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30. 屋外スケッチ

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 次の店休日、ヴィクトールとカイは再び山陰に隠れた入り江に向かった。カイが「二世花と湖をモチーフにして作りたい」と言ったためだ。そんな陳腐なものを、というヴィクトールの気持ちは、「ヴィクトールさんの描くクラコット村の景色が好きなんで、それが生きる話がいいなあ、と思って」とはにかみながら言うカイの一言で吹き飛んでいた。
 大分「湖面滑り」にも慣れてきたのか、若干怪しい足遣いながら一人で滑れるようになったカイの後を、少し寂しい気持ちで追う。前回ほどの数ではないものの、まだ入り江には二世花が咲いていた。

「よし、それじゃあやりますよ!」
「いいね、その意気だ」

 地面に這いつくばり、早速二世花のスケッチに入るカイを見ながら、ヴィクトールは浮遊と軽量化の魔法を掛けて引っ張ってきていた大樽を草の上に下ろした。普段は空を飛ぶのに使っているものだ。縁をトントン、と手で叩くと、中から飛び出してきた布やロープが空を舞い、あっという間に天幕が張られる。今回は一日中外にいる予定なので、ヴィクトールがばてないように準備してきたのだ。

「どうかな、カイ君」

 天幕の下にクロスを引き、ランチの入ったバスケットを出したところでカイのところへ向かう。花を写し取る横に、何パターンか人物の顔やデザインが並んでいた。メインとなる2人の人物、領主の息子であるエミールと羊飼いの娘クリスティーネの案だろう。雄々しいものやかわいいもの、様々な案があって何となく迷走しているように見える。

「あ、ヴィクトールさん」
「これ、考え中? いろいろと並べてるけど」

 人物案を指差すと、ヴィクトールを見上げたカイは恥ずかしそうにガーゼの上から頬をかいた。

「考え中、というか……どれもしっくりこなくて迷ってる感じですね」
「なるほどね」

 頷きながらヴィクトールはカイの横に腰を下ろした。ロジウムに持たされたサイダーを冷やして手渡すと、美味しそうに飲み干す口元を眺める。カイの口の端から一筋零れた雫が顎を伝い、光を反射しながら首を垂れていく。固唾を吞んでその行く先を眺めていると、瓶から勢いよく口を離したカイが袖口でそれを拭った。

「ヴィクトールさんは、どうやって角燈のストーリーや登場人物なんかを考えているんですか?」
「ん? んー……僕は母から『まずは身近な人やものをじっくり観察して、そこから想像を膨らませろ』って教えられたけど……どうだろう」

 サイダーに口をつけ、一口舐めるように口に含む。自分が言われてきたことがカイにも当てはまるかどうか、自信はなかった。「目の前のものを写し取るのは比較的得意だが、空想から描くのは苦手」というヴィクトールだからそう訓練させられただけのような気もする。しかし、何がカイに合っている方法なのかというとヴィクトールには思いつかなかった。

「まあ、僕がそう言われたっていうだけだから参考程度で……」
「『身近な人』からですか! やってみます!」

 大きく頷いたカイはスケッチブックをめくり、数秒ヴィクトールのことを見つめながら何かを考えているようだった。それから猛然と紙の上に鉛筆を走らせはじめる。役に立てたならいいけれど、と集中している様子のカイから離れ、天幕の下に戻ったヴィクトールは樽の中から自分のスケッチブックを取り出した。カイの真剣な顔をもっと眺めていたいような気もしたが、どうにもじっとしていられないのだ。くるりと鉛筆を回し、ランプの外枠部分のデザイン案を出していく。
 民話をモチーフにするのだから、四角い方が伝統的な手持ちランプ風になって合うだろうか。丸い方が柔らかくて愛らしいのだけれど――考えながら、入れたい要素や方向性をメモ書きし、いくつかざっくりと描いてみる。いっそのこと覆いの部分を花形にするというのもいいかもしれない。その場合は手持ちより置き型の方がしっくり来そうだ。

 カイの作る中身にはどんなイメージが合うだろうか。今までの知識と経験を総動員して想像する。これまでヴィクトールは、こんなにも1つの角燈を作るのに思い悩んだことはなかった。自分1人で作るときは、良くも悪くも自分だけなので「これだ」というイメージで進めていくことができたのだ。だが、カイはヴィクトールが想像もつかなかった、そして想像以上の視点をそこに持ち込んでくる。それに合わせるのは楽しく、同時に難しくもあった。頭が焼き切れそうだったが、悪い気分ではない。

(角燈を作っていてこんなに楽しいのは……久しぶりかもな)

 自分のわくわくした気持ちを、誰かに伝える。その相手にも喜んでもらいたいから。角燈を作り始めたときはそんな単純な気持ちだったはずなのだが、いつしか店を続けるため、金を稼ぐための仕事になってしまっていた。
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