性陣の視線が全て自分に集中するかのような錯覚を覚え、ダーンは慌てた。

「おいっ」
 流石に抗議してやろうと、ダーンは息巻くが――――

「何よッ?」
 ステフのたった一言で――――

「あ、いや、何でもない、スマン」
 あえなく轟沈した。

 そんなやり取りに、ついルナフィスも吹き出しそうになって、懸命に笑いをかみ殺し肩を揺らしていた。

 ダーンはというと、女性陣には勝ち目がないと観念し、近くでこちらを見ていたケーニッヒに助けを求めようとしたが……。

「ダーン君~、どぉーぢでキミばっかりそうやっておいしいの? そりゃあ、君は今回死にかけたからさ……ルナフィス君のチュッチュも、まあ、ほっぺたくらいならいいんじゃないかって思うけどね……。でもさ、やっぱなんだか納得いかないんだよね」

 何故か、どんよりとした殺意を込めて、こちらを睨んでいるではないか。

「もう、かんべんしてくれ」

 ダーンは目眩と共に溜め息を吐いて再び天を仰いでいた。




     ☆




 ダーンにとって理不尽な追及が開始されそうなところで――――

 湖上の武道台たる岩床の上、涼しい風が吹く中で、不意にルナフィスが小さなくしゃみをした。

 既にカレリアとスレームもこちら側に渡ってきていて、全員の視線がルナフィスに集まる。

「あ……その、あははは……ちょっとだけ冷えちゃって」

 みんなの視線が集中したせいか、ルナフィスは遠慮がちに言うが、肩を抱いて微かに震えていた。

 先程ダーンの返り血を胸元に大量に浴びていて、上半身は赤黒く濡れたままだった。
 そこへ湖上を吹く風があたり、彼女の体温を奪っているのだろう。

「そのままというわけにもいきませんね。ここは一度神殿の方に戻って、もう一度温泉に浸かってはいかがですか?」

 近くに歩み寄ってきたスレームが、彼女たちの出てきた神殿の入り口を示して言う。

 その言葉に、金髪の優男が喜々とした笑顔のままルナフィスに手を差しだす。

「……ねえ、まさか、エスコートでもする気?」

 ルナフィスが半目でめ付けると、ケーニッヒは柔らかく鼻で笑みをこぼす。

「もちろん当然じゃないか、パートナーだしね。美しいキミを湯の中までエスコートできるのは、さっき一緒に混浴したボクがふさわしい」

 ルナフィスのこめかみに青筋が浮かび、彼女は差し出されたケーニッヒの手を指先の方だけ無造作に握る。

「あんな競技のパートナーなんかとっくに解消済みでしょうがッ。……っていうか、今までの話を総括すると、アレ仕込んだのアンタ達でしょ。色々と触ってくれたこと、忘れてないんだからねッ」

 言葉のトーンが段々重いものになって、次第にケーニッヒの顔色が青くなっていく。

「あれ? ルナフィス君……そっちの方向に指って曲がらないんだよぅ……あはははは……イタイなぁ」

「ま、温泉はともかくとして、確かにすぐ神殿に戻りましょ。ここに来た本来の目的がまだ終わってないわ」

 握られた指が妙な方向に曲がっていき、苦痛のあまりに身体をひねりながらその場に妙な姿勢で座り込んでいく金髪優男を、冷ややかな目で見下ろしながらステフは提案する。

「確かにな。それに、あのグレモリーという女も何か仕掛けてくるかもしれない。この場でゆっくりと休んでいるよりはいいだろ」

 ダーンもステフの提案に頷く。
 
 ステフ達が協力して倒したリンザー・グレモリーは、彼女の本体ではないらしい。
 アテネで敵対したときと同様、傀儡となった肉体に魔法で精神を転写したものだ。

 おそらく、本体であったならあのように上手く撃退はできなかったことだろう。

 もっとも、アテネで大地母神ガイアと戦ったときのことや、ケーニッヒの推測から、今回も絶対に本体がこちらに来ることはないと確信していたが。

「そうね。ところでダーン、貴方も血だらけでしょ。一応中に入った後に着替えたら? ソルブライトの固有空間に荷物預けてるでしょ」

 ソルブライトの固有空間、つまりは、ステフ達がソルブライトと契約したあの空間のことだ。

 その空間は、ソルブライトが自由に物体を出し入れできる空間であるので、数日前から旅の荷物を預けているのだ。

 ただし、大地母神の神殿にあった祭壇から離れているため、ステフ達が入った時ほど広大ではなく、人の出入りは不可能とのことだったが。

『まるで移動倉庫扱いですね……。まあ、確かに預かっていますよ、あとでこちらに転送しておきましょう』 

「あ……ついでに、あたしの換えのシャツとかも出しておいて」

 そう言って、ステフはルナフィスの方に近付くと――――

「いつまでやってんのよッ」

 邪魔とばかりに、指の関節を極められたまま呻いているケーニッヒを蹴飛ばした。

 岩床の上をしたたか転がってルナフィスから離れていくケーニッヒをダーンがれんびんまなしで見送る。

「ルナフィス、あたしの服で悪いけど着替え貸すわ。その汚れた血で染まった服を着ているよりはいいでしょ」

 ステフの言葉にダーンがムッとする。

「おい、せめて『血で染まって汚れた』って言ってくれ」

「うるさいわね……こんなにタップリ女の子に血を掛けるなんて、汚らわしい! 変な病気になったらどーする気よッ」

『それは大変ですね。朴念仁といいつつ実はムッツリスケベな病気が感染うつってしまいかねません』

「容赦ないな……」

 結局ステフとソルブライトに理不尽な文句を言われる始末だった。

 そんな彼らのやり取りに、ルナフィスは軽く吹き出しながら、ステフの方に顔を向けてくる。

「ありがたく貸していただくわ」

『いいのですか? ステフの服ですと、貴女あなたのサイズには合いませんが……ぶかぶかになりますよ、胸の部分が……』

 ソルブライトの念話に、ルナフィスの笑顔が引きつった。

「う……うるさいわねッ。別にブラまで借りるわけじゃ無し、少しくらい余っても問題ないでしょッ……つーか、言われなくてもわかってるわよ」

「あはははは……と、とにかく」

 ステフは乾いた笑いを漏らした後、一度咳払いをして、ルナフィスの方に真剣な眼差しを向ける。

「神殿に戻ったら、《水神の姫君サラス》の祭壇を探さないと。そこまでいけば、もしかしたら貴女あなたの記憶も戻るかも……」

「へ? ……どうして?」

 ステフの唐突の言葉に、ルナフィスが、疑問に目をしばたたかせる。

「だから、もしかしたら貴女あなたが水の精霊王なんじゃないかって思って」

 ステフのその言葉に、彼女以外の全員が「え?」という疑問調の音を漏らしその場で固まった。
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