超常の神剣 タキオン・ソード! ~闘神王列伝Ⅰ~

駿河防人

文字の大きさ
81 / 165
第三章  蒼い髪の少女~朴念仁と可憐な護衛対象~

第二十話  遺跡の調査と部屋の掃除と

しおりを挟む

 アリオスの東に広がる森林に覆われたきゆうりようを馬に揺られること二時間弱、ダーンとステフの二人は途中短い休憩を挟みつつも目的地にたどり着いていた。

 目的地の遺跡は、約二千年前の古代神殿である。

 その神殿の用途や、それを築いた文明については一切明らかになっていない。

 一時期、アテネの考古学者が必死になって検証したこともあったが、結局いつ頃作られたかといった大まかなことしかわからなかったという。

 現在は、この遺跡を調査しようという物好きもいなくなってしまったが。

 遺跡は、丘陵地帯の盆地に広がっていて、周囲の森林に隠されるように残されていた――――
 かつてこの地を発見した考古学者達によって、遺跡付近の木々は伐採されていて、今は森林の中にぽっかりとむき出しの状態である。

 風化した大理石がほとんどれきと化して、牧草地のような草原にざんに転がっていた。

 また、遺跡の奥に位置する構造物は比較的形を残しており、古代人が描いた壁画や、祭事に使われたとおぼしき道具などが発見され、その地が神殿であったことを物語っている。

 その神殿のさいおう、地殻変動で隆起したきゆうりようの岩壁に、自然に出来たと思われる洞窟が伸びていた。

 洞窟の壁面は大理石で補強されていて、その奥に大理石のさいだんが発見されているが、その祭壇こそが、今回ステフが調査するべき対象だ。

 ダーンとステフの二人は、神殿施設の脇に広がる草原にぽつりと立っていた広葉樹の枝に乗ってきた馬を繋いだ後、歩いて遺跡を進み、洞窟を入り口から百メライ(メートル)ほど進んだその祭壇の前までやって来ていた。



「ここを調べるのが君の目的か……。正直言うと、俺にはこれの価値がさっぱりわからないんだが。……考古学が趣味?」

 洞窟の外の大理石と違い、あまり風化していない白亜の大理石で出来た祭壇を眺めて、ダーンは問いかける。

「別に、あたしは考古学に興味があってここに来たわけじゃないわ」

 半円状に高さ二メライ位、幅三メートル位の洞窟一杯に大理石で作られた祭壇を、手に持つ理力ライトの光に照らしつつステフは応じた。

 祭壇は、洞窟の行き止まりに作られており、洞窟の壁面のカーブに合わせて、台形に切り出された大理石を積み合わせて外枠がアーチ状に形成されている。

 アーチの内側には、左右対称に階段状の棚が作られ、棚の上には神官のような姿の人をかたどったものや架空の獣を象った大理石の彫刻がいくつもはめ合わされていた。

 さらに、左右V字型に並んだ彫刻の棚の間、白亜の壁面には一人の女性の姿が浮き彫りにされており、恐らく、この女性が信仰の対象たる女神か何かだろう。

 その女神と思しき女性のかなりグラマラスな肢体を半目で見つつ、ステフはさらに、

「ダーンは魔竜戦争のこと、どこまで知っているの?」

と唐突にたずねる。

「また、いきなりの質問だなぁ……」

 ぼやきながら、ダーンはどう答えようか思案した。

 魔竜戦争自体は、一般的な知識として誰もが知っている。

 二十三年前に勃発した人類と魔竜の戦争。

 一時は人類滅亡の危機とまで噂されたほど、人類側は追い込まれたが、アーク王国を中心とする討伐軍が大規模で組織的な反攻作戦を展開し、結果人類が勝利した大戦だ。

 しかしながら、人類の勝利の背景には《四英雄》の活躍が隠されており、そのことはほとんど知られていない事実だった。

 その英雄の内、レビン・カルド・アルドナーグとミリュウ・ファース・ウル・レアンを育ての親に持つダーンは、《四英雄》の武勇伝をある程度知ってはいるが、果たして、ステフはそのことを聞いてきているのだろうか?

 そのように考えているダーンの胸中を見透かすように、ステフが彼の方に視線を向けて口を開く。

「アルドナーグ家の人間なんだもの、《四英雄》のことは当然知っているでしょ?」

 なんとなく先手を差されたようで、ダーンがあっけにとられるのをステフが見て笑みを漏らす。

 そんな彼女の仕草に、少しばかりの悔しさと、そんな悔しさなどなかったことになってしまう、ほんのりと甘い鼓動に戸惑いながら、彼は話に応じた。

「まあ……な。とはいっても、実は他の二人はあまり知らないんだが。親父は……養父のレビンはあまりそういうことまでは話さなかったからなあ」

「そう……。ま、この事はウチの国でも機密事項だからあまり詳しくは言えないけど、残り二人はアーク王国の国籍よ」

「アークの国民……」

 ステフの話を聞いて、ダーンはふと、《灼髪の天使長》に勝利した人間がアークにいるという話を思い出していた。

 カリアス自身の口からは、その人間について教えてもらえなかったが、闘いの知識を共有した時から、その戦闘についてはおぼろに知識として知っている。

 人智をはるかに超えた戦闘能力を誇る槍の使い手。

 そして、天使長カリアスが最も感服した人間の男。

「そしてね……アークの英雄の一人、《蒼の聖女》とうたわれた人が使っていた神界の神器が、ここに封じられている……っていう情報があるのよ。あたしの目的は、その神器の回収よ」

「神器?」

「そう……。それはこの世界の活力マナの源を制御できる。……その力で、かつて魔竜達がこの世界に侵入してきた際の境界回廊を封じたもの。今のあたし達にはどうしても必要なものなのよ」

 ステフは祭壇に近づいて細かな部分を調べながら、さらに彼女の本来の目的についてダーンに説明をし始めた。




     ☆




 ダーン達が遺跡にたどり着いた頃、アリオスのガーランド親子が経営する宿では、銀髪の少女が柄の長いほうきを手に客室の掃除をしていた。


「なにやってんだろ……私」


 ぼやくルナフィスが現在掃除しているのは、彼女が昨夜襲撃したはずの部屋、つまりはステフが借りている部屋だった。

 昨夜遅くに、この宿の女将ミランダ・ガーランドに呼び止められて、結局一階に部屋を用意されて一泊してしまった。

 ミランダは約束通り、自分がこの宿に宿泊したことをあの二人には一切言わずに、さらに宿泊料や飲食代すらも請求しないつもりらしい。

 流石に、それでは立つ瀬ないからと、宿の客室掃除や簡単な台所作業を手伝う形で宿泊代がわりにする旨をミランダに申し向けたところ、彼女は少し面を喰らったような面持ちのままかいだくしてくれた。

 宿泊料自体は、ルナフィスもある程度の路銀を持ち合わせており、正規の三倍以上を請求されても充分支払えるのだが……。

 ノムを助けたことに対するミランダの厚意を無下にも出来ないからと思い、彼女はこのような形を選んでいた――――でも、だからといって……。

「自分が襲った相手の部屋を掃除だなんて、なんか間抜けだわ」

 ほうきの柄の部分に右ほほを当て、溜め息交じりに呟いてちようする。

 ルナフィスは、自分が襲撃した部屋だけでなく、この宿のほぼ全ての客室を掃除することとなっていたが、やはりこの部屋だけは妙な気持ちにさせられた。

 さらに、彼女は上を見上げて、屋根に設けられた天窓を視界に捉える。

 その窓は、昨夜蒼髪の剣士ダーン・エリンがガラスを割りステフを救うために突入してきた場所だったが、現在はガラスも修復されていて、少し歪んでいた窓枠すら綺麗に元通りになっていた。

 ルナフィスがこの部屋の掃除を始める前に、ミランダが修繕したようだ。

 あの女将は一切の道具も新しいガラスすらも持たないで一人部屋に入っていき、ルナフィスが廊下で待つ間にあっさりと直してしまっていたが、その作業時間は一分にも満たないものだった。

 昨夜、ルナフィスに宿泊を勧めてきたときのように、固有時間加速を用いて作業したかもしれないが、それにしても導具や材料なしに修繕など出来はしない。

 彼女は一体何者なのだろうか?

 その謎を知ってみたいというのもルナフィスがこの宿にとどまった理由の一つである。

 見た目は明らかに人間であるし、《魔竜人》や異界の神のように魔法を使っているようにも見えないが、サイキックのような特別な力があるのは確かだ。

 いや、ただそれだけではない。

 宿泊客であるあの二人に襲撃をかけたルナフィスを危ぶむことなく、むしろ強引に引き留めて泊まらせた彼女には、うまく言えないが、圧倒的な包容力のようなものを感じる。


「ルナお姉ちゃん、こっちは終わったよー」

 ミランダのことについて色々と思案していたルナフィスに、シャワー室の方から元気な声が聞こえてきた。

 声の主は、共に客室の掃除をしていたこの宿の子供、ノム・ガーランドだ。

「あー、うん。……って、いきなり愛称で呼ぶな」

 ルナフィスは言い捨てながら、シャワー室の方に移動し、中に顔を覗かせる。

「え? ああ、そうか……それはごめん。でも、『ルナフィスお姉ちゃん』って呼んでいたら舌かみそうだから、やっぱり『ルナお姉ちゃん』って呼ばせてよ」

 シャワー室の中で一瞬きょとんとしたノムだったが、片目をつぶって愛想よくお願いしてくる。

「…………べつに……まあ、いいけど……」

 たずらっぽい仕草のノムに悪い気もしないルナフィスは、若干恥ずかしそうにしながら承諾してしまった。

「よかった。それよりルナお姉ちゃん、ボク凄いモノ見ちゃったよ」

「何よ?」

「これこれ」

 ニタニタと笑うノムは、シャワー室の狭い脱衣場に設けられた物干しに、小さなピンチハンガーで吊されていたモノを指し示す。

 その指先が指し示すモノ――――

 何枚かの絹生地を複雑に縫製し、見事な立体を形成させた女性用の『とある肌着』を視線に捉え、ルナフィスは眉根をつり上げた。

「このッ……エロガキ! 余分なことしてないで、サッサと夕食の買い物に行きなさいよッ。ミランダは別の用事とかで、アンタが買い出しに行く手はずなんでしょ」

「へーい」

 舌を出しておどけるノムは、頭の後ろに手を組んで枕にするようにしながら、シャワー室を出ていく。

 その姿が視界から消えるのを待って、ルナフィスはそぉーと、吊されたソレの小さなタグに視線を走らせる。


「トップ……きゅっ……九十のアンダー六十五って……私と十以上違う…………」


 がくぜんとするルナフィスは、さらにむなしい思いを胸に抱きつつ、部屋の掃除に従事することとなった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...