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第三章 蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~
第九話 無防備な少女と襲撃者の苦笑い
しおりを挟む夕方にあった戦闘――――
人狼と傭兵隊長ナスカの死闘。
その後突如現れた、禍々しい赤い髪をした女とその魔法の矢。
その矢に撃たれた人狼が《狼の魔人》に豹変したこと。
結局、傭兵隊の仲間と力を合わせてこの魔人を討ったこと。
そして、いまわの際に漏らした人狼最期の言葉。
ダーンの話を聞いたルナフィスは、強い不快をその美しい顔に露わとした。
「あの女ッ……八つ裂きにしてやりたいわ」
ルナフィスは忌々しげに吐き捨てる。
そのルナフィスを横目に見ながら、ダーンはふと思いふけった。
彼女は一体何者だろうか。
ステフを狙ってきたようだが、彼女を殺そうとまではしなかったところを見るに、どうやら、彼女を拉致するのが目的のようだが。
ステフは彼女を《魔竜人》だと言っていた。
そういえば、ステフは昨夜レイナー号が魔竜に襲われた際、その魔竜を撃退したという話だったが。
そのことが今回の襲撃と関係しているのだろうか。
傭兵隊長ナスカは、アーク王国の要人たる彼女を狙っているのは、アークと敵対するアメリアゴート帝国、そしてさらに裏がありそうだとも言っていた。
ステフを狙う者がいることは確かだとして、その者の正体を知りたい。
思い当たるのは、あの赤い髪の女だ。
あの女はナスカも言っていたが、恐らく『異界の神』たる者だろう。
カリアスの知識によれば、彼ら天使が守護する神界や人が住むこちらの世界とは全く異質で、かけ離れた場所に存在するのが『異界』と呼ばれる別世界だ。
そこは、恐ろしく広大で、様々な種族が抗争を繰り返しているらしいのだが、神界ですらその全容を把握していない。
そんな未知の存在が、この人間の世界に干渉しつつある。
その手段として、目の前の銀髪の女剣士や、魔竜の生き残りが利用されているのだろうか?
《魔竜人》は、異界の神との契約で竜としての肉体を失う代わりに人の肉体と魔力を得たという。
ならば、《魔竜人》達が異界の神に利用されるのもわかる気がするが。
しかし、実際に戦ってみて、ルナフィスが人と異なる存在とは、言われるまで気付かないだろう。
そもそも《魔竜人》を実際にこの目で見たことがないので、断定は出来ないのだが。
彼女が《魔竜人》であるのならば、先ほどの戦闘においてちょっと不可解な点もある。
そんな風に、顎を右手でさすりつつ考えていたダーンだったが、その思考を途中で遮るように、洗髪料の優しい香りが鼻腔をくすぐる。
その甘い香りに、ドキリとしたが、さらに次の瞬間、左すね辺りにズキンと痛みが走った。
「なにジロジロ見てるのよッ」
悲鳴が出かかったのをなんとか抑えつつ、左側を恨めしそうに見やれば、ご機嫌斜めの琥珀の瞳が睨め上げてくる。
「べ……別にジロジロ見てたわけじゃないってば。……それに、こうしていても一応敵なんだし、警戒は……」
自分でも訳がわからい動揺を押さえ込みつつダーンは反論するが……。
息を呑むダーン、途中でその言葉も途切れてしまった。
彼の視界にステフの不機嫌な表情の他、その下に薄い白地のTシャツが映っている。
その情景を捉えて、彼は慌てて視線をルナフィスに戻した。
「ん? 何よ……」
ダーンの不自然な仕草に、怪訝な表情をして問いかけるステフ。
さらに、彼の顔を覗き込んでやると、心なしかその顔が若干紅潮している。
――何、赤くなってんのかしら?
疑問に思って、ふと視線を自分の胸元に持って行けば……。
ステフは一気に顔へと血液が集まっていき、耳まで赤くなってしまった。
その彼女の首から下、薄い綿の生地越しに、豊かなバストラインが浮き彫りになっている。
別に下が透けるほどでもないが、白い布が健全な男子であれば、あらぬ想像をかき立てる程度の凹凸を形成していたのだ。
――あ……あわ……慌てるな、あたし。……ここは、大人の女の余裕を見せつけるべきトコなのよッ。
平静を装いつつ――――実は全くダメで、手と足が一緒に出るような歩き方で、ゆっくりと入り口側の壁に向かうステフ。
何となく半目で二人を眺めていたルナフィスからすれば、見るに堪えられないほど動揺しまくりだった
その姿を、苦笑いを噛みしめて視線で追うルナフィスは、ステフが壁に掛かったナイトガウンを手に取る仕草を見つめつつ思う。
――やっぱり反則だって、アレは……。
理不尽な苛立ちを覚えつつ、視線を蒼髪の剣士に戻せば、やはり彼の視線は部屋の入り口側に向いていた。
何故か無性に抜刀したくなる衝動。
それを抑えつつ、ルナフィスはこの二人について考える。
二人とも人間達の中では見かけない蒼い髪だ。
蒼い髪といっても、男の方は蒼穹をイメージさせるもので、女の方は僅かに銀の光沢をまぶしたような薄い蒼だった。
二人を見ていると、戦いの際には長年連れ添ってきた間柄に見えなくもないが。
まあ、今のやりとりを見るに、そう深い仲でもないらしい。
まあ、二人の仲などどうでも良い。
ただ、この二人の連携もさることながら、個々の戦闘能力も軽視できないものだ。
男の剣士の方は、今し方剣を交えてその人並み外れた実力を知ることとなった。
さらに今聞いた話が本当なら、魔人化した人狼も倒したという。
その際、ディン自身が随分と高く評価していた剣士、英雄レビンの息子や仲間達の助力があったからだと本人も言っている。
それでも、先ほどのこちらの能力を見破り、それに適応させた力は驚嘆を超え賞賛に値する。
一方、女の方はというと――――
この女もサイキッカーであるし、先の花弁の魔物と戦っていた時に見せた銃の腕や、その身のこなしなどは軽視できないレベルだ。
単独で自分が戦えば負けることはないだろうが、単なる人間の小娘風情とは捉えられない。
しかも、どうやったのかはわかりかねるが、あの不死身に近い兄を倒した女なのだ。
まあ……その容姿については一切考えないこととして――――
――別に悔しいとか人間の小娘相手にそんな馬鹿で無意味な発想をするほど、私は矮小な女じゃないし……って、矮小って何のことよッ。
ルナフィスが一人黙って、何かを考えているようだが……。
いきなり青筋を額に浮かべて歯ぎしりしたのに気づき、正面に立つダーンが怪訝な顔をする。
そんなダーンに気づき、ルナフィスはつい愛想笑いまで浮かべ、「な……何でもない、何でもない、ホント何でもないの、その、ちょっと考えまとめるから」と言いつつ、手の仕草でも時間を少しくれというジェスチャーを送った。
ダーンが不可解そうにしながらも、軽く肩を竦めるのを見つつ、ルナフィスは考える。
蒼髪の女は今回の依頼のターゲットだ。
その素性を詳しく調べたわけでもないが、アーク王家直轄の王国軍特務隊の大佐。
さらに集めた情報が確かなら、彼女はアーク王国でも特に重要な地位にある人物のはず。
その情報は不確かなもので、アーク王国内で潜伏中に耳にした噂話程度のものであったが、ここに至ってはイマイチ信憑性がない。
その情報が正しいのならば、そんな人物がこんな他国の辺境に一人でいるはずがないからだ。
その他別ルートで手に入れた情報には、彼女の名前がステフ・ティファ・マクベインとあった。
兄が襲撃したアーク王国船籍の客船、《レイナー号》の乗客名簿に記載されていた情報だ。
そのステフを拉致し、あのいけ好かない女の元に連れて行けば、報酬としてこちらが最も欲しているものが手に入る。
今回、ステフが宿で一人になったところを襲撃するといった、自分としては姑息で卑怯な作戦を敢行したのは、是が非でもその報酬を手に入れたかったからだが。
――焦りすぎたわね……らしくない、こんな方法……。
ただし――――
「たとえ、あの女がしたことを許せなかったとしても、私はその女を狙うこと……今回の依頼を反故にはしないつもりよ」
ルナフィスは、ダーンの隣にナイトガウンを着て戻ってきたステフを指さし、毅然と宣言する。
「そうか……それなら、先にこの俺を倒してからにして欲しいな。一応、ボディーガード役を仰せつかっているんだ」
ダーンはステフを自分の後方に誘導しつつ言うが、その視線の先のルナフィスは、軽く笑みを浮かべて、
「今夜のところはおいとまするわ……今更だけど、やっぱ、こういうやり方は好かないの。ステフ……でいいのかしら? 無防備なトコ襲って悪かったわ」
ルナフィスの謝罪を含む言葉に、ステフがきょとんとする。
「べ……別に謝られる筋合いはないわよ」
何となく毒気を抜かれた気がしつつ、ステフはそっぽを向いて言うが、ルナフィスは意地悪な笑みを浮かべて、
「ああ、無防備って、アンタがノーブラだったことも含んでるから」
「それを言うなーッ」
ステフが赤い顔で上擦った声をあげる。
「それと……」
何かを言いかけて、尋ねるような視線でダーンの方を見るルナフィスにダーンは、
「ダーンだ、ダーン・エリン・フォン・アルドナーグ」
と、名前を答えた。
が、その名を聞き、ルナフィスはわざと煩わしい表情を浮かべる。
「うわっ、長い名前ね……」
「やかましい」
軽い嫌がらせとわかっても短く文句を返したダーンに、ルナフィスは人差し指をピッと向けて言う。
「とにかくダーン、近々、その女を賭けて勝負を挑むから、せいぜい腕を磨いておくことね。言っとくけど、まだ本気じゃなかったんだから」
その言葉を聞き、ダーンは普通なら負け惜しみと思うところだが。
実際、彼女はまだ本気で戦ってはいなかったのだろうと感じていた。
「肝に銘じておく。お前が正々堂々と正面から挑んでくるなら、俺は受けて立つよ」
そう応じるダーンに、ちょっとした思惑もあった。
ルナフィスは、その太刀筋からも感じたとおり、随分とまっすぐな性格のようだ。
彼女に対し、ダーンが正々堂々の勝負を約束しておけば、少なくとも今後、彼女の性格からして闇討ちなどを仕掛けてくることはないだろう。
そんなダーンの思惑を知らないだろうステフは、ダーン達のやりとりを聞いて反発する。
「ちょっと! なに勝手にあたしを勝負の景品にしてるのよ」
「その方が盛り上がるからよ」
涼しい顔で言い切るルナフィスに、ステフは何か言い返そうとしたが――――
「大丈夫だ、君は必ず守りきる!」
ダーンがはっきりと力強く宣言した瞬間、またもやその顔を真っ赤に染めて、押し黙ってしまうのだった。
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