99 / 165
幕間 騎士の誓い~過激な香辛料は照れ隠し~
プロローグ~夢心地~
しおりを挟む普段とは全く異なる寝心地に、少女は怪訝というよりもむしろ甘い感覚になって、思わず左の頬に触れている暖かい感触を堪能しようと頬擦りしていた。
そして何となく覚えのある固い筋肉質な感触と、日向の匂い。
未だ寝ぼけ眼で、ちょっと甘えた声を鼻から鳴らして、さらに鼻先を擦りつけるように胸板に顔を埋めてみると、戸惑った声が直接顔を通じて響いてくる。
「その……ちょっとくすぐったいんだが……」
控えめに訴えてくるその声を聞き、やはり側に彼がいると安堵してもう一度このまま眠りにつこうかと自堕落な考えをし始める少女――――その胸元から、凜とした女性の声が直接脳裏に響く。
『甘えてますね……まるで子猫みたいですが……』
「私、何かで読んだことがあるのですが、巷ではこういった状況を『お姫様抱っこ』と言うそうです。何でも彼女くらいの年齢層の女性には憧れなんだとか……」
別の女性のやたらと母性を感じさせる声が、少し弾んだ感じで聞こえてきた。
『なるほど……まさに正真正銘そういうシチュエーションのようですが、それでご満悦なのでしょうか? ……いつもこのような感じだったら、可愛いのに……などと思っていませんか、ダーン・エリン?』
「お……思っていないッ」
少し動揺しつつ言い返す声が、少女の眠りを妨げる。
「それはそうですよ……いつも可愛いと思っていらっしゃるのですから」
さらに、やたらと母性を感じる声が耳に入り、その言葉の意味を醒め始めた脳が認識して、耳のあたりが熱くなるのを感じた。
『ああ、確か……可憐だ……とか、言ってましたね』
「おいおい、一体君は何時どこから俺たちを見ていたんだ?」
さて何時『目を覚ました』というアクションを起こそうかと悩み始める少女は、ダーンと同じ思いを抱いていた。
まるで覗かれていた気分だが……。
『最初から、貴方達に最も寄り添うように……。《神器》などと呼ばれるのはあまり好みませんが、私をそう呼んでいた人々がいるということは、それなりの理由があるのです』
なにか胸を反らして言われているような気がして、少女はふとおもしろくなってしまう。
単に会話や感情があるだけではなく、ソルブライトは本当に人間くさいところがあるように感じられた。
まあ、それはともかく、そろそろ起きなくてはならない。
このまま抱かれたままというのも、正直な気持ちとしては嬉しいのだが……。
同行する女性陣にこの後も何を言われるか分かったものではないし、それに――――
抱き支えてくれているダーンの左手の感触が、剥き出しの太ももあたりに感じていて、ちょっと恥ずかしい。
少女は、わざとらしくならないよう細心の注意を払いながら、鼻から甘い声を出しつつ身をよじって、そろそろ『目を覚ましそうだぞー』という感じを醸し出してみた。
「お……どうやら、起こしちゃったみたいなんだが」
『いいえ、もうとっくに目を覚ましてますよ。ねえ、ステフ』
ここで、ソルブライトが全てを暴露し、少女の苦労は全て水泡に帰す。
「なーんで、そういうこと平気で言うかな」
耳まで紅潮した顔を気まずそうにダーンに向けつつ、ステフは抗議する。
「お……おう、大丈夫なのか?」
何となく自分が責められているような気がして、声を詰まらせるダーン。
「ええ、大丈夫よ。その……ありがとう。……だからもう下ろして」
言われて、ダーンはステフをゆっくりと地面に立たせようとし、ステフはその動きに合わせて、上半身を支えるために彼の首に両腕を回して、一瞬だけ抱きしめてみた。
その瞬間、やはり胸の奥で高鳴るものを感じる。
嬉しいような悔しいような気分のまま、ステフはダーンから離れた。
「ここは……」
周囲を見渡したステフは、既に日が落ちて空に星々が光り始めていることと、周りは森林で、目の前にはアリオスの街の明かりが見えていることに少し驚く。
「私の転移の法術で移動しました。それと、先程息子から連絡がありまして、食材の方はご用意できたのですが、時間が押しているので簡単な下ごしらえは済ませてしまうとのことですので、ご承知願いますわ」
ミランダの説明に納得し、軽く頷いた後、ステフは改めて思い出してダーンに視線を送る。
ダーン自身も少し気まずそうにこちらを見ていた。
「あ……そうね、約束通りあたしが作るけど……その、下ごしらえは他の人がやってるし、賭けは無効かしら」
今更、戦闘前のくだらない口喧嘩を混ぜっ返したくない思いで、ステフは言うと、ダーンも同じ気持ちなのか、肩を竦めて同意する。
が、しかし――――
『そのような甘いお考えが通るとでもお思いですか、二人とも』
「そうですよ。もう胸焼けがするほどそういうシーンばかりですから、折角の対決イベントくらい真面目にやって下さいませ」
重く鋭い念話と辛辣な声が、若い二人を追い込んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる