超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

文字の大きさ
163 / 165
第五章  姫君~琥珀の追憶・蒼穹の激情~

第五話  閉じた王家2

しおりを挟む

 応接間の空気が重く、誰もが息を潜めていた。

 その視線と声に重圧感を覚えるリドル国王からの言葉、それをルナフィスははっきりと聞き取っていたが、その言葉が意図するものが理解できない。

 自分に言葉を投げかけた相手、世界最大の権力を手中に収めている男が、黒曜石のような瞳でまっすぐにこちらを見つめ回答を待っている。
 心なしか、少し前にのめり込むような姿勢になり、視線もなんだか熱っぽい気もするが……。

 先ほどまで感じていた重圧とは異なる、これまでルナフィスが感じたことのない妙な精神的負荷に、言葉の意図以上に彼女は混乱しかけた。

 この国王陛下は一体何を求めて、先ほどの言葉を自分に投げかけたのか?
 あるいは、あの言葉には複雑な暗号めいたアナグラムでも仕掛けられていたのだろうか?

 様々な憶測がぐるぐると頭の中を駆け巡り、もはや飽和状態となったルナフィス。
 そんな彼女は、次の瞬間さらに驚くべき光景を目撃する。


 スパーンッ!


 軽いが随分と派手な音が応接間に響き渡り、前のめり気味だったリドルが、盛大に背後に仰け反った。

「陛下、お言葉ではございますが……お客様が混乱されております。あと、キモい」

 先ほど紅茶を用意してくれた給仕係の女性カルディアが、柔らかな口調そのままに、主君に進言(?)しているが……今し方彼女がやったことは、見間違いだったかと自分の目を疑うルナフィス。

 いや、カルディアが手にしている白い厚紙を何層にも折り重ねて作った、棒状のモノ――――あれがあの手の中にあるということは、今し方見た光景は真実だ。

 カルディアは、こともあろうにその白い棒状のモノを使い、他国の来賓の前で主君たるリドルの顔面を盛大に叩いたのだ。

 ダーンとルナフィスの凍り付いた視線を感じたカルディアは、少し肩をすくめてそのまま微笑を崩さずに手にしていた白い棒状のモノを両手で掲げてみせる。

「失礼しました。これは我がメイド部隊の《チェリー・キャッツ》が保有する備品で『ハリセン』と申します。このように、らちなことをする変態野郎を粛正するのに効果を発揮しますの」

「くぅぅぅ……鼻ッ、鼻の下って、おまっ……容赦ないな」

 涙目になって苦言を漏らすリドル……、さらにそこへ『ガスッ!』という音が机の下から響き、リドルの身体がビクリと硬直する。


――ああ、なるほど。ああやって鍛えられたのか……。


 自分の父親を無言で睨み付けるステファニーを眺めつつ、ダーンは自分のすねを蹴られた時の痛みを思い出していた。

 妙に納得しつつもどこかさみしさを感じるのはなぜだろうか……。

「……ステフ、俺は緊張しているこの場をなごませようとだな……」

 椅子の上で腰をかがめて娘に蹴られた右すねを手でさすりつつ、リドルが弁解するように言うが、ステファニーの方は怒りと羞恥をかき混ぜたような表情のままだ。

「なにが『和ませよう』よッ。みんなどん引きしてるわ! お父様、バカ国王に耐性のない客人に我が国の恥をさらさないでください」

「いやいや、アテネから来たのなら、その少年はバカ国王に耐性があるだろう? アテネ国王ラバートはさらにストレートな変態だぞ。なあ?」

 突然、答えにくい内容に同意を求められて、ダーンは少々狼狽する。

「いや。その……私の口からはなんとも……」

「あー、ずるいぞ貴様。――――さては、このままこのノリで盛り上がったあげく我が娘にすねを蹴られるのを恐れているな? アテネの王族に連なる貴族アルドナーグ家の男が、そんなに殊勝なモノかよ。もっと本性を現して貴様も蹴られろ! 自慢じゃないがめっちゃ痛いぞ」

「いえ、その。お言葉ですが、自分もだいぶ蹴られていまして……正直おなかいっぱいです」

「ちょおッーと! なんだって、今そんなこと報告してんのよッ」

 ガタリと椅子をならして、ステフが立ち上がりダーンに抗議する。

「いや……実際にけっこう蹴られて……」

「それは、ダーンがいやらしい変態行動をするからよッ」

「いやいや……変態行動ってなんだよ? つーか、そういうのをここで言うかよ?」

 ダーンも立ち上がって、ステフと面を向かって抗議し始めた。

「ちょっと……二人とも落ち着いて……」

 唯一、冷静だったルナフィスが止めに入ろうとするが……。

 視線を交錯させたダーンとステファニーは、肩を怒らせてそのままお互いに詰め寄ったが……。
 不意にリドルが吹き出して、高らかに笑い始める。

「ハッハッハッ……仲の良いことで何よりだな、お前達。何を遠慮しているのか知らんが、面と面を合わせりゃ、ケンカくらいはできるじゃないか」

 リドルの言葉に、我に返ってお互い目をそらし、羞恥で顔を赤くする二人。

『面倒くさい年頃ですからね……』

 ステファニーの胸元で、ソルブライトがため息交じりに念話を飛ばす。

「おお、久しぶりだな、ソルブライト。元気にしていたか?」

『この状態でさて、何を元気と言うかは難しいですが、それなりに……。あなたもあいかわらずですね、リドル』

 リドルの言葉にソルブライトがなにやら懐かしそうに応じているのを聞いて、ダーンはふと思い当たる。

 そう、ステファニーの母親、蒼の聖女と呼ばれた英雄レイナーはソルブライトの以前の契約者だ。
 と、いうことは、父親である目の前のリドルも面識があっていいはずだ。


――いやまてよ。


 四英雄の最後の一人は確か《閃光の王》だったはず。

 リドルが持つこの存在感からして、ダーンの知る養父にして英雄のレビンに全く引けをとらないのだ。

 このアーク国王リドルこそ、四英雄の一人《閃光の王》に違いない。
 
 ダーンが心中でそんな風に結論づけたところで、リドルが再び真面目な表情に戻って、口を開き始める。

「まあ、冗談はこのくらいにして……。ルナフィス、そなたの処遇については俺がどうこうするつもりは毛頭ない。当事者のステフが五体満足で無事な上、先の戦闘では力になってくれたと聞く。そして、ステフ自身がそなたに対してなんら遺恨を持っておらんしな」

「その、なんと言いますか……お心遣い、感謝します」

 ここまでのやりとりであっけにとられていたルナフィスは、なし崩し的にリドルの言葉を受け入れる。

「うむ。それと、そこの二人……いつまで突っ立てるか。さっさと座るがよい。お前達の話はお前達で決めるといいが、今はそのへんにしてもらおうか」

「……自分からけしかけたクセに、さすがは陛下、見事な無責任っぷりです」

 スレームがため息交じりに言い、リドルはとぼけて茶をすすり始めた。

「ごめんなさい」

 目を背けたまま小さく謝罪を言い、ステファニーは着座する。

「いえ、こちらこそ申し訳ありません」

 ダーンも小さく謝罪を述べてそのまま着座し、改めてリドルの方に向き合うと、リドルもろんげにこちらを眺めていた。

 その瞬間――――


――グッ!!


 黒曜石の瞳と視線が合った途端に、ダーンの心臓が締め付けられる。


「……ふう。少年、老婆心からの忠告だ、軽く耳にするだけで良い。……たとえ不意に巡った僅かな好機も逃さないことが重要だ」

 そう意味深に発言するとダーンから視線を外し、スレームの方にリドルは顔を向ける。


――なんだ? 視線を合わせただけだぞ……。養父オヤジだって、こんな感じにはならなかったのに。


 視線が外れたことで、凄まじい重圧から解放されたダーンは胸をなで下ろしつつ疑問を深める。

 恐らく、リドル国王は四英雄の一人《閃光の王》に違いないだろう。

 だが、妙だ。

 ダーンは、同じく四英雄の一人《龍殺修士》レビン・カルド・アルドナーグの養子であり、彼にかなり厳しい稽古もつけられたことがある。

 養父レビンは確かに圧倒的な実力を誇り、闘神剣を修め相当な実力をつけた今でも、ダーンはレビンには及ばないと思っている。

 しかし、そんなレビンからでさえ、このような次元の違う力の格差を感じたことはない。

 あるいは、実の娘が色々と絡んでいるためか、様々にくらい感情が交ざっているせいだとも考えられるが。
 それにしたって、あからさまな殺気がこもっているようなモノでもないし、ここまでの負荷を感じるのは不可思議だ。

 なるべく心の動揺を顔に出さないようにしていたが、それでもげんな表情が滲み出てしまうダーン。

 その彼を尻目に、リドルはスレームに指示を出す。

「とりあえず、貴公らとの謁見がこのような場所でなければならない事情を説明させよう。スレーム、任せて良いかな」

「ええ、仰せのままに、陛下」

 スレームは少しいたずらっぽい声でわざとらしく丁寧に応じると、そのままアーク王家の内情について淡々と話し始めるのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...