超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

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第三章  蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~

第十五話  懐かしい記憶と胸の中

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 澄み切った夜のとばり天空そら高く登った真円の月が大理石を銀の光で照らしている。

 白亜の大理石で築かれた王城。

 その庭園の人工池にせり出したバルコニーには、月の光以外の明かりはない。

 その神秘的な情景は、まるで闇夜に浮かぶ白銀の舞台のようだ。


 白いドレスの裾が夜風に舞う。

 純白の絹を贅沢に使用し、たくみの技とも言えるほうせい技術によって生み出されたドレープライン。
 少女のまだ幼い身体を、女性らしさを感じさせる曲線につつんでいた。

「大切な何かって、何よ? 何を守ろうとして強くなる気?」

 少し肌寒い夜風が漆黒の髪を舞わせほおでかかる。

 それを片手で押さえながら、琥珀の澄んだ視線を少年剣士に向けて問い詰めた。

「別に、今これと決めているものがあるわけじゃない。ただ、そういうことのために剣を極めるという話だよ」

 イマイチ歯切れの悪い感じで言い返す少年。

 歳は未だ十代半ばにも届かない少年は、表面上その年頃にそぐわない冷めた口調で淡々と語る。

 だが、少年自身が自覚していた。

 少女の問いにしっかりした解答を返せないこと。
 それ以上に、少女のまとう雰囲気にあてられて、いつものような冷静さを保てないと。

 まともに視線を合わせられず、うまく説明できない熱を帯びた感覚が、心をそぞろにさせている。

「なーんか中途半端なヤツね」

「やかましいッ」

 着ている衣装やそのあどけない表情に全くそぐわない言葉と、容赦ない視線を浴びせかけてくる少女。

 少年はとつに彼の義兄がよく使う拒絶の言葉を吐き出していた。

「まあいいわ。だったら、このあたしが手助けしてあげようじゃない」

「は?」

 少女の申し出を少年は軽い疑問調の言葉で応じれば――――

 彼女は少し頬を赤らめながら、右手の人差し指を立てて少し緊張した声で続ける。

「あたしを守れるくらいの剣士になればいいのよ。さっきした騎士の話……アンタに必要な守るべき大切な何かとやらに、このあたしがなってあげる。だから次会うときまでにせいぜい腕を磨いておくコトね。まあ、随分と高い目標だけど、目標は高ければ高い方が……」

 と、ちょっと自己陶酔しかけたところへ――――

「阿呆か……中途半端な女を守る為に必死こいて修行できるか」

「何? 怒るからもっとわかるよーに言ってみて!」

 浴びかけられた少年の心底呆れたという言い方に、少女は細い肩を怒り上げた。

「生まれがいいだけのお嬢様に魅力がないって言ったんだ。俺はもっと大人のいい女を守る為の剣を目指したいんでね、どーせなら……」

 半目で馬鹿にするような視線。

 少女ははらわたが煮えかえるのに耐えつつ半笑いの表情を浮かべる。

 そして胸を反らし両手を腰に当てて、

「ませたガキね、そういうことはもう少し大人になってから言うものよ」

 自分の年齢のことはこの際全く考えずに子供扱いをし始める。

「お前に言われたくはないね。洗濯や裁縫も出来ない、得意料理とか言って目玉焼きを焼けば炭にするようなヤツに」

 思わぬ反撃に、少女は既に冷静さや本来持っていた聡明さを完全に失った。

「目玉焼きはちゃんと焼けたじゃない!」

「十個目の卵にしてやっとな……」

「あれは……蒸し焼きのこととか知らなかったから仕方ないでしょ。ほ、他のことだってこれからしっかり習うもんッ」

「宮廷の奥で守られている方が分相応じゃないのかねー」

「バ……馬鹿にしないでッ。あたしはそういうのが嫌いだからアンタにこうやって話をしてるのよッ。ホント女のがわからないヤツね。……いいわ、今に見てなさい! アンタが泣いておがむくらい、すっごくいい女になってやるんだからッ」

「ほーう! それは楽しみだな。もしそんなにいい女になってたら、こっちからひざまずいてお願いしてやるよ、どうか君の騎士にして下さいってな」

「言ったわねッ、今、確かに言った。あたしの脳に完璧にインプットした。次に会った時には絶対あたしの前に跪かせてやるわッ」

 もはや、完全な子供同士の口喧嘩でしかなかった。

 だが、少女は次に投げかける言葉だけは、割と本気で自らの想いを込めて言う。

「いいこと、あたしは絶ぇ対っにすっごくいい女なってやるんだからねッ。その時、ホントにあたしを守るにふさわしいだけの剣士になってなかったら、たとえ土下座したって、あたしの騎士にする前に銃殺にしてやるんだからぁッ」




     ☆




 室内が明るくなっていて、目覚めたときには天窓から蒼い空が覗いていた。

 遮光カーテンの隙間からは、外の日の光が差し込んでもいる。


――い夢……。


 それは懐かしい夢を見た感想だったが……
 悪態をつく割に目覚めた直後、ステフは口の端に笑みを浮かべていた。

 ホントは気分がとてもいい。

 今は朝の何時頃だろうか……久しぶりに随分と熟睡してしまったようだ。

 ふと、右手に自分のものとは違うぬくもりを感じる。


――やだ……握ったまま寝落ちして……一晩中?


 流石に気恥ずかしい。
 
 だが、こうして久しぶりに安眠出来たのは、彼の手を握っていたおかげなのだろうか?

 アークからアテネへ渡航する少し前から、昨日まで満足に寝られたことはなかった。

 様々な不安と緊張。

 特に最近は自身を狙われている恐怖心がどうしても拭えずいたのに。

 それが、男性の手を握ったままあっさりと熟睡してしまうとは…………。

 羞恥心で顔を火照らせながら、ステフはベッドの脇に座したままの蒼髪剣士に視線を向けた。
 
 こちらに右手を差し出したまま、窓際の方を向いて頭を垂れているし、剣を左肩に抱えたまま寝息を立てている。

「凄腕のボディーガードも、流石に寝ずの番には撤していないか……」

 小さな声でからかうように言ってやる……と――――

「寝てても意識は半分起きてるようなものだよ」

 目を閉じたままダーンが応じ、ステフは心臓が口から飛び出るのではないかと思った。

「起きてたの?」

 思い出したように、若干慌てて握ったままだった彼の右手を離してやる。

「いや、寝てた。睡眠は闘いに備える基本だからな、敵の襲撃を警戒したまま眠れるようじゃなきゃ一流とは言えない」

 ダーンは自分の右手を軽くさすりながら応じる。
 だが、その表情からは、羞恥から来る気まずさが微妙に浮いて出ているようだ。

「へー……ま、素直に感心しておくわ。それで、あたしが超熟睡している間になんかオイタしたの?」

 ステフは自分自身の気恥ずかしさを押し殺しつつ、逆にダーンに羞恥を覚えさせてやろうと目論む。

 そんなことを目論む正当な理由がステフにはあった。

 昨夜から彼の目の前で泣き出すわ寝落ちするわと、色々と不手際をしでかした。

 このままでは何だか負けた気がしてならない。

 ここで『大人の女』の威厳を取り戻すためならば、どのような手段もその正当性を保証されるのだ。

 もちろん保証するのは、彼女自身なのだが。

「あのなあ……するわけないだろ」

 昨日と比べると妙に血色のいい気もするステフの顔。

 彼女から視線を外しながら、意外と冷静に返すダーン。

 心の中で軽く舌打ちしつつ、ステフは上体を起こし彼を半目で睨む。

「あ、そう……つまんないヤツね」

 言いながら、ステフにとってもこのダーンの応じ方は予想のはんちゆうだ。

 どうせ、この後すぐに、傭兵としての任務に忠実であることをうたうに決まっている。
 
 あるいは、偉そうにこちらの言動に対して無意味な抗議でもしてくるか。


――口で言っても大した効果がないのなら、あたしにも実力行使の覚悟があるんだからねッ!


「クライアントの信頼に応えただけだ……まったく、人をからかうのもいい加減に……うわっ……ムグぅ……」

 悪態を返している途中、ダーンの声が不自然に途切れた。

「ご褒美……」

 悪戯っぽくいてさらに妙に嬉しそうなステフの声。
 それが暗くなった視界のすぐ向こう側から……むしろ直接顔の骨を通じて響いてくる。

 石けんの残り香と甘酸っぱいような女性の香りが鼻腔に一瞬流れてきた。

 さらに、視界を閉ざした柔らかさが、ダーンの脳機能を一時的に飽和状態とさせた。

 ベッドから身を乗り出して、ダーンの頭を正面から胸に抱きしめるステフ。

 彼女は顔を赤くしながらも嬉しそうな笑顔を浮かべている。

「……ス……フ……ンン……」

 息苦しそうにしながらも、硬直し耳まで朱に染まるダーン。

 彼を見下ろし、ステフは小さな鈴の音のように澄んだ声でささやく。

「こんなに安心して眠れたの久しぶり……ありがと……」

 行動に移る前には、『大人の女』の威厳を知らしめるために他の言葉を掛ける予定だったのだが。

 胸の中にあるダーンの存在感に予想以上の負荷を得てしまった思考回路がダウン。

 つい不覚にも素直な言葉がつむがれてしまう。

 一方、素直な感謝なのだと気づき、ダーンも、息苦しさと恥ずかしさを一瞬忘れた。

 そして、柔らかさに包まれながら安堵の息を漏らす……。

 その直後、ステフが思いっきり頭を抱きしめてきた。

 その柔らかさの圧迫に鼻先と口元がふさがれて――――

 思わぬ息苦しさに耐えられず、ダーンは手足をばたばたとさせて、もがき始めるのだった。
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