超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

文字の大きさ
70 / 165
第三章  蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~

第九話  無防備な少女と襲撃者の苦笑い

しおりを挟む
 
 夕方にあった戦闘――――

 人狼と傭兵隊長ナスカの死闘。

 その後とつじよ現れた、まがまがしい赤い髪をした女とその魔法の矢。

 その矢に撃たれた人狼が《狼の魔人》にひようへんしたこと。

 結局、傭兵隊の仲間と力を合わせてこの魔人を討ったこと。

 そして、いまわの際に漏らした人狼最期の言葉。

 ダーンの話を聞いたルナフィスは、強い不快をその美しい顔に露わとした。

「あの女ッ……八つ裂きにしてやりたいわ」

 ルナフィスは忌々しげに吐き捨てる。

 そのルナフィスを横目に見ながら、ダーンはふと思いふけった。
 
 彼女は一体何者だろうか。

 ステフを狙ってきたようだが、彼女を殺そうとまではしなかったところを見るに、どうやら、彼女をするのが目的のようだが。

 ステフは彼女を《魔竜人》だと言っていた。

 そういえば、ステフは昨夜レイナー号が魔竜に襲われた際、その魔竜を撃退したという話だったが。

 そのことが今回の襲撃と関係しているのだろうか。

 傭兵隊長ナスカは、アーク王国の要人たる彼女を狙っているのは、アークと敵対するアメリアゴート帝国、そしてさらに裏がありそうだとも言っていた。

 ステフを狙う者がいることは確かだとして、その者の正体を知りたい。

 思い当たるのは、あの赤い髪の女だ。

 あの女はナスカも言っていたが、恐らく『異界の神』たる者だろう。

 カリアスの知識によれば、彼ら天使が守護する神界や人が住むこちらの世界とは全く異質で、かけ離れた場所に存在するのが『異界』と呼ばれる別世界だ。

 そこは、恐ろしく広大で、様々な種族が抗争を繰り返しているらしいのだが、神界ですらその全容を把握していない。

 そんな未知の存在が、この人間の世界に干渉しつつある。

 その手段として、目の前の銀髪の女剣士や、魔竜の生き残りが利用されているのだろうか?

 《魔竜人》は、異界の神との契約で竜としての肉体を失う代わりに人の肉体と魔力を得たという。

 ならば、《魔竜人》達が異界の神に利用されるのもわかる気がするが。

 しかし、実際に戦ってみて、ルナフィスが人と異なる存在とは、言われるまで気付かないだろう。

 そもそも《魔竜人》を実際にこの目で見たことがないので、断定は出来ないのだが。
 
 彼女が《魔竜人》であるのならば、先ほどの戦闘においてちょっと不可解な点もある。

 そんな風に、あごを右手でさすりつつ考えていたダーンだったが、その思考を途中でさえぎるように、洗髪料の優しい香りがこうをくすぐる。

 その甘い香りに、ドキリとしたが、さらに次の瞬間、左すね辺りにズキンと痛みが走った。

「なにジロジロ見てるのよッ」

 悲鳴が出かかったのをなんとか抑えつつ、左側を恨めしそうに見やれば、ご機嫌斜めの琥珀の瞳がめ上げてくる。

「べ……別にジロジロ見てたわけじゃないってば。……それに、こうしていても一応敵なんだし、警戒は……」

 自分でも訳がわからい動揺を押さえ込みつつダーンは反論するが……。

 息を呑むダーン、途中でその言葉も途切れてしまった。

 彼の視界にステフの不機嫌な表情の他、その下に薄い白地のTシャツが映っている。

 その情景を捉えて、彼は慌てて視線をルナフィスに戻した。

「ん? 何よ……」

 ダーンの不自然な仕草に、怪訝な表情をして問いかけるステフ。

 さらに、彼の顔を覗き込んでやると、心なしかその顔が若干紅潮している。


――何、赤くなってんのかしら?


 疑問に思って、ふと視線を自分の胸元に持って行けば……。

 ステフは一気に顔へと血液が集まっていき、耳まで赤くなってしまった。

 その彼女の首から下、薄い綿の生地越しに、豊かなバストラインが浮き彫りになっている。

 別に下が透けるほどでもないが、白い布が健全な男子であれば、あらぬ想像をかき立てる程度の凹凸を形成していたのだ。


――あ……あわ……慌てるな、あたし。……ここは、大人の女の余裕を見せつけるべきトコなのよッ。


 平静を装いつつ――――実は全くダメで、手と足が一緒に出るような歩き方で、ゆっくりと入り口側の壁に向かうステフ。

 何となく半目で二人を眺めていたルナフィスからすれば、見るに堪えられないほど動揺しまくりだった

 その姿を、苦笑いを噛みしめて視線で追うルナフィスは、ステフが壁に掛かったナイトガウンを手に取る仕草を見つめつつ思う。


――やっぱり反則だって、アレは……。


 理不尽な苛立ちを覚えつつ、視線を蒼髪の剣士に戻せば、やはり彼の視線は部屋の入り口側に向いていた。

 何故か無性に抜刀したくなる衝動。

 それを抑えつつ、ルナフィスはこの二人について考える。

 二人とも人間達の中では見かけない蒼い髪だ。

 蒼い髪といっても、男の方は蒼穹をイメージさせるもので、女の方は僅かに銀の光沢をまぶしたような薄い蒼だった。

 二人を見ていると、戦いの際には長年連れ添ってきた間柄に見えなくもないが。

 まあ、今のやりとりを見るに、そう深い仲でもないらしい。

 まあ、二人の仲などどうでも良い。

 ただ、この二人の連携もさることながら、個々の戦闘能力も軽視できないものだ。

 男の剣士の方は、今し方剣を交えてその人並み外れた実力を知ることとなった。

 さらに今聞いた話が本当なら、魔人化した人狼も倒したという。

 その際、ディン自身が随分と高く評価していた剣士、英雄レビンの息子や仲間達の助力があったからだと本人も言っている。

 それでも、先ほどのこちらの能力を見破り、それに適応させた力はきようたんを超えしようさんに値する。


 一方、女の方はというと――――

 この女もサイキッカーであるし、先の花弁の魔物と戦っていた時に見せた銃の腕や、その身のこなしなどは軽視できないレベルだ。
 単独で自分が戦えば負けることはないだろうが、単なる人間の小娘風情とは捉えられない。
 しかも、どうやったのかはわかりかねるが、あの不死身に近い兄を倒した女なのだ。

 まあ……その容姿については一切考えないこととして――――

――別に悔しいとか人間の小娘相手にそんな馬鹿で無意味な発想をするほど、私はわいしような女じゃないし……って、矮小って何のことよッ。

 ルナフィスが一人黙って、何かを考えているようだが……。
 いきなり青筋を額に浮かべて歯ぎしりしたのに気づき、正面に立つダーンがげんな顔をする。

 そんなダーンに気づき、ルナフィスはつい愛想笑いまで浮かべ、「な……何でもない、何でもない、ホント何でもないの、その、ちょっと考えまとめるから」と言いつつ、手の仕草でも時間を少しくれというジェスチャーを送った。

 ダーンが不可解そうにしながらも、軽く肩を竦めるのを見つつ、ルナフィスは考える。

 蒼髪の女は今回の依頼のターゲットだ。

 その素性を詳しく調べたわけでもないが、アーク王家直轄の王国軍特務隊の大佐。

 さらに集めた情報が確かなら、彼女はアーク王国でも特に重要な地位にある人物のはず。

 その情報は不確かなもので、アーク王国内で潜伏中に耳にした噂話程度のものであったが、ここに至ってはイマイチしんぴようせいがない。

 その情報が正しいのならば、そんな人物がこんな他国の辺境に一人でいるはずがないからだ。

 その他別ルートで手に入れた情報には、彼女の名前がステフ・ティファ・マクベインとあった。

 兄が襲撃したアーク王国船籍の客船、《レイナー号》の乗客名簿に記載されていた情報だ。

 そのステフを拉致し、あのいけ好かない女の元に連れて行けば、報酬としてこちらが最も欲しているものが手に入る。

 今回、ステフが宿で一人になったところを襲撃するといった、自分としてはそくきような作戦をかんこうしたのは、是が非でもその報酬を手に入れたかったからだが。


――焦りすぎたわね……らしくない、こんな方法……。


 ただし――――

「たとえ、あの女がしたことを許せなかったとしても、私はその女を狙うこと……今回の依頼をにはしないつもりよ」

 ルナフィスは、ダーンの隣にナイトガウンを着て戻ってきたステフを指さし、ぜんと宣言する。

「そうか……それなら、先にこの俺を倒してからにして欲しいな。一応、ボディーガード役を仰せつかっているんだ」

 ダーンはステフを自分の後方に誘導しつつ言うが、その視線の先のルナフィスは、軽く笑みを浮かべて、

「今夜のところはおいとまするわ……今更だけど、やっぱ、こういうやり方は好かないの。ステフ……でいいのかしら? 無防備なトコ襲って悪かったわ」

 ルナフィスの謝罪を含む言葉に、ステフがきょとんとする。

「べ……別に謝られる筋合いはないわよ」

 何となく毒気を抜かれた気がしつつ、ステフはそっぽを向いて言うが、ルナフィスは意地悪な笑みを浮かべて、

「ああ、無防備って、アンタがノーブラだったことも含んでるから」

「それを言うなーッ」

 ステフが赤い顔で上擦った声をあげる。

「それと……」

 何かを言いかけて、尋ねるような視線でダーンの方を見るルナフィスにダーンは、

「ダーンだ、ダーン・エリン・フォン・アルドナーグ」

と、名前を答えた。

 が、その名を聞き、ルナフィスはわざと煩わしい表情を浮かべる。

「うわっ、長い名前ね……」

「やかましい」

 軽い嫌がらせとわかっても短く文句を返したダーンに、ルナフィスは人差し指をピッと向けて言う。

「とにかくダーン、近々、その女を賭けて勝負を挑むから、せいぜい腕を磨いておくことね。言っとくけど、まだ本気じゃなかったんだから」

 その言葉を聞き、ダーンは普通なら負け惜しみと思うところだが。

 実際、彼女はまだ本気で戦ってはいなかったのだろうと感じていた。

きもめいじておく。お前が正々堂々と正面から挑んでくるなら、俺は受けて立つよ」

 そう応じるダーンに、ちょっとした思惑もあった。

 ルナフィスは、その太刀筋からも感じたとおり、随分とまっすぐな性格のようだ。

 彼女に対し、ダーンが正々堂々の勝負を約束しておけば、少なくとも今後、彼女の性格からして闇討ちなどを仕掛けてくることはないだろう。

 そんなダーンの思惑を知らないだろうステフは、ダーン達のやりとりを聞いて反発する。

「ちょっと! なに勝手にあたしを勝負の景品にしてるのよ」

「その方が盛り上がるからよ」

 涼しい顔で言い切るルナフィスに、ステフは何か言い返そうとしたが――――

「大丈夫だ、君は必ず守りきる!」

 ダーンがはっきりと力強く宣言した瞬間、またもやその顔を真っ赤に染めて、押し黙ってしまうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...