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第一章 幼少期

第二十話 他人との距離

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「それで? ソル、何の話をするの?」
「あぁ、前々から気にはなっていたんだが今回の事で無視出来なくなった」

 今回、というとフラムとの戦闘のことだろう。もう少しで死ぬところだったし、それ関連かな?

ソルは真剣な顔をし、たっぷり間を空けてからゆっくりと口を開く。

「……お前、周りのヤツらと距離とってるだろ」

 心臓が跳ね上がる。どうしてわかったんだ? バレないように振舞っていたはず……

「何言ってるの? そんな事ないよ」

 声は震えていなかったはずだ。感情を隠すのは得意なんだ。

「誤魔化さなくてもいい。お前とオレは文字通り一心同体なんだ。気づかねぇはずねぇだろ」
「ソルの勘違いなんじゃない? 僕はそんなことしてないよ。何を根拠にそう思ったの?」
「お前の両親との接し方はただのガキを演じているだけじゃなく壁を感じた。それに、あの銀髪のガキに対するお前の接し方だ。あのガキに何か問題があるのは確実なはずなのにお人好しのお前が踏み込もうとしなかった。人と深く関わるが嫌だったんだろ?」
「それは、その――」
「それに、今回のフラムと戦う時、両親へ協力を求めるのを拒否しただろ。あれだけ用心深く準備しておきながら他人の協力を拒む理由はなんだ?」
「……」

 誰かと一緒に戦うのが嫌だったからだ。一緒に戦えば仲間意識や絆が生まれる。そんなことあってはいけない。

「今まではそれがお前の生き方なんだろうと放置していたが、そのせいで死にかけたんだ。もう見て見ぬ振りは出来ねぇ」
「……そっか。ごめん、心配かけちゃったね。大丈夫だよ、ここが異世界だから少し警戒していただけなんだ。みんなが良い人なのはわかったし、これからは距離をとったりしないよ」

 僕は作り物の笑顔を貼り付けながら、思ってもいないことをペラペラと話す。これからも人とは一線を引いて接するけど、そう言ってもソルは納得しないだろうから嘘をつくしかない。
 嘘だと気づかせないように細心の注意を払ったが、僕の言葉を聞いたソルの顔は険しくなる。

「ちっ、やっぱり話さねぇ気か。ったく、そもそも話し合いなんて柄じゃねぇんだよ……そんなことしねぇで最初っからこうすりゃ良かったな」

 ソルは吐き捨てるようにそう言うと、土魔法で刀を一本作り出した。フラムとの戦闘で使ったものと全く同じ刀だ。
 ソルは作ったその刀を僕の方へ投げる。僕は思わずその刀をキャッチしてしまう。

「構えろ」
「な、何をするつもり?」

 ソルは答えずに炎弾を放ってきた。僕はとっさにそれをひだりに跳んで避ける。

「急に何するんだよ!」
「あぁ? お前が話そうとしねぇからだろ」

 ソルはたて続けに炎弾を飛ばしてくる。連射速度に差をつけられているので躱しにくい。

「だか、ら! なん、で、こんなこと、しなきゃ、ならないんだよっ!」

 炎弾を回避しながらなので途切れ途切れになりながら僕はソルに問う。

「戦いってのは互いの心と心をぶつけ合うもんだからな。相手のことがよくわかる。戦って友情が深まったなんてよくある話だろ?」
「意味、わかんない、よ!」

 ソルは僕の言葉に耳を貸さずに延々と魔法を放ってくる。仕方ない、ここは早く終わらせよう。
 そう考えた僕は炎弾を避けるのをやめ、急所に当たる炎弾だけを刀で防ぎながらソルとの距離を一気に詰める。防がなかった炎弾が僕の体を焼くが戦闘に支障が出ないほどの小さいダメージなので気にしない。
 ダメージ覚悟で突っ込んでくるとは思っていなかったのか、驚きに目を見開いているソルを袈裟斬りにしようと刀を振る。

 だがその刀はソルに当たることは無かった。ソルが消えたからだ。おそらく空間魔法で転移したのだろう。
 どこにいった!?
 瞬間、背中に悪寒が走る。僕は自分の勘に従い前へ転がるように飛び出す。するとさっきまで僕がいた位置に轟音と共に雷が突き刺さる。上を見るとソルが風魔法で浮いていた。空中から雷を落としたようだ。そのまま空中から一方的に攻撃をするつもりだろうが――

 空中にいるからって安全とは限らないよ?

 僕は今まで使っていなかった身体強化の魔法を使い、ソルの方向へ全力でジャンプする。だが勢い余ってソルを通り越してしまう。前世の体に戻っているから身体強化の魔法の効果が桁違いだからだ。でも、これは予想できたことだ。だから僕は焦らず体を翻し、足の裏に魔法で風の壁を生み出しそれを蹴る。今度はキチンと加減したのでちょうどソルのところに届く。

 空中だと踏ん張りが効かないので、刀では攻撃せず、ソルの首を掴もうと手を伸ばす。だがそれは突如として現れた氷の剣に防がれた。ソルが自分の手の中に氷の剣を生み出したのだ。
 ソルは風の壁を足元に作り、しっかりと踏みしめその剣を振るう。僕は剣を刀で受け、あえて衝撃を受け流さず、地面に向かって吹き飛ぶ。吹き飛ぶ最中、服の袖からクナイを取り出し投擲する。
 ソルは僕がクナイを持っているとは思わなかったようで、慌てて剣でクナイを薙ぎ払う。

 ソルの大振りの薙ぎ払いを見た僕はニヤリと笑みを浮かべる。

 クナイを防いだソルの瞳に映るのはクナイの後ろに隠れていたもう一つのクナイ。僕が投擲したクナイは二つだったのだ。
 ソルは最初のクナイを大振りで防いでしまった為、剣を引き戻すのが間に合わない。そのままクナイがソルの眉間に吸い込まれるかと思われたが、ソルが自分とクナイの間で風を爆発させ、クナイを吹き飛ばす。
 爆風を受けたソルは吹き飛ぶが、風魔法で体勢を立て直す。

「まさか武器を隠し持ってやがるとはな。驚いたぜ」
「死んだ時の格好そのままだったからね。そっちこそ、魔導師と呼ばれるソルが剣を使うなんて思わなかったよ」
「近接戦闘くらいは出来ねぇとダメだろ」

 大半の魔法使いの近接戦闘の技量は最低限の自衛ができるレベルらしいけどね。

「じゃあそろそろ全力で行くぞ……【雷炎龍】!」

 ソルはそういうと炎と雷で一匹の巨大な竜を生み出した。西洋のドラゴンではなく東洋の龍なんだが、それがとぐろを巻きながら僕を睨みつけてくる。おそらく三階建ての家ほどのサイズがあるだろう。大きすぎるよ……!

「いけ」

 ソルの命令を受けた雷炎龍がその体を伸ばし、とてつもない速度で近づいてくる。そしてその口を大きく開き、僕を喰らおうとするがギリギリで回避する。すると雷炎龍は首をこちらに曲げ再び大きく口を開ける。口の中に雷を纏った炎が生み出され、徐々に巨大化していく。
 嫌な予感がした僕はさっきソルがやったみたいに、風を爆発させ自分を吹き飛ばす。その直後、雷炎龍の口から雷を纏った炎のブレスが放たれる。そのブレスは地面を抉りながら突き進む。ブレスは勢いが衰える様子も見せずに地面を抉り続ける。地面が抉られて出来た穴の深さは軽く十メートルを超えている。

 今のがもし当たっていたら……

 冷や汗が額をたらりと流れる。
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