赤い目の猫 情けは人の為ならず

ティムん

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最終話 恩返し

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「これは、愛衣の……?」

 父親がこのツボを買うと幸せになれると言われたような顔でノートを受け取った。俺は父親の胸からシュタッと飛び降りる。男は体を起こし、日記を読み始めた。俺は黙ってそれを見守る。こんな時に、にゃあにゃあ言うほど野暮な男じゃないのさ、俺は。
 程なくして、父親は日記を閉じた。

「愛衣……愛衣……!」

 父親の目からは涙が零れた。日記を抱きしめて、ただただ涙を流した。

 おいおい、何をやってんだ。あんたがするべきなのはそうやって泣きじゃくることじゃねぇだろ。しょうがねぇやつだ。背中くらい押してやるよ。俺は気の利く猫なのさ。

 俺は男の顔に強烈な猫パンチを御見舞してやった。

「痛っ、何するんだ」

 あんたがいつまでも動こうとしねぇからだろ。ほら、行けよ。俺は扉を開け、愛衣ちゃんの部屋を顎で示す。

「あぁ、そう、だな。愛衣と話をしないと。このままじゃ、いけない」

 父親は駆けだした。愛衣ちゃんの部屋に向かって真っ直ぐに。その背中は、あぁ、確かに父親の背中だった。……ちとくさいこと言っちまったな。だがまぁ、これで大丈夫だろう。さてと、結末までしっかり見届けますか。

 俺は開け放された扉を通り、愛衣ちゃんの部屋に入った。父親はベッドの上で愛衣ちゃんを抱きしめていた。愛衣ちゃんは驚きで目をぱちくりさせている。

「愛衣、愛衣! ごめんな、愛衣がこんなにも俺のことを思ってくれていたなんて……。愛衣も母さんがいなくなって辛かっただろうに、本当にごめんな。父さん、お酒やめるよ。仕事もする。愛衣のことを何より大事にする。だから、だから。これからも、愛衣のお父さんでいて、いいかな」
「……! う、うん! お父さんは、私のお父さんだよ!」
「ありがとう、ありがとう……!」

 とうとう愛衣ちゃんまで泣き出しちまった。女の涙を見るのは好きじゃあねぇが、こんな涙ならまた見たい。そんな風に思っちまうくれぇ、綺麗な涙だった。

「そうだ、お父さん。おたんじょうび、おめでとう」
「!! ありがとう、愛衣」

 俺はそのまま、抱き合う二人をずっと眺めていた。しばらくして満足したのか、疲れたのか、父親がようやく愛衣ちゃんを離した。そしてこっちに振り返り、俺を見る。父親の目に、赤い目をした黒猫が映る。

「お前のおかげだ。ありがとうな。おかげで俺はもう一度、父親になれたよ」
「にゃあ」

 礼はいらねぇよ。どうやら俺はあんたに、家を貰っちまうみてぇだしな。

 俺は光り始めた自分の体を見てそう言った。いや、光っているのは俺の体だけじゃあない。父親の体もだ。

「な、何が起こってるんだ!」

 慌てふためく父親をよそに、光はより一層強くなっていく。そして一際強く輝くと、光っていたのが嘘のように消えちまった。

「お、お父さん。今の、何?」
「なんでもねぇよ、愛衣ちゃん。いや、なんでもないよ、愛衣」

 俺は俺に抱きついている愛衣ちゃんにそう答えた。そして後ろにいる猫を見る。真っ赤な眼をした黒猫だ。黒猫は何が起きたかわからず困惑している。一年前のことを思い出し、笑いそうになっちまうが、堪える。ここで笑っちまうほど、俺は薄情な猫、いや薄情な人間じゃないのさ。

 俺は黒猫の耳元に顔を寄せ、囁いてやる。一年前に俺があの人から聞いたセリフを、一言一句、違えることなく。


 情けは人の為ならず
 受けた恩は返さにゃならぬ
 救われたなら誰かを救え
 恩の輪っかがぐるぐるぐーるぐーるぐる


 黒猫は弾かれるように逃げちまった。あばよ、お前も頑張れよ。愛衣ちゃんのことは俺に任せてくれていい。俺は責任を取れる人間なのさ。

「猫ちゃん、どうしちゃったの?」
「なんでもないさ、愛衣。今日は外に行ってハンバーグでも食べようか」
「うん!!」

 今日もどこかで猫が鳴く。

 にゃんにゃんにゃおーん、にゃんにゃおーん。
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