37 / 165
第二章 神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~
第十話 漢、神秘に触れて奮い立つ!
しおりを挟む左肩と左肘に激痛が走った。
人狼の強烈な一撃は、その重量と速度による物理的な威力で大地を抉り、音速を超えて得た衝撃波を孕んでいたため、それが炸裂して土砂を巻き上げる爆発を起こした。
その瞬間、咄嗟に後方へ思いっきり飛んでいたナスカだったが……。
人狼の戦斧は彼の左肩付近を通過した際には既に音速を超えていて、そのブレード部から音速を超えたことによる衝撃波がナスカの左肩を傷つけていた。
そして、はじけ飛んだ石礫がナスカの左肘に直撃し、ちょうど当たった場所が悪く、肘関節に損傷を与えている。
「ヒビくらいは入ったか……」
苦痛に表情をゆがめながら、自分で飛び退いたのと大地の爆発にはじけ飛んだ勢いで、ナスカは大きく人狼から離れる形で吹き飛び、宮廷司祭のすぐそばの大地に背中から落ちた。
「ナスカ、大丈夫?」
背中をしたたか打ったナスカに向かって声をかけてくるホーチィニだったが、彼女も、金属兵達の牽制に鞭を振るい続けており、助け起こすどころか視線すら向けられない状況だ。
一方、強烈な一撃を放った人狼は、自らが作り出した直径三メライ(メートル)程度のクレーターの向こうで、戦斧を構え直し余裕の表情でこちらを覗っている。
「ああ……とんでもねぇな、あの野郎……痛ッ、ああ畜生ッ。ちっとばかし腕痛めたんで、ちょっと救急キット借りるぜ」
「え?」
疑問調の声を漏らす宮廷司祭のスカート、その右ポケットにナスカが無遠慮に右手を突っ込んだ。
「ひヤぁッ……んっ……馬鹿ッ……こらああああ! ちょッ……ソコ……っやだぁ」
ちょっと深く手を突っ込み過ぎたナスカの指先、その感触にホーチィニが素っ頓狂な声を漏らし、身体を妙にくねらせる。
そのせいで、彼女の振るっていた鞭が不規則にうねり、結果運良く金属兵をはじき飛ばしていた。
「おっ……あったあった」
右手に白く小さな平たい瓶を持ったナスカが、ホーチィニのポケットから手を抜く。
その瓶の中身は、数種類の薬草を練り混ぜて、信仰術で効果を高めた軟膏だった。
ハーブ系の臭気を放つ草色の軟膏を左肘に塗り込むナスカを、涙目のホーチィニが睨んでくるが、その彼女に片目を瞑って、ナスカは右手の中のものを彼女だけに見える様にした。
「くッ……後で覚えてることね……絶対に天罰下すんだから……」
「おお……怖ぇ。んじゃあまあ、行ってくるわ」
立ち上がり、ホーチィニの耳の後ろに顔を近づけたナスカは、囁くように
「……無理しない程度に、少しだけアレを使うが許せよな。後でちゃんと天罰受けてやっからさ」
軽く耳たぶに唇を触れて、直後に耳を真っ赤にさせたホーチィニの背を軽く左手でたたくと、長剣を構え直し、ナスカは再び人狼の元に駆けだしていった。
☆
ナスカが再び人狼の元に近づくと、人狼はバックステップして数メライ後方へ下がった。
その動きを見て、ナスカは人狼の作り出したクレーターを飛び越え、動きを止めた人狼の間合い手前に立つ。
ナスカが長剣を右手で構え直すと、人狼はふと表情を緩めた。
「ん? なんかおもしろいものでも見つけたかい?」
人狼の表情にナスカが訪ねると、人狼は軽く肩を上下に揺すり、
「いえ……本当に愉快な方だと思いまして。そして賞賛に値する男ですな……。あの宮廷司祭の動き、先ほどは力みすぎていて狙いが直線的でしたが、貴方に何かされた後、妙な力みがなくなって鞭の動きもなめらかになっていますね。何か私の知らない術式でも使ったのですか?」
人狼の言葉に、ナスカは軽く鼻で笑う。
「別に特別なコトしてないぜ、オレ。……単に、軟膏もらうついでに、ポケットの薄い布地越しに神秘の柔らかさを確かめてきただけだぞ……。
あ、そうだ! 一点訂正するが、流石にチビっちゃいなかった」
ナスカの後方で、金属兵数体が衝撃波に撃たれて派手に吹っ飛び、「うわッ……司祭様ッ、そんなにいっぺんに吹っ飛ばしちゃうと弓で狙えない……っていうか、ダーン、今の鞭よく躱せたねぇ」というエルの驚嘆が轟音に混じって聞こえた。
ナスカは気まずい汗を頬に伝わらせつつ聞こえなかったことにする。
「グフフフッ……それで、よろしいのですかな? そのような軟膏を塗った程度では、その左肘、まともに動くとは思えませんが」
「ああ、それなら心配いらねぇよ。大丈夫になったからここにいるんだぜ。……いいか人狼よ」
ナスカは一端言葉を切り、すうっ……と大きく息を吸い込み、左手の人差し指で人狼を指し示すと――――
「漢ってのはなァ、いい女の身体に触れると色々元気になんだよッ! そりゃあもうッ猛烈になあッ!
ウチのホーチはちっと足りない部分が上半身にあるけども、ケツとか太ももは完璧にイイんだ!
どうだ、うらやましいかこの野郎ッ」
背後に猛々しい炎を吹き上げさせるような勢いで言い放った。
☆
笑顔のまま額に青筋立てた宮廷司祭は、鞭の動きを更に複雑に加速させつつ告げる。
「はい、皆さん……これ以上《駄目男》に好きなようにさせると、『アテネの恥』が『人類の恥』に昇格しますよー。
いいですか、目の前の金属人形なんかサッサと片づけて、可及的速やかに本気で『躾け』に入りたいので協力して下さい」
宮廷司祭の冷ややかな言葉の後、心なしかダーンの剣戟の速度が増し、その剣戟と唸る鞭に弾かれた二体の金属兵の急所に、エルの弓矢がクリーンヒットした。
☆
「言葉の意味はイマイチよく理解できないのですが、貴方の発言のせいか、お仲間の連携がより強靱になっておりますな」
すこし不可解そうな人狼の言葉に、ナスカは生唾を飲みこみ、
「あ……ああ。……その、あとがスゲェ怖いけどな。くそッ、調子に乗り過ぎちまったぜ」
ナスカは取り敢えずわざとらしい咳払いを一つして剣を構え直すと、応じるように人狼も両手で戦斧を構え直した。
「とにかく……そろそろ戦闘再開だ。今度はギリギリまでマジに行かせてもらうぜ」
ナスカの闘気がふくれあがっていく。それは人とは少し異質な雰囲気を醸し出していて、持っている長剣が微かに輝きを増している様だった。
「望むところです」
対峙した二人は、一気に周囲の空気を硬質化させて、剣と斧が激しい斬り合いを始めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる