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第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
第七話 迫り来る脅威
しおりを挟む落下してきたのは、大きな金属の棒だった。
長さは二メライ(メートル)程度で、太さは子供の身体くらいのものだ。
その鈍色の金属柱は、ナスカ達が先ほどまでいた辺りに十数本降ってきて、土の上に刺さっていく。
金属が土砂を強引に掻き分ける耳障りな轟音とともに、濛々と土煙が立ち上り、林の清涼感溢れる閑静さが騒々しさに押し退けられた。
林の木々から、羽を休めていた鳥たちが一斉に飛び立って逃げる。
「なんだ? これは」
立ち籠める土の匂いの煩わしさから眉間にしわを寄せて、これ以上、上空からの落下物が来ないことを確認しつつもダーンは呻いた。
「槍? いや違うな」
ナスカは腕の中で羞恥に顔を真っ赤にしているホーチィニを地面に立たせて下ろし、一応腰に提げた長剣を抜いた。
傭兵として培ってきた感覚を研ぎ澄ませ、周囲を索敵すると――――後ろか!
後方に秘匿した気配を感じ、素早く振り返る。
すると、その気配は突如秘匿することをやめ、圧倒的な存在感を孕む闘気の塊となってこちらに急接近してきた。
その早さで風を巻き周囲の木々の枝を揺らし、巨大な斧を右手に掲げ、圧倒的な膂力で大地を蹴り、その巨体を無造作に加速させて怒涛のごとく迫る。
それは、光沢のある黒い剛毛に巨大な筋肉質の全身を包んだ人狼だった。
「チッ、やっかいな相手だぞ」
舌打ちと共に、剣を正中に構えたナスカの後方で、仲間達も慌てて各々の得物を準備する。
人狼はナスカの前方約十メライの遠間に停止すると、大きく息を吸い込んで、こちらに咆哮した。
「くッ……」
圧倒的な威圧感を含む人狼の咆哮に、ダーンは怯みかけたが、抜いた片刃の長剣を両手で固く握り直し、闘気を高め始める。
「グフフフッ。一人くらいは減るかと思っていましたが、なるほど……他にも結構な手練れが揃っているようですな」
人語を話す人狼は、愉快そうに肩をふるわせた。
その様子に、ナスカたちも少しだけ意表を突かれる。
その凶暴な風貌から、まさか人との会話ができるとは思っていなかったからだ。
「いきなり攻撃してくる割には、言葉遣いが丁寧だな。……そんで、オレらになんか用か?」
構えた長剣を一度右手だけに持って剣先を下げるナスカ、その彼にゆっくりと人狼は近づきつつ、もっていたハルバートを一度下げた。
「個人的な興味ですよ剣士殿。我ら魔力合成により生み出された種族は、そもそも戦うために存在するのです。詳しい経緯は話せませんが――別の用件でこちらにある方のお供として来ていたのですが、人間にしては驚くほどの手練れがいる気配を感じましたのでね。主にお許しを頂いて馳せ参じた次第です」
「合成種族……」
ホーチィニが呻く。
合成種族――――
魔力により種族の異なる生物を数種類掛け合わせて合成した生物。
魔竜戦争の末期に魔竜軍が戦力増強のため生み出した禁断の技術だ。
掛け合わされる種族の中には、捉えられた人間も含まれていたという。
「ただ戦ってみたいだけかよ……愉快な思考回路をお持ちだねぇ。ところでアンタに質問だ。さっきウチの飛空挺に石ころ投げてきたのはアンタか?」
ナスカの質問に人狼は「いかにも」と首肯する。
「なるほどね……。とんでもない怪力の持ち主だが、はっきり言って運がねぇな。いいか、あの飛空挺にはホーチが乗っていたんだぜ」
「え?」
ナスカの言葉にきょとんとするホーチィニだったが、人狼はなにやら得心したようで、軽く笑みを噛みつぶすように鼻を鳴らし、
「それは悪いことをしましたな。非礼が過ぎたようです」
「ほほう……アンタちったあこういうことがわかるよーだな。じゃあ覚悟しろよ狼野郎。オレの女が危うく死にかけたんだからなっ。その上、このお澄まし司祭が、か弱い少女っぽく悲鳴挙げるわ、涙滲ますわ……終いにはちょっとチビるわで……まあその辺ちょっと感謝……」
「ななな何言ってんのよッ!」
湯気が上がりそうなほど顔を真っ赤にして、怒声を差し込むホーチィニだったが、咄嗟のことだったのか、いつもの強烈な一撃が出なかった。
そんな彼女に軽く意地の悪い笑みを向け、ナスカは自らゆっくりと、人狼の方に歩み寄り間合いを詰めていく。
「グフフッ……お互い戦う気合いは充分と言うことで、結構なこと。名乗りが遅れて恐縮ですが、我が名はディンと申す」
「戦い前の名乗りとは古風だねぇ……オレはアテネ王国傭兵隊長ナスカ・レト・アルドナーグだ。冥土の土産にでもしてくれ」
「アルドナーグ……あの竜殺修士のご子息であったか。なるほど心躍る戦いとなりましょう。がその前に……」
人狼が父の渾名を口にしたことに、少しだけ眉を吊り上げたナスカ。
その様子を視界に捉えていた人狼は、一度言葉を切って、背後のベルトから何かを取り出した。
背後から正面に持ってきたその左手には、赤くきらめく宝玉を設えた錫杖が握られている。
「全軍展開。個々に近接する対象を攻撃せよ」
人狼の言葉と共に錫杖の宝玉が輝き、ナスカ達の背後、先ほど上空から降り注いだ金属柱が異質な音を発し始めた。
背後の異変に、人狼から最も離れ――言い換えれば、異音を発し始めた金属柱に最も近い位置にいたダーンが警戒を顕わにし、金属柱に剣先を向ける。
「なんだ? 何をした?」
人狼を警戒し背後を覗えないナスカに、ディンは不敵に笑い、
「主から預かった借り物の軍勢です。なかなか手強いようですから油断なきよう。私と剣士ナスカ、貴殿との心ゆくまでの戦いに水が差さないよう、他の方々にはあれらのお相手をお願いしましょう」
金属柱は数にして十三本あった。
それらは、耳障りな金切り音を立てつつ形状を歪ませ、一度球状に変形した後、鈍く光って人型に形成していく。
「金属製の……兵士か? くッ……数が多い……」
呻くダーンの視界には、左手に円形盾、右手に曲刀を手にし、表情のない同じ顔をした全身甲冑姿の兵士が十三体現れる。
現れた金属製の兵士達と、すぐ背後で身構える弓兵と鞭を持つ宮廷司祭を見比べて、舌打ちするダーン。
中距離以上が攻撃範囲の女性陣に敵兵士を不用意に近づけさせないために、蒼髪の剣士が素早く前に躍り出る。
すると金属製の敵兵士達は、太陽の輝きを不吉な鈍色に照り返しつつ、最も接近しているダーンへと一斉に襲いかかるのだった。
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