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第一章 幼少期

第十八話 決着

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(頼んだよ!)

 僕は迫り来る巨大な炎を前にして、ソルに合図をし、ソルに体の主導権を譲り渡す。
 ソルは体の主導権が入れ替わると同時に魔力を放出し、フラムの魔法にぶつけ相殺する。

「そんな! あの一瞬で、しかも純粋な魔力のみで私の魔法を打ち消した!? そんなことができるのなんてアイツくらいしか……」

 ソルは動揺するフラムに向かってゆっくりと歩いていく。

「アイツは死んだはずよ! アンタは何者なの!?」
「よぉ、久しぶりだな、フラム。地獄の底からもどってきてやったぜぇ?」
「ガルルルゥゥ!」

 ソルに向かってノワールウルフが唸り声をあげる。

「その口ぶり、スコルのこの反応……まさか本当にソルなの!?」
「そうだ。正真正銘、魔導師のソル=ヴィズハイム様だ」

 ソルの答えにフラムはしばし呆然としていたが、やがて顔を怒りに染める。

「どうして生きているのかは知らないけど、よくものこのことアタシの前に顔を出せたわね! 魔王様の仇、取らせてもらうわよ!」

 フラムはそう叫ぶと、胸元から笛を取り出し思い切り吹いた。ピィーと甲高い笛の音ねが静かな森に響き渡る。

「今吹いたのは私が従える魔物を呼ぶ笛よ。さすがのアンタでも百を超える魔物に一斉に襲いかかられればそれなりに消耗するでしょ。恨むのならたった一人・・・・・で来た自分の愚かさを恨むのね」

 フラムは得意げに言うが、待てど暮らせど魔物達は来ない。当然だ。僕が全て始末したのだから。

「どうした? ご自慢の魔物は来ないみてぇだが? 魔物にまで愛想を尽かされたか?」
「くっ! 馬鹿にしてぇ……! いいわ、魔物なんかに頼らなくたってアタシとスコルでアンタを殺してあげる!」

 フラムが腕を振り上げると、百を優に超える火球が夜空に浮かべられ、辺りが明るくなる。炎に照らされたフラムが艶やかな笑みを浮かべ、あげた腕をソルに向かって振り下ろす。
 フラムの指示に従って火球が次々と降り注ぐ。

『ソル、挑発ご苦労さま。作戦通りだね。あとは任せて!』

 僕とソルは再び体の主導権を入れ替える。
 体を自分で動かせるようになった僕は、降り注ぐ火球の間を縫い、紙一重で避けていく。火球が地面に着弾した時の爆風はソルが魔法で防いでくれる。
 全ての火球を避け終わると、辺りに土煙が舞う。僕はその土煙に紛れ、罠を仕掛けた場所に向かって走る。
 そして到着すると高い木の上に登り、そこからフラムめがけてクナイを投擲する。
 クナイがフラムの頭部に命中する直前、フラムがまたがるノワールウルフ、スコルが土の弾に気づき身をよじる。

「っ!? そっちにいるのね! 隠れても無駄よ!」

 フラムはスコルに命じ、僕の元へ走らせる。僕は自分の場所を知らせる為にあえて射撃を続ける。

(もう少し、もう少しだ)

 フラムが木ごと僕を焼き払おうとしたのか、火魔法を使う。五メートルほどの火球が現れ、周囲が明るくなる。

(ソル!)
『わかってる!』

 ソルが、火魔法が木に着弾する前に水魔法で火を消す。だが火が消される寸前、フラムの目に液体が滴したたっている細長いものが映った。

「何かある!?」

 しまった! 火に照らされて光を反射してしまったのか。だが保険は用意してある!

(フュー!)

 僕の念話に応え、フラムの背後からフュー、ではなくゴブリンジェネラルが姿を現した。

 どうして? ゴブリンジェネラルは倒したはず。それにフューはどこに? いや、今はそれよりも――

 僕は動こうとするが、それよりも前にゴブリンジェネラルが動き出した。
 さっき呼んでも出てこなかったのに、今になって自分が支配する魔物が現れたことに戸惑い、動きが止まったフラムにゴブリンジェネラルは拳を叩き込む。
 フラムは防御が間に合わず、直撃を受け吹き飛ぶ。

 考えてる暇はない! 罠を発動するなら今だ!

 僕は両手で、仕掛けておいたワイヤーを握り、木から飛ぶ。するとワイヤーが滑車の要領でフラムを締め上げ、フラムを身動き一つできなくする。ワイヤーを引っ張ると中心にいる人を締め上げるように仕掛けておいたのだ。

「くっ!」
(ソル!)
『あぁ!』

 ソルはワイヤーに魔力を注ぎ強化するとともに、僕が重りを作った時の要領で土を圧縮し、ワイヤーにぶら下がっている僕の体に纏わせる。
 ワイヤーがギチギチとフラムを締め付ける。常人なら体がバラバラになるほどの力が加わっているのだが、フラムは身体強化魔法を全力で使っているのか、ワイヤーが少し食い込むだけだ。
 だがフラムの体がバラバラになるのも時間の問題だろう。フラムはあれで全力なのに対し、こちらは重りを増やせば増やすほど威力が増すのだ。

「くっ! こん、な、罠を……!」

 だが念には念を、だ。僕とソルは氷魔法を発動し、氷の弾をフラムの周りに無数に発生させる。そして一斉にフラムに向けて発射する。

「ヴァァァァァ!」

 フラムが叫び声をあげると同時に巨大な青い炎に包まれる。その青い炎に僕とソルが放った氷の弾は溶かされる。

 追い詰められると自爆するってのは本当だったね。

 そう、フラムがここで自分ごと燃やすのは予定通りだ。だからその対策もしっかりとしてある。

 青い炎が収まり、現れたフラムは依然としてワイヤーに締め上げられたままだった。一つ違うのはそのワイヤーが青い炎をあげていることだ。

「ぐあっ! ど、どうして!?」

 何故ワイヤーが溶けていないかと言えば、フラムの自爆寸前にソルがありったけの魔力をワイヤーに込めて強化したからだし、ワイヤーが燃えているのは事前に油を塗っておいたからだが、それをあえてフラムに教える必要は無い。
 さっきまではよく喋っていたが、それはあくまで挑発の為で、アサシンは無駄口を叩かずに速やかに任務を遂行するのだ。
 だから僕は何も答えず、フラムにとどめを刺す為、魔法を発動させる。

 使うのは僕が使える中で一番威力が高い融合魔法だ。それも、フラムの得意な火魔法で打ち消しにくいだろう、土と火を融合させる。
 ソルは土と火に、更に雷を加えた魔法を発動させるようだ。
 僕が発動させた炎を纏う土の槍と、ソルが発動させた炎と雷を纏う土の剣がフラムを狙う。

「死んで、たまる、か!」

 だがそれがフラムの命を奪う前に、フラムが周りの木々を無作為に燃やした。ワイヤーの支えとなっていた木が燃やされたことでフラムの拘束が緩む。その瞬間スコルがとんできて、間一髪でフラムの命を救う。だが無傷とはいかなかったようで、フラムの右腕の肘から先が無くなっていた。

 すぐさま僕は次の魔法を使おうとするが、フラムの行動の方が早かった。
 フラムはスコルにまたがると、スコルごと風魔法で空に浮かび上がる。

「《火は全てを無に帰すもの。全てを喰らい、呑み込み、滅ぼすもの。火は破壊の象徴。火の後には何も残らぬ。我が魂を糧とし、地獄の業火を齎もたらさん》    【悪魔の焔イビルフレイム!】 村ごと、消え、ろ!!」

 そう叫んだフラムは両手を天に伸ばす。フラムの両手の先に数百メートルほどの大きさの青い炎が生まれる。

 フラムはそれを僕の方に放った。魔法の発動後、魔力を使い果たしたようで、フラムはスコルの背に倒れ込み墜落していく。

「ソル、あれどうにかできる?」

 僕は猛然と迫り来る炎を指さしながら言う。

『逃げるだけなら出来るが……逃げると村が消滅する』
「だったらどうにかするしかないね」
『十中八九死ぬぞ?』
「それでもやるしかないよ」
『ちっ、馬鹿なヤツだ』

 僕は覚悟を決め、氷と水の融合魔法を使う。ソルは氷と水、そして風の融合魔法を使った。
 どんどん魔法を大きくさせていくが、このままだと威力が足りない。
 内心で焦る僕の隣に、さっきフラムを殴り飛ばしたゴブリンジェネラルが現れた。そのゴブリンジェネラルは僕の方を見つめた後、その体を溶けさせた。いや、それは正確ではない。正しくは、その体をスライムへと変えたと言うべきだろう。

「フューだったのか!」

 僕の驚きの声には反応せず、フューも氷魔法を発動させる。

「ありがとう! 助かるよ!」

 だが、僕とソル、フューの魔法が合わさり、巨大な氷の塊が生まれるが、まだ足りない。

「くっ! 誰かあと一人いてくれれば……!」
『無い物ねだりしてもしょうがねぇ! 魔法に全力を注げ!』

 ソルに言われた通り全力で魔力を注ぐが、威力が足りないままとうとう炎と氷が接触してしまった。
 強烈な熱気を浴び、肌がヒリヒリする。
 氷はなんとか炎を押しとどめてこそいるが、徐々にその体積を減少させていく。一方炎の方に目立った変化は見られない。

「このままだと村が……! そうはさせない!」

 意識が飛びそうになるほど魔法に力を込める。すると何かがはじける感覚が体を襲う。その直後、魔法の威力が格段に上がり、炎を押し返し始める。

「一体何が!? もしかして指輪の制限が外れた?」

 集中をきらさないようにしながら左手に目をやると、指輪の色が青色から緑色に変わっていた。

「もう緑色、か。この調子だとすぐに赤になりそうだね。魂が壊れるのも時間の問題、かな?」
『どうする? 今ならまだ逃げれなくもねぇ』
「それだけは嫌だ。ごめんね、ソル」
『ちっ、しょうがねぇな。最後まで付き合ってやるよ』

 フューも同じ気持ちだということが伝わってくる。フューは激しくぷるぷると体を震わせ、賛同の意を体の動きでも表現している。

「二人とも、ありがとう……! それじゃあ、この炎が消えるのが先か、僕達の魂が壊れるのが先か、勝負といこうか!」

 僕は魔法に全神経を集中させる。あまりの集中力に脳が焼き切れそうになるが無視して魔力を注ぎ続ける。

 炎から受ける熱も徐々に大きくなってくる。全身に痛みが走り、喉がカラカラに乾く。気を抜けば意識を失ってしまいそうな灼熱の中、僕は気を強く持つために叫ぶ。

「うおぉぉぉぉぉ!」

 最後の気力を振り絞り、僕は魔力を魔法に送り続ける。僕の魔力が尽きるのと炎が消えるのは、ほとんど同時だった。

 熱によるダメージ、極度の疲労、魔力切れなどが重なり、僕は意識を手放す。
 薄れゆく意識の中、最後に僕の目に映ったのは真っ赤に輝く指輪だった。それは危険を示す色であると共に、僕の魂が壊れていないことの証明でもあった。

「ぼくの、かち、だ……」

 ズザァッと音を立てながら僕の体は地面に沈んだ。
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