超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第二章  神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~

第二十八話  狂戦士

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 ナスカとホーチィニの生存を確認できたことに胸を撫で下ろしつつ、ダーンは警戒したまま人狼に視線を移した。

 人狼は持っていた戦斧を地面に投げ出していて、どうやら戦闘続行の意志がないようだが、よく見れば、人狼の肉体は胸部に致命傷としか思えない大穴が開いている。

「ナスカがやったのか……それに、これは……」

 呟きつつ、ダーンは周囲に散らばる凍り付いた肉片を見渡す。

 ここに接近する際、魔物のものと思しき《魔》の波動を感じていたが、それが急に途絶えた。

 ナスカかホーチィニのどちらかが、魔物を始末したと予測していたが、この凍結した肉片や未だ辺りに漂う冷気から、強力な凍結系の術が発動したようにも思える。

 だが、エルが妖精の力を解放した時のような特別な気配や、信仰術などの法術が発動した気配を感じなかった――だとすると……。

 ダーンは視線をナスカの胸で泣きじゃくる宮廷司祭の足下に移した。

 複雑に骨折していたと思われる、彼女の右足が淡く白銀に発光している。

「ホーチィニさんも《超能力者サイキッカー》だったのか」

 ダーンの呟きに、ホーチィニの髪と、どさくさに紛れてしっかり彼女のおしり辺りを撫でていたナスカが、肩をすくめて首肯した。

「ま、オレもそこそこ、やっかいな闘気をコントロールする程度には使えるがな……。カリアスから教わったろ、サイキックについて」

 ナスカの言葉に、ダーンも肩を竦めるしかなかった。

 今となっては、なるほど納得のいくことは多々あるような気がしていた。

 ナスカが戦闘などで――たまに強烈な鞭の一撃を受けた場合も含むが――ちょっとした怪我をしていた時に、ホーチィニが軽く触れる程度で治癒していたのを見たことがある。

 信仰術についての知識がなかったダーンは、これまで、彼女が司祭としての力で彼の治療をしていたとばかり思っていたが、知識を得た今のダーンならば真実を見抜ける。

 あれは信仰術ではなく、《治癒ヒール》のサイキックだったのだ。

 ただ、自分以外の者に《治癒ヒール》を効果的に使うには、特別な条件が必要なのだが。


――ま、あの二人の仲だし……あえて考えるのもどうかと思うなあ……。


 ダーンは、一応抜刀したまま、今度は戦斧に背を向けその場に座り込んでいた人狼に近づくと、人狼の方もこちらを見上げてきた。

「……昼間とは別人のようですぞ」

 人狼の言葉に、ダーンは苦笑しながら納刀し、

「もう戦う意志はないみたいだが、お前はこれからどうする気なんだ?」

「ここで死を待つだけです。剣士ナスカから受けたこの傷は、たとえそこの司祭の法術でも癒えることはありませんからな。心臓の代わりに血液を送り込もうとしている全身の筋肉が、間もなく疲労して限界を迎えます」

「そうか……」

「できれば……今の貴方とも是非、一戦交えたかったですが、残念です」

 人狼は言葉と共に闘志のこもった視線をダーンに向けた。

 その闘志に視線で応じつつ、ダーンは不敵に笑って見せる。

「こっちの台詞だよ……戦士ディン」

 本当に残念な気持ちを覚えつつ、ダーンはもう助からないであろう戦士からきびすを返した。

 思えば、この戦士が屈強だったのは、彼なりに戦う理由が強くあったからだろう。

 もしかしたら、戦うことで何かを守ろうとしていたのかも知れない。

 その理由を敵である自分たちが聞き出すのはというものだ。

 人狼から離れつつ、ダーンは日が落ちて星々が見え始めた空を見上げた。

 東の空には、まだ真円に近い月が昇りつつある。

 一つの戦いが終わったと、その場の誰もが感じていたその瞬間だった――――



 小さな赤い矢が音も無く、人狼の背中に突き刺さった。




     ☆




 突如背後に生まれた禍々しい《魔》の波動に、ダーンは戦慄のあまり呼吸が止まりかけた。

 振り返りざまに抜刀しつつ、《魔》の気配が立ちこめる人狼から間合いを空ける。

「グオオオオオオ――ッ?」

 ダーンの視線の先では、安らかに死を待つだけだった人狼が膝立ちになって天を仰ぎ、悲鳴にも似たほうこうを上げていた。

 その人狼の背後に、さらにまがまがしい気配をまとう人影が、空間に波紋を伝わせつつ姿を現すと、ダーンの耳に不快な印象を覚える含み笑いが聞こえてくる。

「クククッ……そぉんなに戦いたいのなら、私が手助けしてあげてよ」

 突如現れたその人影は女の姿だった。

 流血のごとき赤い髪、死の冷たさを彷彿させる白すぎる肌、やはり血のイメージを与える深紅の口紅……。

 容姿は美しい女性であるのに、見る者に禍々しさと身の毛のよだつ死の冷たさを感じさせる女。

 紫色の瞳は、自分以外のすべてをべつしているかのようだった。

「貴様……何者だ?」

 急速に禍々しい《魔》の波動を増大させ、その身を掻きむしるようにして苦しみ続ける人狼の姿に注意を残しながら、ダーンは剣先を赤い髪の女に向けきつもんする。

「フンッ……お前のような下郎に聞かせてやる名前などないわねん。群れて地上を這い回るだけの人間風情が、この私の姿を目にして、この声を聞けるだけでも光栄の極みと知ればぁ?」

 赤い髪の女は、まるで汚物を見下すように不快を露わにしつつ、言葉を吐き捨てた。

「グウウウぅぅ……グレモリー、こ……この私に……あの矢をッ……ぅグぅぅぅぅぅッ!」

 苦悶の表情で、人狼は赤い女の方に睨み付け、しやがれた声で言う。

 その姿を歪んだ愉悦を露わにして、女は満足げに見下ろした。





「アハハハハッ……狼くん、その剣士とやり合いたいんでしょうぅ。だからぁ、私のけつさく魔法でその願いを叶えてあげるわ。あなた達に渡した玩具おもちやとは比較にならないほど素敵に編み込んだ特別品よぉ……ありがたくちようだいしてねン」

 妖艶な仕草で、女は片目をつぶってみせると、その眼前で、人狼の肉体が一気に変化した。

 胸の傷跡からドス黒い血があふれ出し、その血が大地に落下することなく、人狼の身体全体を包み込むと、瞬間的に凝固する。

 赤黒いまゆのように人狼の肉体を覆うと、やがて内部で不気味に脈打ち始めた。

 心臓の鼓動のように響いてくる鼓動が腹の底から不安をわき上がらせ、「ドクンッ……ドクンッ……」とダーンのまくを震わせる。

「何をしたんだ?」

 問いただしつつ、ダーンは臨戦状態にまで闘気を練り上げていく。

 達人の域をはるかに超越するばくだいでいて、徹底的に洗練されたその闘気に、赤い髪の女が意外な掘り出し物を見つけたかのように口笛を吹くと、

「あらあら……ワリとまともに強そうなヤツがいるものねぇ、この地上にも。これはなかなか見応えある見世物となるかしらン。そこの狼君も、魔竜共のチンケな魔力合成では大した戦力じゃなかったけど……真の魔導で調整してあげれば、ハイ、このとおり……」

 女がパチンと指を鳴らすと、それに呼応するように、人狼をつつんでいた血のまゆが肥大化して三倍ほどの大きさに成長する。

 その異形に、もはや言葉もなくかたを飲みこみ警戒をあらわにするダーン、その背後でナスカ達も険しい形相で見つめる中、やがて肥大化したまゆに亀裂が入っていく。

「異界の神とかいうやつかよ……チィッ……この状況じゃ……」

 全滅する……という言葉をかろうじて飲みこむナスカ。

 そのナスカに抱かれたままのホーチィニも微かに身を震わせている。
 
 傭兵隊の面々が焦燥するなか、割れたまゆの中から、かつての人狼を二回りほど巨体にした、赤黒い毛並みを持つ人狼姿の魔物が這い出してきた。




     ☆




 姿を現した魔物は、以前よりもはるかに巨体で毛並みの色も赤黒くなっていたが、その見た目よりも異様に変質したものがある。

 それはその身が纏う気配だ。

 全身が目眩めまいを覚えるほどに禍々しい《魔》の波動を放ち、妖しく光る赤いそうぼうは狂気と憎悪を象徴していた。

 半端に開かれたあぎとからは、濁った粘液を滴らせており、ホーチィニが発動したサイキックの影響がなくなり周囲の気温は元通りであるのに、熱を帯びたその息が白い煙となって風になびいている。

 ナスカの一突きが穿うがった胸部の傷は跡形もなく、赤黒い毛並みの下には、異形に発達した筋肉が隆々としていた。

 もはや人狼の戦士ディンの面影は一切なく、そこにあるのは、眼前の人間すべてを無差別に襲い喰らい尽くす狂気の魔物であった。





狂戦士バーサーカー……」


 人狼の変わり果てた姿を目の当たりにし、エルが震える声を絞り出すように呟いた。

「なんだ、それは?」

 エルの呟きに、ナスカが問う。

 その瞬間に、地面に落ちた戦斧を拾い上げた赤い巨体が蒼髪の剣士に襲いかかった。

 ダーンの剣が強烈な戦斧の一撃をさばき、金属同士の打ち合い擦れ合う轟音が辺りに響き渡る。

 その戦いに、とても参加できる状態ではないナスカが歯ぎしりするところへ、エルが少し呆然と赤い巨体を見つめながら言葉を続ける。

「実在しない……架空の……狂気を司る精霊が宿った戦士のこと。私の国に怪奇伝承として伝わる物語に出てくる……さつりくと破壊の限りを尽くす異形の魔物……まさに、あれは狂戦士バーサーカーそのもの」

「なるほどね……あんまいい話じゃねえみたいだな、それ」

 肩を竦めるナスカの言葉に、弱々しく「うん……子供の頃聞いて夜眠れなかった」と呟くエル。

「実在しない架空の精霊か……言い得て妙だな。世間一般には精霊なんてもの自体、実在も架空も無いんだが、さすが元・女王親衛隊」



「――――なんで……知ってんの?」

 一瞬息の詰まる思いをしつつ、絞り出すように問いかけて、妖精の血を持つ少女が傭兵隊長に視線を移せば、ニヤッと笑っているナスカの顔が瞳に映った。

「オレを誰だと思っていやがる……お前らの隊長様だぜぇ。隊員の素性ぐらいとっくに調査済みだ」

 自慢げに言い放つナスカ、その彼に寄り添う形で立っていたホーチィニが思わず苦笑いをこぼした。

 そのホーチィニも、そろそろサイキックによる自身の治療が終わる頃であったが、少し顔色が優れないでいる。

 少しふらつきかかっていたホーチィニの身体を、ナスカは器用に左腕で抱きかかえたまま、すぐそばで戦闘が始まっている状況にも構わない感じで、その場にあぐらをかいて座り込んだ。

 抱き寄せられている宮廷司祭の頬に、僅かに血の気が戻るのを視界の隅に納めながら、ナスカはさらに言葉を続ける。

「それに、王位継承権を拒否ってるとはいえ、オレの家も王族だからな、色々話は聞いてるし、ウチの不良国王にとついだのはブリティア女王の妹なんだ。……一応公式じゃ、素性がバレないように、わざわざアテネ国籍に変更した後に婚姻したらしいがな」

 さらりと他国と自分の故郷の意外な関係を聞かされたエルは、半ば錯乱しそうな気分になって、

「そ……そんなの初耳だしィ。じゃ、じゃあ、私が必死こいて隠し続けてきたことって……」

「あー、うん。……ご愁傷様」

「ひどッ」

「まあ、今はその話後な……オレが動けるまでもう少しかかる。いくら強くなったって、ダーン一人じゃあのバケモンはヤバイ。……頼むわ」

「うー……なんか無性にムカツク」

 エルは悪態を吐きつつも、その背に妖精の羽を展開し始めていた。
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