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序章 朴念仁を取り巻く環境~宮廷司祭と駄目男~
第四話 調教1~アテネの聖女~
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アテネ王宮の中に、王国内で広く信仰されている主神《デウス・ラー》の教会がある。
その教会の組織体制は、
最高権限者たる大司教が一人
その下に三人の宮廷司祭
修道士の数は六七名。
三人の宮廷司祭の内、最も若い――十七歳の女性司祭が管理する控え室でのことである。
訓練の後始末が終わり、私服に着替えたナスカの前に宮廷司祭の笑顔があった。
「真人間を目指すための人間矯正装置? なんだ、これ」
笑顔の宮廷司祭ホーチィニ・アン・フィーチが持ってきた《理力器》の説明書。
その表紙に書かれた文字列を読んだナスカは、彼女の笑顔と眼前の《理力器》に一抹の――いや、自身の人間としての尊厳が失われそうな不安を覚える。
「ナスカには、私と並び立つ男性にふさわしい《アテネの聖人》を目指してもらおうと、祖母のツテを使ってアーク王国王立科学研究所に作ってもらったの。生まれ落ちて二十年、ようやく人間をやり直す刻が来たのよ、エロ隊長殿。……やり直せないのなら、むしろその人生を終わらせる方がいいと思う」
背中まで伸びたストレートの黒髪を、うなじのところで赤いリボンを使い纏めた少女は、アテネ王国宮廷司祭にして、《アテネの聖女》とまで謳われている。
そんな聖女は、本当に屈託の無い笑みを浮かべ、しれっ……と柔らかな澄んだ声で物騒なことを口にした。
その彼女の手元から、怪しげな《理力器》を二人の女中が受け取り、手際よく端子をはめ合わせたりして怪しげな装置を組み立て始める。
カチャカチャと妙に不安をかき立てる耳障りな音。
それを聞きつつ、今回の《天罰イベント》の内容が気になり出すナスカであった。
――オレも漢だ! 三つも年下の彼女にいいように扱われてばかりではない。
『漢』の定義とか価値観が、微妙に不可解な方向にベクトルを持つナスカは、
「人生を終わらせる? オレはお前の腹の上で死ぬと約束したはずだぜ……。オレが天に召されるのに協力してくれる気になったのかな? もっとも、お前の方がオレの腕の中で、天国に逝っちゃうかもしれないが」
とセクハラ全開の腹上死宣言。
決まったぜオレ! と言わんばかりの小さなガッツポーズをとる《駄目男》の背中は無防備だった。
その背に女中が上着の裾から手を突っ込み、ゼラチン質の粘着面を持つ、こぶし大の白いパッドを貼り付ける。
背中の嫌な冷たさで、あわや増大した不安が表情に出そうになるナスカ。
そんなナスカに、涼しく澄ました表情のホーチィニが静かに近づき視線を合わせる。
「全裸は寒いだろうから、せめてナスカ……愛する貴方にだけは、針の筵で作った暖かな毛布を掛けて、思いっきり抱きしめてあげる」
長いまつ毛の奥――黒く澄んだ瞳に光る涙を浮かべ、両手を胸の前に組みつつ神に誓うように告げる。
その見た目は、間違いなく『聖女』だ……黙っていればだが……。
「お前の愛は刺さるんだな……随分と痛い愛情表現だ」
力なく話すナスカは冷や汗を額に浮かべつつ、司祭の濡れた瞳から逃れるように視線を外す。
「貴方の人間性ほど痛くはないつもり……」
ホーチィニは背伸びをしてナスカの両頬を両手で挟み、逃れた視線を強引にこちらへ向かせる。
その姿だけ見れば、彼女が口づけを迫って顔を寄せているようにも見えるが……。
「なに? そのままチュウとかすんの?」
軽口をたたくナスカ、だが冷や汗が玉となって顎先から滴る。
その足下の背後から、女中がやはり白いパッドを両足首に貼り付けた。
「ごめんね、今、口の中に毒薬入ってないの」
やはり柔らかな笑みを絶やさない宮廷司祭。
「今度お前とキスするときは、遺言状を用意しておこう」
「遺言なんていらないわ。だって、死ぬほど苦しんだ後に私が信仰術で蘇生して、意識が戻ったらまた毒殺・蘇生って、それを何度も繰り返してあげるもの」
「…………。今回のありがたい天罰とやらがそれで無かったことは喜ぶべきかな、悲しむべきかな?」
「あら、今の罰じゃなくてご褒美でしょ。私と濃厚なキスが何度もできるのだから」
うっとりとして柔らかで甘い声を出すホーチィニの黒い瞳。
その瞳に、ナスカの両こめかみに小さなセンサー様のものが貼り付けられる光景を映していた。
「それで……この会話の合間に女中さん達がオレの体にいろいろ貼り付けてるこれ、なんなの?」
最後に、腰のベルトに取りつけられた本体部と思わしき、黒く四角い物体を指さすナスカ。
「説明書のとおりだけど」
ホーチィニに手渡されていた説明書を読むと、
『この理力器は、貴女の大切な《駄目男》を真人間に矯正するために、アーク王国王立科学研究所が威信にかけて開発したものです。
頭部にあるセンサーが、《駄目男》の脳波を計測、破廉恥で邪な劣情を催すと、全身に取りつけたパッドから高圧の低周波電流が流れ、全身の筋肉を痙攣させ激痛を与えます。
《駄目男》が、劣情=激痛という条件反射を覚えるまで装着し続ければ、きっと真人間に一歩近づくか、棺桶に足を突っ込む一歩手前くらいになるでしょう。
――制作・説明 アーク王国王立科学研究所長 スレーム・リー・マクベイン
追伸、過失致死も立派な犯罪だから、ナスカ以外に使っちゃ駄目よ』
「お前の婆さんの手書きじゃねーかッ! 最後の一文特に気になるぞ、おい!」
ナスカは笑い顔のまま涙を滲ませ叫びつつ、手にした説明書を引きちぎる。
「ん……それじゃあ、天罰イベント開始ね。今回は貴方が真人間になれるかもしれない大事なイベントだから……恥ずかしいけど、私も協力するわ」
少し頬を赤く染めたホーチィニは、恥じらいつつ語尾をかすれさせた。
彼女は恥じらう素振りでナスカの目元に黒いアイマスクを掛ける。
さらに、女中が素早く彼の両手首に頑丈な手錠をかけた。
その教会の組織体制は、
最高権限者たる大司教が一人
その下に三人の宮廷司祭
修道士の数は六七名。
三人の宮廷司祭の内、最も若い――十七歳の女性司祭が管理する控え室でのことである。
訓練の後始末が終わり、私服に着替えたナスカの前に宮廷司祭の笑顔があった。
「真人間を目指すための人間矯正装置? なんだ、これ」
笑顔の宮廷司祭ホーチィニ・アン・フィーチが持ってきた《理力器》の説明書。
その表紙に書かれた文字列を読んだナスカは、彼女の笑顔と眼前の《理力器》に一抹の――いや、自身の人間としての尊厳が失われそうな不安を覚える。
「ナスカには、私と並び立つ男性にふさわしい《アテネの聖人》を目指してもらおうと、祖母のツテを使ってアーク王国王立科学研究所に作ってもらったの。生まれ落ちて二十年、ようやく人間をやり直す刻が来たのよ、エロ隊長殿。……やり直せないのなら、むしろその人生を終わらせる方がいいと思う」
背中まで伸びたストレートの黒髪を、うなじのところで赤いリボンを使い纏めた少女は、アテネ王国宮廷司祭にして、《アテネの聖女》とまで謳われている。
そんな聖女は、本当に屈託の無い笑みを浮かべ、しれっ……と柔らかな澄んだ声で物騒なことを口にした。
その彼女の手元から、怪しげな《理力器》を二人の女中が受け取り、手際よく端子をはめ合わせたりして怪しげな装置を組み立て始める。
カチャカチャと妙に不安をかき立てる耳障りな音。
それを聞きつつ、今回の《天罰イベント》の内容が気になり出すナスカであった。
――オレも漢だ! 三つも年下の彼女にいいように扱われてばかりではない。
『漢』の定義とか価値観が、微妙に不可解な方向にベクトルを持つナスカは、
「人生を終わらせる? オレはお前の腹の上で死ぬと約束したはずだぜ……。オレが天に召されるのに協力してくれる気になったのかな? もっとも、お前の方がオレの腕の中で、天国に逝っちゃうかもしれないが」
とセクハラ全開の腹上死宣言。
決まったぜオレ! と言わんばかりの小さなガッツポーズをとる《駄目男》の背中は無防備だった。
その背に女中が上着の裾から手を突っ込み、ゼラチン質の粘着面を持つ、こぶし大の白いパッドを貼り付ける。
背中の嫌な冷たさで、あわや増大した不安が表情に出そうになるナスカ。
そんなナスカに、涼しく澄ました表情のホーチィニが静かに近づき視線を合わせる。
「全裸は寒いだろうから、せめてナスカ……愛する貴方にだけは、針の筵で作った暖かな毛布を掛けて、思いっきり抱きしめてあげる」
長いまつ毛の奥――黒く澄んだ瞳に光る涙を浮かべ、両手を胸の前に組みつつ神に誓うように告げる。
その見た目は、間違いなく『聖女』だ……黙っていればだが……。
「お前の愛は刺さるんだな……随分と痛い愛情表現だ」
力なく話すナスカは冷や汗を額に浮かべつつ、司祭の濡れた瞳から逃れるように視線を外す。
「貴方の人間性ほど痛くはないつもり……」
ホーチィニは背伸びをしてナスカの両頬を両手で挟み、逃れた視線を強引にこちらへ向かせる。
その姿だけ見れば、彼女が口づけを迫って顔を寄せているようにも見えるが……。
「なに? そのままチュウとかすんの?」
軽口をたたくナスカ、だが冷や汗が玉となって顎先から滴る。
その足下の背後から、女中がやはり白いパッドを両足首に貼り付けた。
「ごめんね、今、口の中に毒薬入ってないの」
やはり柔らかな笑みを絶やさない宮廷司祭。
「今度お前とキスするときは、遺言状を用意しておこう」
「遺言なんていらないわ。だって、死ぬほど苦しんだ後に私が信仰術で蘇生して、意識が戻ったらまた毒殺・蘇生って、それを何度も繰り返してあげるもの」
「…………。今回のありがたい天罰とやらがそれで無かったことは喜ぶべきかな、悲しむべきかな?」
「あら、今の罰じゃなくてご褒美でしょ。私と濃厚なキスが何度もできるのだから」
うっとりとして柔らかで甘い声を出すホーチィニの黒い瞳。
その瞳に、ナスカの両こめかみに小さなセンサー様のものが貼り付けられる光景を映していた。
「それで……この会話の合間に女中さん達がオレの体にいろいろ貼り付けてるこれ、なんなの?」
最後に、腰のベルトに取りつけられた本体部と思わしき、黒く四角い物体を指さすナスカ。
「説明書のとおりだけど」
ホーチィニに手渡されていた説明書を読むと、
『この理力器は、貴女の大切な《駄目男》を真人間に矯正するために、アーク王国王立科学研究所が威信にかけて開発したものです。
頭部にあるセンサーが、《駄目男》の脳波を計測、破廉恥で邪な劣情を催すと、全身に取りつけたパッドから高圧の低周波電流が流れ、全身の筋肉を痙攣させ激痛を与えます。
《駄目男》が、劣情=激痛という条件反射を覚えるまで装着し続ければ、きっと真人間に一歩近づくか、棺桶に足を突っ込む一歩手前くらいになるでしょう。
――制作・説明 アーク王国王立科学研究所長 スレーム・リー・マクベイン
追伸、過失致死も立派な犯罪だから、ナスカ以外に使っちゃ駄目よ』
「お前の婆さんの手書きじゃねーかッ! 最後の一文特に気になるぞ、おい!」
ナスカは笑い顔のまま涙を滲ませ叫びつつ、手にした説明書を引きちぎる。
「ん……それじゃあ、天罰イベント開始ね。今回は貴方が真人間になれるかもしれない大事なイベントだから……恥ずかしいけど、私も協力するわ」
少し頬を赤く染めたホーチィニは、恥じらいつつ語尾をかすれさせた。
彼女は恥じらう素振りでナスカの目元に黒いアイマスクを掛ける。
さらに、女中が素早く彼の両手首に頑丈な手錠をかけた。
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